梟と鵲と烏と男

鈴木 千明

なく声

男は1人、煙草を吸っていた。月のない夜である。男は腹の虫が癇癪を起こすと、この雑木林を訪れる。人々の営みを照らす灯りの下に、自らの疚しさを晒すようで、不快なのであった。

ホー

笛のような音が聞こえて、男は漫然と動かしていた足を止めた。

ホー

梟の声だ、男は思った。姿は見えないが、あの気味の悪い目に見つめられているようで、視線を落とし、足を早めた。

ホー

梟の声が近くなり、男は身体を強張らせた。理由も無く恐怖を感じ、それを誤魔化すために煙草を変えようとしたが、止めた。男にも、罪悪感というものがある。この煙草は、妻から頂戴した万札で買ったものであった。勝手に、であるが。

ホー

他人の財布から金を頂戴するのは、親と共に暮らしていた頃からの癖であった。ただ、赤の他人から頂くのは取り返しのつかないことになると思い、世話になるのは母親の財布だけであった。内縁の妻と共に暮らし始めてからは、世話になる場所が変わった。男にとっては、それだけであった。

ホー

梟の声が突然、耳元まで近づいた。驚いて腕を振り回し、走り出す。

ホガァアアア

怒りに満ちた声。月のない空に、赤橙の輪が2つ。気がつけば、雑木林は深くなり、森になっていた。あれだけ煩わしく思っていた街の灯りに、縋り付きたくなる想いがした。

カッカッ

別の鳴き声がして、男は縮み上がった。

ガァガァ

今度は烏の鳴き声だ。よく見ると、暗い黒い森の中に溶け込んだ烏が、湿った目をこちらに向けている。その足に、白い羽毛が見える。目を凝らすと、雀ほどの白と黒の鳥が捕まっている。梟の声は、止んでいた。

カッカッ

正体の知れぬ鳴き声は、この鳥からのようであった。助けを求めているように感じた男は、近くの木の枝を取り上げ、烏に向かって振るった。

バサバサ

烏はこれを避け、近くの木に止まる。いつの間にやら落としていた煙草の火が、ふっ、と消えた。

カッカッ

白黒の鳥は羽ばたいたかと思うと、すぐに地面に降り立ち、こちらを見る。

カッカッ

怪我をしているのかと思ったが、どうやら男を待っているようであった。男が近づくとまた少し飛び、地に降りて男を待つ。

カッカッ

男はこれを追った。お伽話の類は信じていなかったが、この白黒の鳥が自分を導いてくれるものだと、根拠なく思った。

カッカッ

鵲だ。男は、前を行く鳥の名前を思い出した。

ホー

その声が聞こえ、男は血が冷えるのを感じた。鵲を追い、走る。スボンにでたらめに突っ込んだ小銭が、やけに耳障りに鳴る。

ホガァアアア

走って、走って、気がつけば暗闇にいた。森ではない、暗闇だ。そこには1本の木があるだけであった。こげ茶である幹が浮かび上がるほどの、暗闇の中である。その木に、梟と鵲が止まっていた。

ホーホー

カッカッ

嘲っている。男はそう直感した。足元に残された光沢のある黒い羽が、静かに闇に溶け、消えた。


男は知らない。

なぜ、暗闇に呑まれてしまったのかを。梟が、母親を食らって育つ不孝鳥と呼ばれることも。鵲が、離縁の種を運ぶ鳥であることも。

今となっては、詮無きことである。

烏が吉兆を示す鳥であったことも。


男の行方は、誰も知らない。

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梟と鵲と烏と男 鈴木 千明 @Chiaki_Suzuki

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