第35話 補助魔法使い、初めてのケーキを食べる
「いい匂いがしますね!」
「砂糖菓子が使われているみたい。私は入った事はありませんが女性に人気がある店のようですね」
僕たちが向かったのは大通りにあるお菓子が売られているお店でした。買ったお菓子を店内で食べる事も出来るようで、まだ早い時間なのに女性のお客さんやカップルなどで賑わっていました。
「えっと、どれにしますか?」
「申し訳ありませんが、私もこの手の食べ物には縁がなくて良くわからないのです」
空いている席に座ったはいいものの、二人してメニューと睨めっこすることになりました。
「こういう時は専門家に聞くのがいいかと」
女性なのに男らしく手をあげ、すまないが……と接客をしている店員さんにスノーさんが声をかけてくれました。
「ご注文がお決まりですか?」
「いえ、私達はこの手の食べ物に疎くて、よければ見繕って貰えませんか?」
「畏まりました。甘さの希望はございますか?」
「僕は甘いので」
「私は控えめで」
「お飲み物はどうなさいますか?」
「果実水はありますか?」
「はい、ご用意するお菓子に合うものでよろしいですか?」
「それでお願いします」
「私は紅茶を」
「紅茶ですね。畏まりました、ご用意しますので少々お待ちください」
どうにか注文ができたようですね。
「それで、話とは?」
「はい、その前にーー……」
防音の魔法を展開しておきます。何処で僕たちの会話は盗み聞きされるかわかりませんからね。これだけ賑わっていれば僕たちの声が聞こえないくらい気にならないでしょう。
「魔法ですか?」
「はい、僕たちの声を遮断しました」
試しに、声だけで近くを通った店員さんに声をかけましたが、反応しません。
「へぇ、すごい」
「補助魔法だけは得意なんですよ」
魔法の効果を目の当たりにして驚いてくれましたね。
「それで、スノーさんは今起きている失踪事件について何か知っていることはありませんか?」
「そうですね……」
僕の質問にスノーさんは少し困った顔をしました。
「何か言いづらい事でも?」
「そうではないのですが……まぁ、ユアンさんを信用します。貴女の瞳に悪意はなさそうですから」
僕の目をじっとみつめ、スノーさんは一人静かに頷きました。
「私は冒険者でありますが、同時に【
「解放者……?」
「えぇ、簡単に説明すると、領主の手に落ちた善良な者や行方不明になった者を解放する為に動いている組織です」
そんな組織があるのですね。
「僕にそんな事を伝えて良かったのですか?」
「構わないです。そう判断しました。貴女が敵対する者だったその時は私の見る目がなかったというだけですから。実際、違いますよね?弓月の刻のリーダーさん」
「ふぇ!? ど、どうしてそれを知っているのですか?」
「調べる方法なら幾らでもありますからね。ギルドでも仲間からの報告でも」
どうやら僕の助けに入ったのはたまたまではなくて僕に接触を図るためだったみたいです。
「では、あの3人組はスノーさんの仲間だったのですか?」
「いえ、あれは違います。貴女と接触を計っている時にあの3人が君を追っている事に気付いて、これ幸いと利用させて貰っただけです」
よかった。流石にそこまで仕組まれていたら、スノーさんを信用できなくなるところでした。
「でも、スノーさんは僕を助けた後に、去ろうとしましたよね?僕が声をかけていなかったらどうしたのですか?」
3人組が去った後、スノーさんは踵を返し、路地裏から去ろうとしました。僕が声をかけなかったらそのまま何処かに行ってしまったと思います。
「今回の目的は貴女を知り、顔を覚えて貰う事が目的でしたから問題ありません。仲間から報告を受けていましたが、貴女の事を完全に信用した訳ではないので」
「なるほど。それで、僕の事を報告した人は誰なのです?」
調べる方法はギルドでもあると言いましたが、話の内容からすると僕の事、正確には弓月の刻の事をスノーさんに伝えた人がいるようですね。
「タリスにいるカバイと言えばわかりますか?」
「え、カバイさんですか!?」
「はい、盗賊を倒し村娘3人を救出したと報告を受けていますよ」
確か、タンザに仲間が居ると言っていましたね。スノーさんもその一人という事ですか。
「ふふっ。騙したようですみません」
「いえ……僕としても話を聞けるなら構いませんよ」
「といっても、私達が提供できる情報はほとんどありませんけどね」
「そ、そうなんですか」
解放者として活動しているのなら情報はそれなりに持っていると思いましたが、残念です。
「情報屋のほとんどが領主の手の者ですから情報屋に頼れないのが現状ですからね」
情報を売るのなら高く情報を買ってくれる方に売りますよね。
領主と解放者を天秤にかけた時、領主につくのは仕方ないですよね。
「しかし、今起きている問題を探るのなら私達も力になるという事だけは覚えておいてください」
「え、僕はまだ行方不明になった人を探すとは言っていませんよ?」
「ですが、こうして情報を探っていますよね、それが答えだと思いますよ? 少なくとも敵からみれば貴女も十分に排除する相手と認識されるでしょう」
確かに……。
僕は腹の探り合いは出来ないみたいですね。
行方不明になった人の情報を探っている時点で何処かで敵の尻尾を掴むかもしれませんからね。バレたら狙われそうです。
わかった情報は特にありませんが、味方になりえる存在がこの街にいるのは大きいですね。
同時に僕たちも何かあったら頼られる可能性はありますが、協力体制と考えれば十分にプラス要素だと思います。
「お待たせしました」
そんな会話をしていると、店員さんがお菓子と飲み物を持ってきました。僕はそれに気づき、防音魔法を解きます。
「ありがとうございます」
「こちらが、季節のフルーツケーキと甘さを控えたチョコレートケーキになります。お口直しにこちらのクッキーもお召し上がりください」
店員さんがテーブルの上に置いた食べ物は見た事の無いものばかりでした。
僕のは三角形に切られた柔らかそうな生地の上に真っ白いふわふわの泡みたいなのと、真っ赤な果実……イチゴが乗っていて、スノーさんの方は同じく三角形ですが、茶色くトロトロとしたソースがかかっています。
「なんか、緊張しますね」
「えぇ……」
「スノーさんも初めてなんですか?」
「私は騎士を目指していましたから。教育上食べた事がなかったのです。この街についてからも仲間に女性はいなかったので、機会がありませんでしたし」
見た目が騎士ぽいと思っていましたが、本当に目指していたようです。今は冒険者と解放者をやっているのは何か事情があると思いますけどね。
「では、いただきましょう」
「はい!」
泡とふわふわの生地をフォークで刺し、口に運ぶ。
「おいしーです!」
甘さが口の中に広がりました!
生地の中にはカットされたイチゴも入っていて、甘さの中に程よい酸味が広がります。
「美味しいですね」
スノーさんも嬉しそうにチョコレートケーキと呼ばれていたものを口に運んでいます。
「スノーさん良かったらこっちも食べますか?」
「いいのですか?」
「はい! 良ければ僕にも一口分けて貰えると嬉しいです」
「えぇ、構いませんよ」
「では、どうぞ」
フォークに刺し、食べやすいように差し出す。
「え、えぇ!?」
「どうしたのですか?」
「いえ、これはちょっと恥ずかしいというか……私はどちらかというと見る方が……」
孤児院とかで小さい子に食べさせてあげる時によくやったのですが、ダメだったのでしょうか?
「ユアン……?」
僕が首を傾げていると、背後から聞きなれた声が聞こえました。
「あ、シアさん!」
「なに、してるの?」
僕が振り向くと、シアさんは驚いた表情で固まっていました。
「えっと、秘密のお話です」
防音の魔法を解いてしまっていたので、何の話をしていたか言えませんからね。
「ひみつ……の?それが、あーんに繋がるの?」
「あーん?」
僕は言葉の意味がわからずに首を傾げます。
「えっと、私は大丈夫ですので! ユアンさん良ければリンシアさんにそれを食べさせてあげてください!」
何故か、スノーさんが慌てて……それよりも嬉々として?けど、リンシアさんの事も知っていたのですね。報告がしっかりと伝わっているようです。
「シアさん食べます?」
「たべる」
「あ、シアさん、危ないですよ!」
フォークを差し出すと、シアさんが素早く喰いつきました。
フォークが木製で良かったです。金属ですと危ないですからね。なので、一応注意しておきます。
「問題ない」
シアさんはそう言いますが、心配なものは心配です。
でも、シアさんは喜んでくれているようなので良かったです。シアさんも甘い物は好きみたいですね。
「あぁ……素晴らしい」
「何か言いました?」
「い、いえ。何でもありません」
スノーさんが小声で何か言った気がしましたが、勢いよく首をブンブンと振っているので気のせいのようです。
「それで、シアさんはどうしたんですか?」
「妹居なかった。だから、ユアンと合流しにきた……お前、だれ?」
「シアさん、女性に対してお前は失礼ですよ。こちらはー……っとその前に」
「ちょっと待って」
防音の魔法を再度かけようと思いましたが、その前にシアさんに止められました。
「私も、食べる」
シアさんは店員さんを呼び注文をします。
「チョコレートケーキ。甘さ控えめ、ブランデー抜きのやつ。それと紅茶。ミルクと砂糖はいらない」
「畏まりました」
どうやら注文していたみたいですね。シアさんかなり慣れていませんか?
「ユアン、お願い」
「は、はい」
妙に慣れているシアさんに戸惑いながらも防音の魔法を展開する。
「いいですよ」
「ありがとうございます。改めまして、私はスノー・クオーネと申します。ユアンさんとリンシアさんはカバイの方から伺っています」
「カバイ?」
「シアさん、この前の盗賊の人ですよ」
「……理解した。それで?」
簡単にですが、これまでの経緯を話しました。
シアさんはうんうんと頷いていますが、本当に聞いていますか?
「わかった。それで、何でユアンがあーんしてた?」
「あーんがわかりませんが、ケーキの交換ですか?」
「……そう」
「スノーさんのも美味しそうだったので交換しようとしてただけですよ」
「わかった」
むむむっ。このパターンは嫌な予感がしますよ?
「お待たせしました」
「ありがとう。それと追加……」
シアさんは魔法使いでした!
ではなく、僕のわからない用語で店員さんと話しています……というか注文しています!
わからなすぎて、詠唱みたくなってます!
「ちょっと、シアさん!」
「なに?」
「何を言ったかわかりませんが、沢山注文しましたよね!」
「…………少し?」
「その間はなんですか、絶対に嘘ですよー!」
案の定、テーブル一杯にケーキやらパイみたいなのが並べられました。
店員さんも困惑してますし、やたらと注目を浴びてしまっています。
「防音の魔法……解いておきます」
これだけ注目されて、音が全く聞こえないと不自然ですからね。
「それよりも、これどうするのですか?」
「みんなで食べる」
「わ、私もですか!?」
「うん。それなら交換する必要ない」
「わかりました……ですが、私は今日はそこまでお金持っていませんよ?」
「問題ない。私が出す」
「ダメですよ!スノーさんは僕が誘ったので今日の支払いは僕がします。ギルドで素材を売ってきましたので」
臨時収入が綺麗になくなりそうですね。というか足りません。
必要経費としてパーティー資金に手を付ける事になりそうです。
「追加注文は私の我がまま。だから、そっちは出す」
「ですが、リンシアさん……」
「リンシアでいい。私もスノーと呼ぶ。それと、敬語もいらない」
「……わかった。けど、私も食べるから少しくらい出させて貰える?」
「遠慮する。その代わり、必要な時は動いて貰う。言わば前金」
「わかった。けど、あまり無茶は言わないでね?」
「わかってる」
二人で話が進んでいきます。
「あの……ここの代金は僕がー……」
僕の提案は受け入れて貰えず、代金は全てシアさんの支払いになりました。
勿論、大量のケーキやらは全て食べました。
美味しかったですが、量が量だったので甘い物は……トウブンいらないです。
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