切り札はOWL

サヨナキドリ

OWL

 深夜の埠頭。コンテナの影に隠れ、荒い息を整える。

「やれやれ、近年は魔法も発展著しいとは聞いていたが、これほどとは」

 言い終わるより早く、弾丸めいた低姿勢で隣のコンテナの影に移る。一瞬遅れて、先ほどまで隠れていたコンテナが斬り飛ばされる。

(判断が遅れていたら白髪頭も飛んでいたな)

 切断魔法に巻き込まれてわずかに切れた自分の燕尾服の端を見ながら、老魔法使いアルバートは考えた。

「ネズミみてぇこそこそ逃げ回ってんじゃねえぞ!ジジイの血なんざ興味もねぇんだからよ!!」

 赤毛の男のいらだった声が響く。ロンドンを騒がせる、女性だけを狙った連続斬殺事件。被害者全員が魔女だったために、巷では切り裂きジャックの再来と呼ばれるその犯人は魔術師の間だけでは魔女斬りwitch ripperと呼ばれていた。

「さて、どうするか」

 アルバートは杖を握り直す。節くれだったそれは文字通りの魔法の杖だ。発動速度の観点では、杖と呪文を使った古式ゆかしい彼の魔法は、魔女斬りのスマートフォンを使った魔法には敵わない。どれだけ熟練していたとしても、実用に耐える呪文の詠唱には3秒以上かかる。対して魔女斬りはそのスマホのカメラに相手を収めるだけで、自動で解析を行いコンマ数秒で対抗呪文を放つ。アルバートは戦闘に備え、3日かけて魔術的防御を組み上げていたのだが、それらを魔女斬りが解除するために10秒はかからなかった。コンテナを切り飛ばした斬撃魔法もジャイロセンサーでモーション制御されており、単にスマホを振るだけで発動できる。

【前方に1ヤードの移動!】

 アルバートは、転移魔法の中で最も単純な呪文を使い、通路を挟んで向こう側のコンテナの影に飛んだ。直後、ふたたびコンテナが斬り飛ばされる。今度は地面から1フィートの高さを斬撃が走った。アルバートが回避したことを確認して、魔女斬りは悪態を吐く。しかし、このままではジリ貧だ。アルバートは懐中時計に目を落とした。

(切り札を、信じてみるか)

 そう決意したアルバートは、立ち上がりゆっくりとコンテナの影から姿を現した。杖とくつが地面を叩く音が倉庫に反響する。魔女斬りは両手でスマホを持ち、カメラをアルバートに向けて様子を伺った。

(警戒するだけの正気は残っているのか)

 アルバートはそう考えた。

「君の杖は素晴らしいな。我が師ほどの熟練の魔術師でも、これほどの速さで反詛を組むことはできなかっただろう」

 よく通る声で、アルバートは5ヤード先に立つ魔女斬りに語りかけた。

「なんだ?隠れるのを止めたと思ったら命乞いか?……デバイスを杖なんつー骨董品と一緒にしてんじゃねえぞ!」

「おっと、これは失礼。では、君の自慢のデバイスは……こいつに対応できるかな!」

【襲え!】

 魔女斬りの背後から、アルバートのものではない野太い声が響いた。振り向くと白い影が流星じみて魔女斬りに向かい飛んできた。魔女斬りが咄嗟に躱すと、白い影は方向を変えふたたび魔女斬りに襲いかからんとした。減速した瞬間、白い影の正体がわかった。純白のフクロウだ。

操獣魔法Tamingか!」

【襲え!奪え!】

 フクロウに命令を飛ばす術者の声。だが、タネがわかれば脅威ではない。フクロウが素早いとはいえカメラに収められないほどではない。魔女斬りはまっすぐに急降下して襲いかかるフクロウをカメラの中心に捉え、対抗呪文を放とうとした。しかし

「なんだと!」

 解析が行われない。対抗呪文は組み上げられず、突き出されたスマートフォンを魔女斬りの手からフクロウがもぎ取った。

【白き光芒よ!敵の手脚を縛れ!】

 すかさずアルバートが拘束魔法を発動し、魔女斬りは地面に倒れた。

「アル!応援要請のフクロウを寄越すなんて、引退して随分丸くなったかと思ったが、魔女斬り相手にひとりで大立ち回りとは、全然変わっとらんじゃないか!」

 フクロウを肩に止まらせながら、禿頭の肩幅の広い魔術師が言った。

「ジェラルド、いくらフクロウが静かでもあんたがうるさくちゃ奇襲にならないと何度も言ってるだろ」

「また減らず口を!」

「……なぜ俺の対抗呪文が発動しない」

 床に倒れた魔女斬りが強い憤りを込めて言った。アルバートがそれに答える。

「ぼうや、覚えておくといい。操獣魔法はここ20年で発達した技術でね、それ以前の魔術師はサーカスよろしく動物を魔術なしで調教して使い魔にしていたものさ。老魔術師連盟Old Wizerd Leagueには、未だにその手法を続けている、偏屈な魔術師もいるのだよ」

「偏屈とはなんだ偏屈とは!」


 **


「おじいちゃん!今日は私の買い物に付き合ってくれるって約束でしょ!」

「すまないねぇ。歳をとると寝坊しがちになっての」

「嘘。いつもと反対のこと言ってる。どうせまた夜更かししてエッチなお店にでも行ってたんでしょう。」

「ギクッ」

 口に出して動揺するアルバートを見て、孫娘のアリシアは大きなため息をついた。

「元長官がそんな様子じゃ、スコットランドヤードの後輩として恥ずかしいよ」

「そういえば、仕事の方はいいのかい?対魔課はいま大きなヤマに取り組んでいるんじゃなかったかの?」

 前職の話が出たのを幸いとばかりに、アルバートは話題を仕事にそらす。

「それはもう大丈夫。おととい、その事件の容疑者が逮捕されたから。詠唱履歴からも間違いないみたい……ってこれはまだ公表してないんだった。……でも、なんか妙なのよね。おとといの朝、容疑者が拘束された状態で発見されたの。周囲には争った跡があって、まるで私たち以外にも奴を追っていた人がいたみたい」

「そうかそうか。なんにせよ、わしはアリシアと買い物が楽しめるなら、それが一番じゃ」

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