ツンデレ清楚はアイドルしたい！

プロローグ『冬、恋の結末』

「はぁ、はぁ、はぁ……っ！！」

　今年一番の冷え込み。

　ニュースのお天気お姉さんは確かそんなことを言っていた。

　しかも時間は既に夜。手がかじかんで、スマホもろくに操作できない。

　こんな寒い日は、本来ならコタツにでもくるまって、笑い合いながらみかんでも食べていたい。

「っ！！」

　そう、彼女と。

　だから、俺は走らなきゃいけない。彼女に会って、言いたいことが、あるから。

　こんな最低な俺でも、やっと答えを見つけられたから。

　迷い迷って、ようやく道を、選べたらから。

「早く……早く行かなくちゃ……っ！！」

　走りながら腕時計を見る。時刻は夜9時を回り、既にライブは終わりかけ。

　悔しい。俺の足はこんなに遅かったのか。

　会場までのたった1キロが、どうしようもなく、遠い。

　でも、行くんだ。

　伝えたいことが。

　伝えなきゃいけないことが、あるんだ。

　……好きだって。

　大好きだって、愛してるって、ずっと想ってるって。

「うおおああああああああああああああ！！！！」

　真冬の東京に、馬鹿な男の叫びが響き渡る。

　その時……

「あ………」

　雪が、降り始めた。

　その雪は、そっと。ただそっと優しく、俺の頬に触れ、街に触れ、冷たいアスファルトに、触れる。

「ーーーーーー♫」

　けど、それ以上に、予感がした。

　振り向くと、そこには小さなライブハウス。

　かといって、音が聞こえてくるわけがない。間違いなく幻聴だ。

　でも、わかる。彼女は、ここにいるって。

　間違えるはずがない。

　雪も溶かすほど暖かく。チョコレートのように甘く、切なく、溶けていく。こんなにも愛おしいあの響きは、確かに俺の胸に届いている。

　だから、聴かなきゃいけない。

　そっと、誰にも気づかれないように、ライブハウスの扉を開けた。

　ほら、やっぱりそうだ。

　ドア越しに聞こえる声は、やっぱり“彼女”のものだった。

「……あ」

　けど、その歌詞を、本当の声を聞いた時。

　気づけば、俺の目からは涙が零れていた。

　だってこれは、愛の歌。

　一人の冴えない男に恋をした、ただの一人の女の子の、恋の楽譜。

　その歌はどこまでも、優しく、心に沁みわたっていく。

　けど、立ち止まることはできない。

　彼女がくれたこの想いは、ずっと。

　ずっと、俺の胸の中に残るだろう。

　けれど、俺は彼女を、選ばない。

　別れも言わない。きっと、もう会うこともない。

　楽しい日々は、あまりにも短くて。

　微笑み歩く、薄い雪化粧のアスファルトを。

　俺は、もう、二度と止まることなく、走るんだ。

　小さな決意と、大きな想いを胸に。

　ただの普通の、二月の夜。