第2話 一仕事終わって
国王様直々に書簡を託された僕は、月明かりの空をファルセットと共に、目的地のグレハム王国の王都を目指していた。
なにも見えないため、そもそもが日没後にドラゴンで飛ぶという暴挙ともいえる行動なのに、急いでいるので速度が尋常ではなかった。
深夜なので景色もなにもなかったが、むしろその方が見えるより怖いと思う。慣れていなければ。
「えっと……」
月の位置や形、主立った星座の位置を確認しながら、僕は時々ファルセットに合図を送って、進んでいく進路を修正していた。
よほどの非常時でもない限り、腕利きの竜騎士こそ日没後にドラゴンで飛ぶ事はない。
でも、戦闘を目的とした竜騎士と、その他一般を引き受ける僕では求められるものが違って当然なわけで、夜間飛行は珍しい事ではなかった。
「もう、とっくに隣国の上空に入ってるね。この時間なら」
僕はそっと懐中時計を取り出して、今の時間を確認した。
どういう仕組みかイマイチ分からないのだが、暗くても針や数字が微かに黄緑に光るため、こんな夜闇でも困らない。必用だからと、国王様より頂いたものの一つだ。
「さて……」
片手を鞍の握りから離したついでに、僕は肩に掛けている鞄の中に手を入れ、うっかり焼きすぎてたくさん残っていたクッキーを入れた袋に触れた。
袋を閉じていた紐を片手で解き、中のクッキーを一枚取り出して口に入れた。
「やっぱり、砂糖をケチったのがいけなかったかな。なんともいえない味だね……」
思わず苦笑して呟いた声は、身を低くしてファルセットの首の影に隠れている僕の背後に飛んで消えていった。
凄い風切り音が響き、刃物のように鋭い風が頬に突き刺さる中、クッキーどころではないと、自分でも思うけど……。
不用意に地上に近づき過ぎて、関係のない国を刺激しないように、こういう仕事は基本的になるべく高い場所を飛ぶ事が多いので、とにかく寒さとの戦いだ。
いつあるかも分からない事なので、季節に関係なく僕の小屋には防寒着が置いてあった。
「……あと一時間くらいだね。方角はこっち」
僕はファルセットに合図を出した。
若干だけど、空が白み始めてきた。
どうやら、ギリギリ間に合いそうで、僕はこっっそりため息を吐いた。
本来、いきなり他国の城なんかに、ドラゴンで乗り込んだら大騒ぎどころの騒ぎではないし、僕だって無事に帰してもらえるわけがない。
そもそも、無事に城に接近出来るかも分からないが、こういう時に「馴染み」という事は大切だ。
何度となくやっている仕事なので、戦争をやってるほどにまで険悪な関係の国の人たちでさえ、「さっさといけ」といわんばかりに、みてみぬふりを決め込むほどだった。
そんなわけで、城下街を飛び越えて、まだ薄暗いグレハム王国の王城に接近していくと、僕はファルセットに合図しながら、城門の上空で緩やかに円を描きながらゆっくり飛び続けた。
「アレス王国以外の城って、ドラゴンが下りられる場所がないんだよね。当然だけど……」
呟いて苦笑し、そのまましばらく飛んでいると、城門を守る兵士が松明を大きく横に振った。
「ここに下りろか……狭いな」
記憶では城門の前は噴水まである広場になっていたはずだが、まだ地上がはっきり見えるほどは明るくなかった。
僕は小さく息を吐き、ファルセットの飛ぶ高さをを慎重に下げていった。
眼下では、何人か出て広場に「この中に下りろ」という感じで、正方形に近い感じで松明を持って、素早く並んでいくのが見えた。
ファルセットが大きく翼を打ち鳴らす中、その足が広場の石畳につくと、僕はホッとして笑みを浮かべた。
「アレス王国からか。遠路、ご苦労」
ファルセットの背から下りると、一人の兵士が近寄ってきて声をかけてきた。
「至急です。明け方までにと、強く申しつけられています。これを」
僕は携えてきた書簡を兵士に見せた。
「それは急ぎだな。拝見しようか」
暗がりの中、その兵士の隣に立ったのは、他ならぬこのグレハム王国の国王様だった。「えっ、このような場所に!?」
「国王が城で堂々と構えて待っていなければならぬという法はあるまい。それに、アーデルハイト殿に徹夜で運ばせるほどの事だ。どれ、預かろうか」
柔和な笑みを受けべたグレハム国王様に頷き、僕は書簡をそっと手渡した。
「うむ、少し待っていてくれ」
書簡の封蝋を剥がし、グレハム国王は中の羊皮紙を取り出した。
「……なるほど、承知した。確かに、急ぎの報だったぞ。内容によっては少し休んではどうかと思っていたのだが、時を急ぐ事態になってしまった。今度は、ゆっくり遊びにくるといい」
グラハム国王様は僕の肩を叩いて、笑みを浮かべた。
「はい、また今度機会があれば、ゆっくりさせて頂きます。僕はこれで」
敬礼の代わりに深く一礼してから、休む間もなく僕はファルセットに飛び乗ると、そのまま一気に空に舞い上がった。
こういう仕事の鉄則は、なるべく長居は無用だった。
場合によっては、なにかに巻き込まれて利用されてしまう可能性もあるし、それよりなにより、単純に長居しては気を遣わせてしまうからだ。
「機会があればって、それがなかなかないんだよね。もし、城のドラゴンが機嫌を損ねたら、僕しか宥められないしね」
徐々に明るくなる空を飛ぶファルセットの背の上で、僕は笑った。
僕もこれで竜騎士団の一員だ。
屈強な仲間たちと違って戦う事はできないけれど、代わりに僕しか出来ない事がある。
平時の今は戦闘訓練で飛ぶ他の仲間より、ひょっとしたら僕の方が忙しいかも。
そんな事を思いながら、僕は鞄のクッキーを口に放り込んだのだった。
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