無添加の世界①

 人生はゲームみたいに単純なもので良いと思う。挨拶代わりに喉元にナイフを突き付けられ、ABボタンで命が決まってしまう今の状況みたいに。

 突如虚空から視界の真ん中に現れた少女は鋭い眼光で俺を見下ろし、人を殺す事を恐れない事を証明するには何よりの証拠である、人に備わっている良心から来る震えが全くない。

 一体なんの目的があって俺を脅すみたいな行動を取っているのか分からないが、暫く観察を続け、こちらが丸腰であることを確信してやっと口を開く。


「何故私の姿を認識する事が出来たのですか」


「じゃあ逆に聞くけどさ、何であんたは俺がここに居る事が分かったんだ?」


「あんたは何にもしてなくて隠れる気も無かったから」


「そう、俺は何もせずに唯前を見て考え事をしていただけだ。それが何でこんな事になってるかは分からない。少なくとも俺はお前の観測者ではなかった、分かったか?」


「……は? 何言ってるかもっと分かりやすく言えないの? 説明下手か、なら私はあんたの黄昏てた姿に勘違いしてこんな間抜けな質問してたって事? はっ……笑い事にならないんだけど」


「分かったら邪魔してくるなよ……いや、あんたも俺の名前考えてくれないか?」


「ふーん、あんた記憶喪失? 付き合ってられないわ。兎に角、邪龍メルキオを見たらギルドに報告上げといて。じゃあね」


 光の粒子を撒き散らした直後に姿を消した少女は、微妙に張り詰めた緊張感と、どこか抜けた様な締まりきらない空気を残していった。

 ぐだぐだとした雰囲気に呑まれて体を後ろに倒すと、驚き過ぎて逆に驚かなくなる程大きなドラゴンの大きな瞳と、バッチリ目が合う。

 

 そうだ、帰ったらまずは夕飯を作って、洗濯をして、あぁ……その前に病院に御見舞に行かないと。


 上体を起こしてわざとらしく伸びをしながら立ち上がり、息をゆっくりと吐きながら肩を回してストレッチをしてから地面に手を着き、クラウチングスタートで森から駆け出す。久しく走っていない足の筋肉をぶちぶちと鳴らしながら、出続けているアドレナリンだけで気力を保たせる。

 少し走ってから後ろを振り返るが、ドラゴンは追ってくる様子も無く、森の外を目指す俺の後ろ姿を眺めているだけだった。


「そこを動くな!」


「なになになに、はい! 動きませ……」


 次から次へとひっきりなしに降り掛かる災難に正直うんざりしていたが、そんな事を言っていられない程の冷たい声が体を凍り付かせる。

 緊張で一気に喉が狭まって声が出にくくなり、何を尋ねようとしても言葉になってくれない。


 ボウガンを構えたフードの男が、両手を後ろに組んで腹這いになれと、少し動かしたボウガンで言う。

 それに従って腹這いになってから両腕を背中に回すと、ゆっくりと腰を下ろして俺のポケットや口の中を調べる。それが済むと「立て」と指で指示をして、「来い」と簡潔に指を曲げる。


 危険ではないと判断したのか、ボウガンを肩から掛け掛けて前を歩き始める。


「何が目的だよ、俺は金も無いし指名手配犯でもない」


「ボスが呼んでる、お前は来る。それだけで良い」


 この世界に来たばかりなのに俺を探しているとか冗談だろと文句は言いたくなるが、不思議とこの男に別段変な違和感を抱く事が出来ない。

 隙あらばギルドに逃げ込みたいが、この男を撒く事なんて不可能だろう。

 わざわざ探させてるボスってのも気になるし、上手く利用すればこの状況を良い方向に持って行けるかもしれない。そう考えていたのもほんの2秒前で、中規模な砦が俺を出迎える。


 明らかに騎士の作るものとは違う建物の中に足を踏み入れると、筋骨隆々な野郎がその辺で賭けや馬鹿話をしている。


「おいおいお前捕獲なんて出来たのかよ」


「落ちこぼれがまだこんな所で何してんだ」


「黙れお前ら、ボスに命令された事を実行しただけだ」


「おいおい、誰に向かってお前なんて口聞いてんだ。ボスがお前を可愛がってるのは……」


「何を騒いでる馬鹿共! 遅いパピー、早くそいつを連れて来い」


 仲間同士なのに一触即発になりそうな砦の中を、場違いな幼い怒号が響き渡る。

 それを聞いた者は全員低頭して地に膝を着き、女児に跪くと言う異様な光景を作り出す。


「おいお前、こっちに来い。丁重にもてなしてやる」

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