さみだれ

志摩田 一希

供物と舞う蝶

 永遠に、この夜が終わってほしくない。

 ざらつく舌、たしかな肌の感触。そこにある温みと、触感、体臭、言い訳にはもってこいの酒の匂い。舌を絡ませておれは、感動に涙が出そうになる。

 あるはずのなかった、かつて、届かなかった温かさ、抱擁。

 どの神でもいい、自分以外の力を感じざるをえない、ありえないはずの、かりそめの恋人。

「うん、もっと……来て」

 唇から漏れる言葉に、どうやっても自制なんてできない魔力がある。世の中のやつら、だれでも簡単に転げ落ちるほどの甘美な響き。人生において最高峰の甘味。

 たしかにある実体を抱きしめる。シャンプーか香水の、人工的なにおいが混ざって、どこまでも昇っていける、今なら龍にだってなれる。

 腰を動かして、さらに、もっと、もっと、もっと深く知ろうとする。息が漏れる。

 声が、体が、理性とは違うところで動いている。二人とも。

「どうにかなりそう……いや、もうなってるね」

 俺はただうなずいて。両手に力をこめる。息遣いとともに、荒くなる、手も腕も頭も首も腰も、なにもかも、制御されることを全力で拒んでくる。


でも、この夜はいつか終わる。


 明日になれば、この夢が覚めれば、そう、これは夢。わかってはいる。

 たしかな温みを、全力で感じる。どこまでも、体の器官すべてに永遠に焼き付ける。

 まるで呪い。

 あるはずのなかったものが、たしかにあったという残酷な事実。届いてしまった星の輝き。こんな、こんなに今から苦しいなら、わからないほうがよかったかもしれない、禁断の小箱。

 一人ぶんの、世界に唯一の心が、今だけは自分のものだ。一人ぶんしか許容してくれない、心が、今、自分のものだ。

 感情の暴走。

 ただ、呼吸と、肌と、髪の先と、すべてで、ただ。ただ、説明のつかない衝動を感じられる奇跡を、それだけを、それだけを受け止める。

 止まらない、あふれる、止まらない。

 嬌声が聞こえるけど、幻想かもしれない。それでもいい。だってこれは夢だから、いまは、人生の甘味をすべて享受しているから。


 うちつける腰に住んでいる黒い蝶が、おれに笑いかけた気がした。

 頭を、いつまでも焦がす、呪いが完成した。


 おれは、わかってしまう。

 夜は、もう終わる。

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