アレス王国のドラゴンテイマー
NEO
第1話 小屋の深夜にて
「さてと、そろそろ寝るかな……」
僕はいつものお世辞にも綺麗とはいえない小屋のベッドそっと座り、そのまま横になった。
天井を向いて一息吐いて、僕はやる事がまだ残っていた事を思い出した。
「おっと、日誌書いておかないと。特になにもないけど……」
僕はベッドから下りて、部屋の片隅に置いてある小さな机に向かった。
ここはアレス王国王都のど真ん中にある、特に愛称はないがどこの王国にも一つはある王城だ。
アレス王国といえば竜騎士というくらい、いわゆるうドラゴンに乗って戦う騎士を多数擁する国で知られている。
ここは、その竜騎士達の乗る多くのドラゴンが翼を休めている、厩舎とでもいうべき場所の近くの小屋だった。
「日誌っていってもね、このところ平和だからなぁ」
まさか、「特になし」とは書けないので適当な事を書きながら、僕は笑みを浮かべた。
「まあ、平和が一番っと。僕もタダメシ食べられるしね」
ガタがきている椅子の背もたれに身を預け、思わず笑った。
「さてと、最後にサインして……」
僕は日誌の記入者欄に、アーデルハイトとサインした。
ああ、どっちとも取れるけど、僕はこれでも女子だ。
竜騎士はどうにも男所帯なので、さすがに「俺」こそ馴染まなかったが、自分の事を僕と呼ぶのはいつの間にか癖になっていた。
お役目は厩舎の掃除もやれば、ドラゴンの健康診断もやるし……まあ、この城にいるドラゴンの世話役みたいなものが、日常業務だった。
「竜使い……ドラゴンテイマーねぇ。そういえば、明日また三人くるんだっけか。これで、退屈はしなくて済むね」
ここで僕が世話しているドラゴンは、野生のものを器用に捕獲してくる場合と、ここで生まれたものの二通りがある。
僕の職業と聞かれたら、迷わずドラゴンテイマーと答えるだろう。
簡単にいってしまえば、ドラゴンと仲良くなるのが仕事というか……使役という言葉ははあまり使いたくないので、友人として協力してもらうとしておこう。
ここで生まれたドラゴンは最初から人慣れしているが、野生種は警戒心が強いのでなかなか近づかせてもらえないのが常だった。
「さて、どんな子かな……」
僕は呟きながら、椅子から立ち上がった。
そのままベットに向かおうとすると、小屋の扉がノックされた。
「はい、どうぞ」
自分で開けにいくより早かったので、僕が声を返すとギシギシいう蝶番の音と共に、よく見知った顔が入ってきた。
瞬間的に顔が引き締まったのが分かった。
「国王様が自らここに……至急ですね」
そう、小屋に入ってきたのは、他ならぬアレス王国国王だった。
「ああ、君にやってもらうのが一番早いからね。やや遠い国だが、明け方までにこの書簡をあちらの国王に届けること。明け方までに、なんとかな」
国王様が、黒い筒状のものを小屋の真ん中にあるテーブルに置いた。
「……グレハム王国ですか。確かに、遠いですね。今から急いでも、明け方となるとかなり厳しいです。その事は、お伝えしておかなければなりません」
僕は書簡を手に取り、床に放り出してあった肩掛け鞄を手に取った。
「常識的には、不可能に近いことは分かっている。しかし、それが出来てしまうのが君だ。余計な情報は知らぬ方がいいだろう。とにかく、明け方までに届けるように」
「分かりました。直ちに出発します」
僕は頷いて、扉が開いたままだった小屋から外に出た。
小屋の脇には僕が大事にしている相棒とでもいうべきドラゴンが、寝ていただろうに起きてこちらを見つめてきた。
「そう、仕事だよ。ファルセット、急ぎなんだ」
外していたアレス王国の国章が大きく彫り込まれた、馬でいえば鞍に当たるものを手早くつけながら、僕は相棒のファルセットの頭を撫でた。
ドラゴンといっても色々種があるが、竜騎士の乗るドラゴンやこのファルセットはライドマーク・ドラゴンという、馬に乗る事と大差ない感覚で背中に跨がる事が出来るものだ。
それでいて、背中にある一対の翼は体格にしては大きく、空を飛ばせたら他種ではとても追いつけない速度を出せるのが、なによりの魅力だった。
「よし、準備出来たよ。いこうか」
深夜の星空を見上げてから、僕はファルセットの背に跨がった。
手綱はないが、時としてブレスというドラゴンに共通した強力な吐息を吐くので、そんなものは付けようがないし、あっても邪魔になるだけだった。
代わりになるのは、 鞍から下がった足を差し込んで固定する鐙だった。
これを利用して足でドラゴンの体に当ててきめ細かい合図を出すので、乗馬よりも難易度は遙かに高かった。
僕が右足の踵を軽くファルセットの体に当て、左足の爪先をやや強めに当てると、大きく翼を空打ちしたあと、勢いよく夜空に飛び立った。
あっという間に一番外の城壁を飛び越え、その先に広がる城下街を飛び越え、僕たちは月明かりだけの夜闇の中を、徐々に飛ぶ高さを上げながら突き進んでいったのだった。
……そう、これも僕の仕事だ。メッセンジャーというのは、時としてドラゴンの世話よりも重要だ。
国王様自ら明け方と念押しされたなら、なにがあっても期限は明け方でしかなかった。
「グレハム王国……普通にいったら、順調でも昼近くになっちゃうな。ファルセットの本気は、僕でも怖いんだけどね」
一人呟き苦笑して、僕は足で合図を出した。
瞬間、振り落とされそうな勢いで、ファルセットが加速した。
「……ライドマーク・ドラゴンの亜種、キンセルト。恐らく、世界最速クラスの生物だろうね。これは、怖いよ」
夜闇で景色が見えないので、それが逆に恐怖心を煽った。
「慣れてるけどねぇ、とにかく飛ばせ」
振り落とされないように鞍の頑丈な握りを両手でしっかり掴み、僕は笑みを浮かべたのだった。
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