ふくろうの前に集合です。

@furyousaiken

ふくろうの前に集合です。

沙彩と待ち合わせる時、たいてい俺は待たされることになる。

その原因は俺が待ち合わせ時刻の二時間前を目安に出発しているからであるのだが、そもそも彼女が時間通りに到着したことは殆どない。


彼女が東京の地理に不慣れ、というのもあるかもしれない。

まあそれなら仕方がないと思うのだが、待ち合わせ場所を同じ場所にしても到着時刻に変化がみられないのだから、結局は別の原因があるのだろう。

何で遅刻するのか直接聞いてみようと思った時もあったが、「ごめん?待った」、「別に待ってない」というベタなやり取りをし、彼女の顔を見ているうちにまあ別に大したことでもないか、と有耶無耶になった。


俺は基本的に他人の遅刻を気にしない。別に死ぬわけでもない。少し待たされるだけだ。

俺が早めに到着するのは、予定があると常に遅刻する不安感を抱えるからで、それを他人に押し付けるつもりもない。


ただ、沙彩と約束をした場合は例外で、彼女が遅刻してくることに少し安心することがある。

彼女と付き合えるのは俺くらいだ、と思えるから。

本当にくだらないという自覚はあるが、完全に否定することはできない。


     *


沙彩と俺が付き合っているか、というと実のところ自信がない。


一緒にいた時間も、関係性もそれなりである、とは思う。

バレンタインの時、高いチョコレートを貰った。

イヤホンを半分こしたことがある。

下の名前で呼んでも嫌な顔をされない。

部屋に招かれたことがある。


どれも付き合っていれば起きることであるが、付き合ってなくてもできることである。


過剰な心配だ、と自分で思わなくもない。

理性的に考えれば、付き合っていなくてもその数歩手前にはいる。

それでも俺は信じきれないのだ。


自分に自信がなく、他人に受け入れてもらえると想像できない。

愛されたとしても、その理由を探してしまう。

でっち上げた理由に見落としがないか探さずにはいられない。

そして、他人を信用できない自分が嫌になる。


沙彩と一緒にいない時、彼女が実在しているのか不安になる。

沙彩と一緒にいる時は、彼女に見捨てられないか不安になる。


彼女との関係性に確信を持てない限り、この不安は収まらないのだろう。

まったくなくなることは、未来永劫ないだろうけれど。


     *


結局、告白できてないのが悪い。

好意を言葉にし、相手の返答を得るというあの儀式にはやはり合理性がある。

告白することでお互いの関係性を確定させるというのが俺には必要だ。


しかし、告白するとしてもそれはそれで別種の不安感が付きまとう。

失敗した時、失うものの大きさだ。

これに関しては俺が抱えている他の不安とは異なり、結構普遍性があるものだろう。

普遍性があるということはそれだけ強力な不安であり、俺はそれに立ち向かう為にお酒の力を缶五本ほど借りることとなった。


『大事な話があります。来週の日曜日、ふくろうの前に午前十時半に集合です。』


なけなしの勇気で、そう彼女にメッセージを送信した。


     *


ふくろう、というのは池袋にあるあの、ダジャレみたいな名前のアレである。

俺と沙彩は結構頻繁にあそこで待ち合わせをしている。

その理由は単純で、彼女がフクロウが好きだからだ。


彼女と出会った当初、流れはよく覚えていないが、フクロウの話になった。

少しだけ早口でフクロウの話をする彼女との会話を維持するためにひねり出したのがかの像だった。

彼女はそれに興味を示し、池袋駅は複雑だから俺が連れて行ってあげるよと予定を取り付けた。

今思い出すと待ち合わせスポットの前に連れていく程度のことであんなに偉そうにできたな、と思う。

とはいえ彼女と約束を取り付けられたのは事実であり、やはり酒の力は偉大と言う他ない。不可能を可能にしてくれる。


その結果、紆余曲折ありつつも、俺は彼女と一緒にいることが増えてきた。

色んな場所に行ったし、色んなことをした。

その中でもフクロウ関連は彼女のお気に入りで、表情に乏しい彼女が、上機嫌になっているように見えた。

フクロウカフェに居る時の彼女が俺は好きだし、フクロウグッズを見ると、彼女が喜ぶ顔を思い出す。

沙彩との思い出の結構な部分は、フクロウとともにある。

フクロウには感謝しかない。


告白場所にかの像の前を選んだのも結局それが理由である。

フクロウは彼女の機嫌をよくしてくれるからだ。

機嫌が良いときに告白した方が気が楽であるし、受け入れてもらう可能性が高まる、と思う。

成功体験を踏襲しているだけ、とも言える。

情けない話である。

それでも、ちゃんと付き合いたいという思いは本物で、フクロウにも縋りたい気分だったのだ。


     *


前日は緊張でよく眠れず、いつもより一時間遅く家を出ることになった。

約束の時刻より一時間前に到着する予定となる訳で、この時ばかりは自分の心配性に感謝した。

さすがに告白俺が遅刻するのはシャレにならない。


待ち合わせ場所についたとき、俺は驚いた。

沙彩が先に居たのだ。あの遅刻常習犯が。一時間前に。

俺は時計を確認し、頬を抓り、また彼女を見た。


「…結構、失礼だよね。君。」


沙彩は俺の一連の動作を見て、言った。


「…ええと、待った?」


「…待ちました。ええ。待ってましたとも。ずいぶん長い間。」


「あ…そう。ごめんね。」


会話が途切れる。

色々話すことを考えていたはずなのに、口が動かなくなってしまった。

彼女は、ただ俺を見つめている。


俺にもわかる。

彼女は待ってくれていたのだ。

だから、不安はないはずだ。恐れていたようなことは起こらないはずだ。

それでも、あと一歩、踏み出せない。

あり得ないと否定したはずの未来が俺を押しつぶす。


彼女の視線を指すように感じ、つい目をそらしてしまう。

情けないな、と自分が嫌になる。

目をそらした先にはフクロウがいた。もちろん本物ではなく、石像の方である。

駄目じゃねえか、と内心で石像に毒づく。

当然石像は何も言わない。ただの無機物でしかない。

結局、最後は自分で一歩を踏み出すしかないのだ。

それはわかっている。

わかっているんだ。

わかっていたはずだ。

あと一歩だけなんだ。

沙彩と初めて話した時、初めて二人で出かけた時、初めてプレゼントを贈った時、初めて部屋に入った時、どれもこの比じゃなかったはずだ。

こんなのはただの確認作業だ。

そうだろう?

当然のごとく答えはない。

だけど、少し気持ちが楽になった気がした。


目を閉じる、大きく息を吐く、そして息を吸い、目を開ける。

沙彩の方を向いて、口を開く。


「好きです。付き合って下さい。」

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