第5話 ルールに縛られたデスゲームなんです

「ルールに縛られたデスゲームなんです」


 ニヤリと口元を緩め、わたし史上最凶の笑顔でおどろおどろしさを演出してみせます。

 ……なんですか、遠野さん。なんで口元を押さえて背中を向けるんですか。ぷるぷる震えてるじゃないですか! ちょっと、耳まで真っ赤ですよ!? 爆笑ですか!? そんなに必死に堪えなきゃいけないくらいに面白フェイスでしたか!?

 失礼です、もう!


「ごほ、ごほっ……で? なんなんだよ、デスゲームって」


 顔が熱いのか、遠野さんが手扇で顔に風を送りつつわたしに問います。

 そうです、デスゲームなんです。


「編集さんが2000年一桁代に濫造されたデスゲームもののマンガをまとめ読みして、『流行に乗っかろう!』とおっしゃいまして」

「十年以上前の流行に今から乗っかるのか!?」

「流行は繰り返すと言いますし」

「最近ようやく波が収まってきた頃合いだろう?」


 しかし、ブームになったということはそれだけ魅力のあるコンテンツであるということです。

 読者の度肝を抜く展開が書ければまだまだイケるジャンルです。


「いろいろなゲームバトルを経て、最後にライバルと一騎打ちで戦うゲームはしりとりなんです。しかも、答えた物が実際目の前に出現する不思議なしりとりなんです」


 その『非日常』がゲームを盛り上げるスパイスとなるのです!


「このゲームのキモは、いかに相手に言わせたい言葉を言わせるかなんです」

「言わせたいことを言わせる?」

「そうです。巧妙な心理戦を繰り広げて、相手の言葉を誘導するんです。全世界から勝ち上がってきた選手だけに一筋縄ではいかないんですが、主人公はそんな強敵よりもさらに一枚上手なんです!」


 きっとIQとか物凄いことになっているに違いありません。

 100万くらいはあるかもしれません。

 人智を越えています!


「『猛獣』とか『毒ガス』とか言って、ゲームの外で相手を襲うのか?」

「いえ、きちんとルールに則って勝ちます」

「じゃあ、どうやって?」

「まず、なんとかして『醤油』をフィールドに出現させておきます」

「醤油……?」


 遠野さんが「なんか嫌な予感がする」みたいな顔をしますが、構わず続けます。

 きっとライバルもそんな感じで主人公の術中にハマるのです。


「そして、なんだかんだで上手い具合に『な』で終わる言葉を相手に言わせます」

「随分と運任せな展開だが……それで、『な』でなんて言うんだよ?」

「『生卵』です! そうしたら、目の前に醤油と生卵が並ぶんです! そこまできたらもう、ライバルは自然と『ご飯!』って言っちゃうじゃないですか! 頭脳戦を繰り広げていればお腹もすくでしょうし! この不可避のトラップによって、主人公は相手に『ん』を言わせることが出来るんです!」


『ん』を言わなければ勝ちだと『言葉』にばかり意識を向けていたライバルに対し、主人公は人間が最も頼りとしている『視覚』と、抑えることが出来ない三大欲求の『食欲』を刺激して相手を意のままに操ってみせるのです!


「『こんなラスト見たことがない!』という文言が、新刊の帯に書かれることでしょう」

「確かに、そんなラストは見たことがないが……。とりあえず、ライバルが日本人だといいな」


 遠野さんが苦笑を漏らしてお皿を下げ始めてしまいました。

 業務に戻ろうとしています!? おかしいです! 続きが気になってもっと食いついてくると思ったのに!

 今回の小説、メインターゲットは遠野さんくらいの年代の男性ですのに。


「遠野さんはこのゲームの恐ろしさを理解出来ていません」

「まぁ、概要だけじゃ知りようもないしな」

「では、実際やってみますか?」


 遠野さんとしりとりで勝負です。




 ――という名目で、わたしはある目論見を抱いていました。


 編集さんに言われたんです。

『一歩を踏み出すきっかけっていうのは、自分で作り出すことも出来るんだよ』と。


 ルールのあるゲーム。

 その誓約故に口に出来る言葉は限られます。

 つまり、「それ以外に口に出来ない」状況である――と、相手に錯覚させることが出来れば、わたしの想いも伝えられるかもしれません。


「答えた物が出現――というのは出来ませんので、別のルールを設けたいと思います」

「どんなルールだ?」

「す……『好きなもの限定ルール』です」


 これで、わたしと遠野さんはゲームの間『好きなもの』しか口に出来ません。

 遠野さんに「好きです」と伝えるのが難しいのであれば、『好きな者』として

「遠野さん」と答えればいいのです。


 そして、わたしはその答えを口にするために――遠野さんを誘導します。

 どんな手段を使っても『と』で終わる言葉を言わせてみせます!

 わたしのIQに誓って!


「俺からでいいか?」

「はい」

「じゃあ、『生卵』」

「『ごは……』ズルいですよ、遠野さん!?」


 まさか、わたしが考えたトラップをわたしに仕掛けてくるとは。

 今気付きましたが、こっそり目の前に醤油差しが置かれていました。

 ……なんて策士なんでしょう。


「まぁそう怒るな。ほれ、サービスだ」


 そう言って遠野さんは美味しそうなあんかけチャーハンをカウンターに載せました。

 堪らなく美味しそうなとろみがきらきら光を反射しています。


「じゃあもう一回な。『エチオピア』」

「『あんかけチャーハン』! ……もう! ズルいですよ、遠野さん!」


 言うに決まってるじゃないですか、こんなの!


「相手に言わせたい言葉を言わせる頭脳戦だろ?」


 それは小説の中のお話で、わたしは今それとはまったく別のミッションを抱えているんです!

 ふざけないでください!


 けらけらと少年のように笑う遠野さんを憎々しげに睨みます。


 けれど悔しいかな、その笑顔を見ると憎みきれないのです。……うぅ、『お』って振って『お前』って言わせたくなってきたじゃないですか! 言ってもらえる可能性なんかほぼゼロなのに!

 もう、もう!

 なんか悔しいです。



 ふと。

 遠野さんが口を閉ざしました。

 少年のような笑顔が消え、真剣に何かを考え込んでいるようです。


「……言わせたい言葉を、言わせる……」


 ぶつぶつと呟き、そして眼鏡の向こうの目がわたしを見ました。

 なんでしょうか?

 なんだか、凄く……どきどきします。あまり見つめないでください。どこを見ていいのか分からなくなります。


「じゃ、じゃあもう一回……いいか?」

「は、はい」


 妙な緊張感の中、しりとりが再開されました。

 今度こそ『と』で終わる言葉を言わせて、そしてわたしは――


「ト…………トマト」


 少し上擦る声がして、目の前に真っ赤なトマトが置かれました。

 真っ赤な、トマト……『ト』!? 『と』です!


 心臓が跳ねました。


 体中の血液が顔に集まったのかと思うくらい、顔が熱を帯びました。



 待っていた『と』が、来てしまいました。



「と……とぅ……」


 言うんです。

 いつも口にしている言葉じゃないですか。

 毎日毎日、ここでも、家でも口にしているじゃないですか。

 言えるはずです。



『遠野さん』



 わたしが最も好きな言葉。

 それを、今ここで口にするだけで、わたしの世界は大きく変わるんです。


 言うんです!

 言いなさい、みずき!



「と……っ」



 言えぇぇえ!








「……とろみ」



 ぁぁぁあああ……バカぁ……わたしの、バカぁ……!


 けど、変わってしまうのが怖くなってしまったんです……仕方なかったんです……

 あと、あんかけチャーハンが美味しそう過ぎたんです。

 なので、半分は遠野さんのせいなんです。


 もう……

 遠野さんの、バカ。

 わたしの、もっとバカ……




☆★☆★☆★




 もしかしたら、『と』で振れば自分の名前を言ってくれるんじゃないか。

 そんな淡い期待を込めて、割と勇気を振り絞って投げかけた言葉だったのだが……どうやら俺はあんかけチャーハンに負けてしまったようだ。


『とろみ』って……なんとなく酢豚とか五目焼きそばとか好きそうだけど。っていうか絶対好きだろうけど。

 そうか……とろみか。


 やはり、俺はこいつになんとも思われていないらしい。


 広瀬みずきにとって、俺は美味しいご飯をくれるただのマスターでしかない。

 この関係を壊すには、俺の方からアプローチするしかないのだろう。


 とはいえ、どんなに同じ時間を過ごしてもロマンチックなムードになんかならないし、いきなり「好きだ」なんて言えるはずもない。

 広瀬みずきに「好きだ」と言えないのであれば……『好きな者』を「広瀬みずき」だと答えればいいんじゃ……あれ? もしかして、今って凄いチャンス!?


 じゃあもし『ひ』か、もしくは『み』が来たら、その時は腹を括って…………ん?

『とろみ』……『とろ【み】』!?


『み』がきてる!?


 それに気付いた瞬間、心臓が弾けた。

 全身の血が顔面に集合したかのように熱くなっていく。


 言え。

 言うんだ、俺!

 家ではいつも呼び捨てにする練習をしているじゃないか!

 その成果を、今こそ発揮する時だろう!




『みずき』




 言え!

 言っちまえ!


「み……みず……」

「……へっ?」


 広瀬みずきが驚いたような声を漏らして、大きな瞳をこちらに向ける。

 少し泣きそうな、潤んだ瞳が俺を見つめる。


 カウンターを挟んだ、縮まることのない二人の距離。

 思い切って言ってしまえば、この距離を壊せる!



 大きく息を吸い込んで、決意とともに吐き出す!




「みず…………ようかん」

「水ようかん!?」


 …………壊すのが、急に怖くなった。


「あっ、『ん』です」

「あぁ……そだな」


 俺を、殴りたいっ!


 けど、今の俺には無理だ。

 このカウンター分の距離を縮めるなんてことは……



 もし『嫌いなもの限定ルール』でしりとりをするなら、自分の名前と『チキン』って言葉は絶対言ってやろうと、ふらつく足を懸命に踏ん張って心に誓った。





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