服よりも、肉よりも。
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服よりも、肉よりも。
***
「じゃあ、番号札行き渡ったかー?」
ざわざわと騒めくフロアに響き渡る上司の声に、皆一斉に口を噤む。
それは上司を怖い存在として恐れているからの行動ではなく、社会人たるものTPOを弁えるべきであるという思いからの行動であり、社員全員の心意気が真っ当だからこそ、成り立つ環境であると言えるだろう。
実際、我が職場は大変居心地が良い場所として、その筋では有名らしい。とはいえ、その筋がどの筋なのか、私自身よく分かっていないのだが……。
それはさておき、志しが高く、真っ当な人が多いため、我が職場の環境はとても良好。それは社長さえ自画自賛したくなるほどのクリーンさだ。
「行き渡ったみたいだな、じゃあ。簡単に説明するぞ」
だからこそ、話の流れ自体に不思議な点は一切なかった。なかった、けど……。
***
「29番、誰—?」
「2番、いないー?」
「こっちも29番、知りたいー!」
「32番、いるー?」
上司の説明の後、皆一斉に目的の番号札を持つ相手を探すために、フロア中を駆け巡る。
あの後、上司が説明した話によると、社長が社員たちに日頃の労いを込めた感謝の品がプレゼントを用意してくださっているらしい。とはいえ、ただただプレゼントを渡しても味気ない。そう考えた社長は、社員全員に番号札を配布し、その番号札を頼りに結成したペアにより、プレゼントの中身を変えるというちょっとしたゲームを織り交ぜた。
ルールは至極簡単。
一つ目は、一緒に組むペアは一つであり、尚且つプレゼントはペアの二人で仲良く分け合うこと。
そして二つ目は、ペア同士の数字用いて言葉を読み取ることが出来れば、見事プレゼントを獲得出来るという流れらしい。
例えば、8番と31番ならのペアなら、8と31を用いれば831=野菜という言葉が読み取れ、晴れてプレゼント獲得となる。ちなみに、読み取れた言葉によりプレゼント内容が決まってくる。そのため、より良いプレゼントを引き出す番号札を持つ相手を見つけるべく、皆が真剣に挑んでいるというわけだ。
いつもTPOを弁えて、バリバリ仕事をこなしているメンバーが私利私欲のためにテキパキと動く姿はとても珍しい光景である。とはいえ、いつも仕事をこなすことで手一杯。機敏さが人一倍足りない私は早くも戦線離脱に陥っていた。
「よっ、辻(つじ)ちゃんは何番探してるの?」
「……渡部(わたべ)先輩」
困惑ばかりして、もたついていた私に向けて声をかけてきたのは同じチームの先輩に当たる渡部先輩だ。渡部先輩は男性でありつつ、女性のようにスイーツだってイケる口。豊富な話の引き出しとざっくばらんな語り口は社内外問わず人を惹き付けてやまない。そのため、揉め事やトラブル仲裁は抜群の安定感を誇っている。
ナチュラルに相手の懐に入り込む渡部先輩の手法は、本当に目を見張るものがある。事実、困惑してばかりいた状況だからこそ、渡部先輩の優しい声掛けに安堵するわけで……。そんなことを改めて感じつつ、渡部先輩に返事をする。
「え、と。特別、探している番号はないんですけど……」
「え? もうペア見つけちゃったとか?」
変なこと言って、ごめんよーと述べる渡部先輩は一切悪くない。何故ならば。
「いえ、それはないです。何番ならいいかすら、頭が回らなくて……」
「あはは。確かに辻ちゃん、こんな騒動に遭遇しただけでフリーズしちゃうタイプだもんなあ」
「ううう……」
私が仕事の出来ないタイプだと、同じチームの先輩である渡部先輩に隠しきれているとは思っていない。だけど、やっぱり口に出して言われちゃうとやっぱり凹んでしまうわけで……。とはいえ、落ち込んでばかりもいられない。最悪な空気に先輩を一緒に引きずり込むのは失礼すぎる。
「そ、それはそうと渡部先輩は何番なんですか?」
無理やり話を切り替えようと振った話題だが、まさかの答えに衝撃を受ける。
「俺? 俺は29番」
「え、29番!? それ、凄い人気の番号じゃないですか!?」
鈍臭い私でさえ、良い服(11+29)、良い肉(11+29)呉服(5+29)……と、高級そうなラインナップが瞬時に浮かぶ名番号。実際、さっきから29番の人を探す声だって複数聞こえている。
「だから、逃げてたんだよー」
「へ? 意味が分からないんですけど?」
「いいからいいから。で、辻ちゃんは何番なの?」
珍しく強引に話を進める渡部先輩に若干戸惑いつつ、私の方から尋ねた手前素直に答える。
「え、えっと……。私は、60番ですけど」
「ふーん、60番ね。60番、60番……。なるほど。悪くはない、かな?」
「え、まさか。渡部先輩、番号交換したいとか言いませんよね?」
「まさか! 何で交換するのさ」
渡部先輩の憮然とした口調でようやく大それたことを言ったことに気付く。恥ずかしい気持ちを抑えつつ、何とか謝罪の弁を述べるだけで精一杯だ。
「ですよね、失礼なこと言って申し訳ございません。渡部先輩、どうぞペアの方をお探しに行かれて……」
「何、言ってるの? 今、ペアが見つかったというのに」
「え? ちょっ、渡部先輩!? いったい、何を!?」
私の質問に答えることもせず、渡部先輩は私の手首を掴み社長室への道を堂々と進んで行く。そんな渡部先輩とは対照的に、困惑しきりで涙目な私はさながらカツアゲされそうな後輩にしか見えないだろう……。
***
「おや、渡部くんと辻くんですか。確か、お二人は同じチームでしたよね。では、番号札の返却をお願いします」
社長室に通され、社長の指示通り番号札を返却する。社長に番号札を見せる展開は予想していたが、返却は想定外だった。とはいえ、別のペアを結成して再度社長室に現れないようにするためには、番号札の返却は大変理にかなった対応と言えるだろう。
それにしても小さめな企業とは言え、社員の名前のみならず置かれている状況を相変わらず完璧に把握しようと努力してくださる社長には本当に頭が下がる。しみじみと社長の良さを痛感している最中、社長の一声で一気に現実に引き戻される。
「ところで、29番と60番。この二つで何の言葉が登場するのですか?」
「……」
渡部先輩に引っ張られた結果、社長室にたどり着いただけで何も聞かされていない私は当然何も知らない。というか、未だ何も分からない。
社長からの問い掛けに言葉に詰まってしまう私とは対照的に、隣の渡部先輩が実に楽しそうに語り始める。
「社長、フクロウ(29+60)ですよ。フクロウ」
「ほう、フクロウか。……なるほど。しかし、それならフクロオの方が字義的には近いのでは?」
確かに「フクロウ」の発音が「フクロー」に近いならば、「フクロオ」もあり……なのか? いやいや、それじゃあ。何でもありの収拾つかないゲームになり兼ねない。渡部先輩の切り札が気になりつつ、私は静かに成り行きを見守ることにする。
「確かに、社長のおっしゃる通り。フクロオが正解に近いかと。ですが、ペアの二人と仲良く分け合うことが前提な点からも、社長の思惑は恐らく社員同士の交流も絡めている福利厚生だと思ったんです。ならば、二人揃ってフクロウと認識し、手を取り合ったことが遥かに大事。このくらいは誤差の範囲かなと思いまして」
「ったく、渡部くんは相変わらず口が達者だね。いいだろう、更に同じチームで仲良く切磋琢磨して精進してくれたまえ」
「ありがとうございます、社長」
感謝の言葉を述べつつ、頭を下げる渡部先輩を見て、私も慌てて隣で頭を下げる。
「では、二人で仲良く使ってくれ。二人へのプレゼントは……」
***
「……本当に渡部先輩、口が達者ですよね」
「そうかー?」
「そうですよ! 二人揃ってフクロウと認識し、手を取り合ったことが遥かに大事とか言われてましたけど、私はフクロウと認識出来てませんでしたし」
「だろうねえ」
「気付いてらしたのですか!?」
「てか、気付かないはずないだろ。何年一緒に仕事してると思ってる?」
そう言って、渡部先輩は私の頭を社長に渡された封筒でペションと軽く小突いて来る。とはいえ、傍若無人な対応は先輩であろうと流石にいかがなものか……。文句を伝えるべく、意を決して振り向いた先に見えた渡部先輩の瞳がとても優しげで、思わず言葉をのみこんでしまう。
「さて、いつ行こうか? 二人で仲良く過ごす大義名分のお膳立てまでいただけたわけだし」
「た、大義名分……ですか?」
耳に飛び込む聞きなれない言葉に上擦ってしまう私の声を気にも留めず、渡部先輩はにこやかな笑みを浮かべている。
「そっ、俺たちのプレゼントは分けっこが出来ないからね。ペアチケットなんだから、一緒に楽しむしかないだろ?」
「……ううう」
そう答える先輩の言葉に思わず青ざめてしまう。
別に渡部先輩のこと、嫌いじゃない。だけど、二人で仲良く過ごすというのは流石にハードルが高いというか……。今更ながら先輩のスペックに怖気付きそうになっている私とは対照的に、渡部先輩の左手では社長からいただいたフクロウカフェの無料ペアチケットが入った封筒が出番を待ちこがれるかのようにひらひらと優雅に舞い踊っていた。
【Fin.】
服よりも、肉よりも。 @r_417
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