保存料たっぷりの生活

聖 聖冬

Prolog

 俺は、時計の針に刺されて死んだ。変な例えかも知れないけど、まさしくそう言うに等しい死に方だった。

 笑顔で近付いて来たあいつに声を奪われ、右翼も失った。

 深淵に落ち行く俺を見て嘲笑っていた。それが最後に見たあいつの笑顔。


 ✿


 弾け飛んだ感覚はあった、体が引きちぎられてバラバラになり、数秒だけ痛かった感覚も覚えている。救急車が来て助かる寸前で意識が途絶えた事も。

 そして気が付けばこの森で仰向けに倒れている。それも大勢の騎士に武器を向けられて。


「巫女様、お気を付け下さい」


「心配は無用です」


「ですが、敵の罠と言う可能性もあります」


「倒れている人が居るのです、敵であっても手を差し伸べなくてどうしますか」


 警戒する周囲とは一線を画した巫女と呼ばれた少女が近付くと同時に、向けられている槍も少年ににじり寄る。

 ばっと起き上がって騎士の合間を縫ってその場から逃げ出し、見覚えの無い森の中を只管真っ直ぐ駆ける。状況に追い付いてない頭のまま、命の危険を最優先にして、取り敢えず馬鹿になったまま必死に足を前に前にと出す。


 そうして漸く足が止まったのは、疲れでも安心でもない、それとは真逆な獣の目の前だった。

 当然ドタバタと走って来た俺の足音に気付いていた獣は、己の姿に畏怖し切った格好の獲物に飛び掛ってくる。

 すくみ切った体にも防衛本能は働き、咄嗟に腕で顔を覆って目を瞑る。


「はぁぁっ!」


 気合いと同時に振り下ろされた青の刀身が獣を両断し、次の瞬間には光の粒子となって消えてしまう。

 その直後に各方向から獣の断末魔が響く。

 一瞬だけ僅かに開いた瞼の隙間から見えたのは、銀の髪をなびかせながら剣を振るう、巫女と呼ばれていた少女だった。獣の群れを切り伏せた少女は剣を腰の鞘にゆっくりと収め、地に膝を着いて祈りを捧げる。

 暫くして顔を上げた少女はヘタリ込んだ俺の前に現れ、光の幻影じゃない事を証明するように手を差し出す。


「大事無いですか?」


「あ、あぁ。ありがとう」


「いえ、これは巫女として当然の行いです。人を助け、導きを示す為の剣です」


「なら聞いても良いか?」


「はい、私に分かる事なら何なりと」


「ここはどこで、西暦何年なんだ?」


 人の手が入れられていない森、大きな狼、甲冑を着た騎士。例を上げれば分からないことだらけの世界で、死んだはずの俺はここで失った体を動かしている。


「ここはライラック王国で、大陸暦703年です」


「……あそう、へー。ほーん」


 首を傾げる巫女には悪いが、益々深まった謎に加えて、全く問い掛けの意図が伝わっていない。兎も角これで分かった事は、ここが地球ではない事、そして近年大人気のテンプレである、異世界転生を果たした事。

 頭の中でステータスを確認したいと念じると、目の前には簡潔なパラメーターが並ぶ。


 力も素早さも平均的な数値で、防御が極端に低く、賢さがずば抜けている。典型的な魔法使いのパラメーターだが、スキルなどの欄には何も記されていない。

 転生モノでは必要不可欠なスキル、または武器なども見当たらず、大したことないパラメーターで転がされていたなんて、冗談じゃない。そんなのはまっぴらだ。


 溜息が出るよりも先に呆れが勝り、最早笑みまで零れくる。人の死に様こそ人の生き様と言うが、前世では本当にしょうもない死に様を晒した。

 それの報いと言わんばかりにこの世界の神からも見放され、早速この世界でも生き辛さを感じる。


「あの、勝手に真眼で覗き見てしまった事は謝罪します。まだ冒険者登録がお済でない様ですね」


「えっ……冒険者登録?」


「洗礼を受ける事でクラス、スキルやステータスが透明化するんです。今貴方が見ていたのはまだ不透明なもので、洗礼を受けたらガラッと変わる方も稀にいらっしゃる様です」


「なんだ……そうだよな、驚かすなよ。有象無象で終わるとこだったじゃねーか」


 改めてもう一度差し出された手を取って立ち上がり、お礼を言ってから別れようとすると、前から走って来た騎士に再び得物を向けられる。


「お待ちなさい、この方は脅威が無いと判明しました。私たち騎士団が保護すると同時に、冒険者として登録をする為に同行して頂くことになりました」


「おい、同行って……」


 しっ、と巫女に目で言われて黙ると、そのまま勝手に話を進めてしまう。

 そうして漸く武器を収めた騎士達と共に森の中を歩き始め、来た道を引き返していく。


 1番前で巫女の隣を歩きながら森の中を見回していると、中には見覚えのある動物や植物がそこかしこにある。元の世界と遠からず近からずの世界なのかと見たものを思い直していると、巫女が突然自己紹介を始める。


「私はライラック王国直轄ギルドでマスターを務めているメリッサ・ストレングスと言います。貴方はこちらの森で何をなされていたのですか?」


「メリッサか、よろしくなメリー。俺は……俺はなんて名前だったっけ。死んだら森に居たから、何をしていた訳でもないんだ」


「記憶が曖昧なのですか? それは困りましたね、登録したとしてもそんな状態で放り出すのも気が引けますし」


「いや、大丈夫だ。そんなに迷惑掛けられないし、それに……」


 ずっと1人で生きてきたから。その一言が何故か言葉には出なかったが、決して曖昧な訳では無い確かな記憶がそれを証明する。

 今度こそは意味のある生活に変えていきたい。それがもう一度五体満足で生を受けた俺の最初の願いで、普通の人間じゃ普通過ぎて思わない願いだ。


「そろそろ森を抜けますよ。抜けたらライラック国王のお膝元である、王都ライラックが見えます。先に行って登録を済ませましょうか、しっかりと掴まって下さい」


「何する気だ、光にはなりたくな……」


 突然連続で切り替わる視界に感覚が混乱して吐き気を催させ、あっという間に街の中に到着したが、気分が悪過ぎて今朝食べたパンケーキが出そうになる。

 それに対してメリーは驚いた様に俺を見て、光の灯った手で背中をさすってくる。それも魔法なのか知らないが、吐き気がたちまち引いていってしまう。


「次からはやめてくれ、馬か徒歩で頼む」


「申し訳ありません、この方が速いと思ったのですが。以後無いように反省します」


「そうしてくれ。好意はありがたいけどな、引き続き案内よろしく」


「はい! まずは登録料の500リラをお渡しします、私たちはデブリーフィングがあるので失礼します」


 1枚の硬貨を俺に手渡して丁寧に頭を下げ、ふわりと踵を返して歩き去る。

 出そうになる溜息を飲み込み、自分の名前を思い出す為に一旦街の外に出る。人の多いここがどうにも落ち着かなくて、自然と足がふらふらと森の中につま先を向ける。思考の森に迷い込んで切り株に腰を下ろし、暫く一点だけを見つめて考える。

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