キツネ君とフクロウ君

沢田和早

キツネ君とフクロウ君

 夜の森を駆ける。

 咥えたニワトリは少々重いが、これだけ太っていればあいつと一緒に食べても腹いっぱいになるだろう。


「くそ、キツネか。またやられたあー」


 背後から微かに聞こえてくる人間の声。ケチケチするなよ。そんなにたくさん飼っているのなら、一羽くらい減ってもどうってことないだろう。さあ、ねぐらへ急ごう。


「ああ、キツネ君、おかえりなさい」


 出迎えてくれたのはフクロウだ。ちょっと前からこいつと一緒に暮らしている。

 キツネとフクロウ、考えてみれば奇妙な組み合わせだ。これには理由がある。オオカミに襲われていた俺をこいつが助けてくれたんだ。

 俺は無傷だったがこいつは翼に傷を負い、満足に飛べなくなった。俺はこれでも義理堅いんだ。命の恩人を見捨てていくわけにはいかない。だから傷が治るまでこうして食わせてやっているのさ。


「腹減っただろう。今日もニワトリだ。食おうぜ」

「ありがとうございます。でも家畜を襲うのは危険ですよ。油断すると人に捕まってしまいます。以前のようにネズミやモグラでもボクは構わないのですよ」

「何を言ってるんだよ。オオカミがいなくなってニワトリが取り放題なんだ。この味を覚えちまったら、ネズミやモグラなんか不味くて食っていられねえぜ」


 俺はニワトリにかぶりついた。うまい。野生の動物に比べると脂の乗りが全然違う。


「オオカミさんは、やはり亡くなってしまったのでしょうか」

「そうだろうな。あれ以来姿を見せないんだから」


 俺を襲ったオオカミは群れからはぐれて一匹で暮らしていた。欲張りなヤツだった。ニワトリを独り占めして俺たちには一羽も分けてくれなかったのだ。

 が、俺を襲った時にフクロウの逆襲に遭い、相当な深手を負ってしまった。おそらくあのまま野垂れ死んだか、人間に捕まって皮を剥がれたか、どちらかだろう。


「とにかく気をつけてくださいね。オオカミさんみたいにならないように」

「フクロウってのはずいぶん心配性なんだな。もし俺がヤバくなったらあの時みたいに助けてくれよ。さあ、おまえも食って早く傷を治せ」

「はい、いただきます」


 フクロウが肉を丸呑みする。あれで味が分かるのだろうかといつも不思議に思う。


 何日か過ぎてフクロウの傷はすっかり良くなった。これなら以前のように獲物を狩れるだろう。俺たちは別れることにした。


「おまえと過ごす最後の夜だ。今日は極上ニワトリを獲ってきてやるよ。豪勢な晩飯にしようじゃないか」

「キツネ君、やめてください。危険です」

「大丈夫だって。待ってろよ」


 俺はねぐらを出ると養鶏場目指して駆け出した。ほとんどのニワトリは平飼いだ。夜も草むらで眠っている。しかし夜間のみゲージに入れられるニワトリが少数存在する。そいつらは他のニワトリより大きく、毛並みも良く、見るからにうまそうなのだ。


「これまで何度も体当たりして、ゲージはかなりグラついてきているからな。今晩こそは完全にぶっ壊して、あの極上ニワトリをかっさらってやる」


 俺はいつものように養鶏場へ忍び込んだ。草むらのニワトリには目もくれず、極上ニワトリが眠っているゲージへひた走る。が、


「うわっ!」


 まぶしい。目がくらむ。なんだ、この昼みたいな明るさは。


「いたぞ、キツネだ」


 人の声だ。どういうことだ。なぜ今晩に限ってこんなに人がいるのだ。まずいぞ、ここは退散だ。

 俺は向きを変えすぐさま引き返した。


 ダダーン!


 銃声だ。くそ、なんて夜だ。こんなこと今まで一度だってなかったのに。

 高ぶる気持ちを鎮めながら養鶏場の外へ飛び出る。その時、何発目かの銃声が轟いた。


 ダダーン!

「くっ!」


 後足に鋭い痛みが走った。撃たれたのだ。転倒は免れたがもはや満足には走れない。背後からは人の足音が聞こえてくる。万事休すだ。


「これまでか」


 諦めかけた時、暗闇に二つの輝点が見えた。空中に浮かぶそれは音もなくこちらへ近付いてくる。


「あれは、あれはヤツか」


 フクロウだ。二つの輝点はフクロウの両眼に違いない。銃声を聞いて助けに来てくれたのだ。


「やった、これで助かる。人間ども、俺の切り札を見せてやる!」


 今はもう眼光だけでなくその姿もぼんやりと見える。さあ、その凶悪なまでの鋭い爪で迫って来る人間どもを追い払って……


「ぐふっ!」


 背中に強烈な一撃を感じた。俺はたまらず地に転がった。見上げると再び空に舞い上がったフクロウが急降下してくる。その鋭い爪が俺の腹をえぐった。


「ぐはっ! な、なぜ……」


 地に転がった俺を人間が見下ろしている。その肩にフクロウがとまっている。おまえ、まさか、まさか……


「そうです。ボクは人に飼われているのですよ。オオカミに傷を負わせたのもあなたを助けるためじゃありません。ニワトリを襲う悪者をやっつけた、ただそれだけのことだったのです。その悪者に今度はあなたがなってしまった。言ったはずです。ニワトリを襲うのはやめなさいって。ネズミやモグラを食べなさいって。こんなことになってしまって残念です」

「そうか。じゃあ、今夜に限って人間が待ち構えていたのも」

「はい。あなたがねぐらを出ると同時にボクも飛び立ち、一足先に養鶏場へ来てあなたの襲撃を知らせたのです。本当は最初のニワトリを襲った時に知らせるべきだったのですが、傷の手当てをしてくれたので今日まで見逃してあげたのです。キツネ君、今までありがとう」


 ふっ、俺の命を奪っておきながらありがとうはないだろう。俺もつくづく間抜けだったな。フクロウは俺の切り札ではなく人間の切り札だったというわけか。

 ああ、寒い。目がかすむ。どうやらここまでのようだ。まあいい、最後に念願だったニワトリをたらふく食えたんだ。そこらのキツネよりよっぽど幸せな生き方だったと言えるんじゃないか。


「キツネ君、ボクは本当に……」


 フクロウが何か言っている。だが俺はもうその言葉さえ理解できない。ただホーホーという虚ろな響きが聞こえるだけだ。やがてその響きさえ聞こえなくなった俺の意識は、急速に深く暗い闇へと落ちていった。


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