この女、ドSにつき

コカトリス

第1話

冬の厳しい寒さの中、村主 かずまさは悩んでいた。

錆びついた釘が見える塗装の剥げかけたベンチ。


もともと緑色だったベンチは長年の風化により今では下地の白が所々に見える。

そんな地味で腐りかけたようなベンチに腰掛けささくれでズボンを汚していた。

ジーパンは少しくたびれた藍色、上着はどこぞの貧乏人みたいなパーカーにインナーは青白い長袖だ。


ほろ酔いの梅味を片手に肴は貝ひもだ。この組み合わせは最近見つけた中では上位に入る。


就職という戦に何度も挑んだがことごとくお見舞い通知のオンパレード……。30通を過ぎた頃から数えるのをやめた。


そろそろ俺の部屋が履歴書の紙で埋め尽くされそうになっているのだが、それを片付ける気力はいまの俺には全くない。

はぁ……〜。

ため息だけが大きくなっていく。


好きだったはずのほろ酔いの梅酒はすっかり体温で温まってしまった。そんな飲み物を口に含んだがあまり味がしない。人は気分が落ち込むと食べ物の味がしなくなるのか……と考えにふけっていた。

ふと、三時間前のことを思い出す。


リクルートスーツで身を固め、いざ戦場へと歩き出したあの朝を……一人暮らしでろくに朝ごはんなどを食べない毎日だったが今日は初めて食パンと卵焼きというなかなかにイタリアンな食事をとってみた。

顔を洗い、歯を磨き、外に出た。また寒いとコートの裾を中に織り込み出かけた。


冷え切った朝の風はストーブで火照った身体を急激に冷やす。


口から出るのは真っ白な息……。

外に出て十分もしないうちに手がかじかんでくる。


息をふっと吐き、気合いを入れる。


臨んだ会社の名前はもう覚えてはいないがかなりの大企業だった。年もくれ、ここにいる人たちは皆大学四年生……つまりは就活に悉く失敗をしてきたある意味猛者達だった。


試験内容はいたって簡単……面接のみというある意味地獄であった。仮に筆記などがあればまだ光明が差したというものだが、だが、ここは面接のみだった。


面接室の前にはずらりと並べられたパイプ椅子。

それもかなり冷たいものだ。一応ストーブは置かれているもののあまり効果はないようだ。それでも、心の支えという面では一役買っているとあっても過言ではない。


温かくもないストーブで体温を下げないよう男どもは群がったが、それもあっけなく面接官によって撤去される。うるさかったのだろう……それとも。


かくして、俺の番が回ってきた。


面接官は黒服に身を固めたエリート戦士たち……つまりは会社の重鎮または、人事部の人達だろう。

会話は恙無く執り行われた。志望理由や、大学生活で学んだこと、社会でそれをどの様に生かすというかたわいもないものだ。だが、面接官の顔はすぐやしな。まるで、売れない芸人たちがネットで叩かれているような気持ちになる。


そして、俺は悟った……。数多の戦(面接)において培ってきた『落ちた』という事実を突きつけられる時の表情……。


「はい、お疲れ様でした……では、次の十八番の方をお呼びください」

「はい、わかりました」


席を立ち、慣れた形で扉を開けた。

「次の十八の人、どうぞ」

「はい……」

彼の顔も優れちゃいなかった。


待合室のパイプイスに深く腰掛け長くそして重いため息を吐いた。

皆それで察したのだろう……こいつは落ちたと。


自然と目が下に落ち目線を逸らすのだった。だが、心の中では喜んでいるに間違いない……。そう心が荒むのもこの時代の子供達には仕方のないことなのだろう。





梅酒を一口飲んだ。


あの時何がいけなかったのかと自己嫌悪に浸る。顔からは熱が消え、目からは光が消えた。


時刻は……十八時過ぎと行ったところだろう。長いこと回想に引きこもっていたらしい。


あの時生ぬるくなっていた梅酒は少し凍っていた。


目を瞑り、下を向いた。

息を止め、このまま死ねないかと思考する。

たが、体は非情で止めてしまった息はものの数分でむせる。

目尻には涙が浮かぶ。ポタリポタリとお気に入りのジーパンが濡れた。雪でも降っているのだろうか?


目を開けると白い何かが指に積もっている。

「あぁ、雪か」


鼻で笑い、このままここにいたら死ねる……。

そう、硬く拳を握りしめるのであった。




「ねぇ、あなた。何してるの?」

鈴音の鳴る音が聞こえた。どこまで透き通っていて優しくて、心に届く音だった。

「ねぇ? 何してるの?」

察して欲しかった。荒んだ心を少しでも癒したいとここにいることを、そして、いま誰よりも一人にして欲しかったと願う俺の心を察して欲しかった。


「だれ、です……」

パンッ


顔を上げようとした瞬間。破裂音が聞こえた。


俺が覚えているのはここまで、脳に届いたその音を感じ取るのに精一杯になっていた。




「はぁ〜またやっちゃったわ。あれほど我慢我慢って硬く誓ったような気がしたのだけど。絶世の美少女であるこの私を三回も無視したんですもの、あれ? 二回でしたっけ……まぁ、撃たれてます文句は言えないはず……ですわよね?」



真っ赤なドレスを着た自称美少女の女は銀色のDE50sを軽々手の中で回し、美しく考えにふけっている。


一方鉛玉を打ち込まれた元人だったかずまさは脊髄反射なのかわからないが、手足をピクピクとさせ大量の血を脳天から噴き出していた。


拳銃をホルダーに仕舞いやれやれと首を振る。そして短く詠唱する。


『死者蘇生』


唱えられた魔法は即座に発動する。

青紫色の光が地面から湧き出る。光はやがて欠損した部位に集まり、それら全てを光の粒子に変えた。

光となった肉片たちは元のところへと戻ろうと体を辿り脳へとたどり着く。

スロー再生されていくように体の欠損した部分がゆっくりと戻る。ものの数秒もせず欠損した頭は元の位置に戻る。続いて魂の回復……および死者蘇生そのものの意味でもある死者を生き返らせるためのプロセスをふむ。

飛んで行ってしまった魂を呼び戻す事は魔法士の間では禁忌とされている。なぜか、それは解明されてはいけないという事。

だが彼女はそれを諸共せずその魔法を唱えられる。それだけの実力、才能、権力を有しているということになるが、それはまたの機会に。


冥界へと送られた魂を光輝く船に乗せいま、体に魂が戻る。



村主かずまさは意識を取り戻した。

とんでもない程の苦痛と苦しみ。息苦しさが同時に襲う。だが。それさえもかすむほどの生き返ったという事実だけが彼を苦しめる。


死んだというだけでも認めたくない事実であるのにそれと同時に生き返るという理解の範疇をゆうに超えた現象に頭の回路が赤くなり、ショート寸前まで追い込まれる。



ゼェゼェと荒い息を幾度となく繰り返し、自身の身に起きた超現象を理解しようとするが……。


「あら、目がさめるのが早いのね。あなた名前は?」

目の前にいる人間は誰だ。見たことも聞いたこともないような女だった。それは自身が見た中で最も容姿が整った女だった。仮に自身が見てきた美女を並べたとしても彼女のように美しい人は誰一人いないだろう。それ程に、嫉妬してしまうほどに彼女は美しかった。



「俺の名前は……かずまさ」

答えられたのはこれだけだった。

それ以上話す事は出来ない。

ひたいに押し付けられている拳銃がそう言い聞かせる。

『私の質問以外のことを答える事は万死に値する』

そう、言っているようで怖かった、単純な恐怖を俺はこの日この生まれてこのかた始めて知った恐怖だった。


「あら、そう……いい顔ね。私好みだわ。いいわ、あなた……私に雇われない」


彼女はそういう……だが、それを拒否する事は死を意味する事を俺は知っている。いや、理解しなければならなかった。


引き金手が当たっている。硝煙の匂い。そして。、俺が垂らした血の匂い……全てが物語る。


「はい、お願いします」

「そう、契約成立ね」


ホルスターに拳銃をしまい、彼女は手を差し伸べた。

ここに新たな師弟関係が生まれた。そして世界は理解した。ここに最強の|師弟(タッグ)が生まれた事を。そして、世界の危機を救う新たな救世主が生まれた事を……。





第ニ節


師弟の絆


「あなた名前は?」

「えっと、」

「前置きはいらない! さっと答える!!」

「は、はい。村主かずまさです」


彼女は快く頷き、笑顔になった。パッと花が咲いたような彼女の笑みは荒んだ自分でも惹かれる何かがあった。

「私の名前は……そうねーー。クレアと呼びなさい! いいわね」

「はい、クレアさん」

「よろしい〜」

なぜか上機嫌な彼女、携帯を取り出しどこかへと電話をしている。

「もしもし、クソババア? 明後日の昼ぐらいにそっちに行くから。よろしくね〜」


一方的に彼女はそう告げると電源を切った。

満足げに自分を見ると、右手を差し出してきた。

「握手よ。契約成立の真似事……あとで正式な手続きはするけど、それまでの仮契約みたいなものよ。だからそんなに怖がらないでいいわよ?」


ガクガクと体を震わせる俺を尻目に彼女は微笑んできた。だが、俺はその笑みに何か邪悪なものが潜んでいる気がしてならない。複雑な思いで左手を差し出し握手をした。


「かかったわね。『|契約(ギアスロール)』」

彼女の前に一枚の羊皮紙……所々にボロボロになったような傷跡、中身は所々を食い散らかされ元の半分も見えない。

『盟約において我、冠する。かの者との永劫の断わりを持ちかの者との永劫の絆を結ばん』


彼女が唱えると、羊皮紙は燃えラベンダーの香りがした。


「これであなたとは私は契約によって師弟関係を結んだことになるわ。よろしくね」

再度差し伸ばされた手は何者にも縛られない純白の色だった。


「よ、よろしくお願いします?」

出された手を握り返した。



「さて、契約も結べた事だしあなたの実家を紹介して貰える?」

「え、あ、はぁ? なんでですか?」

「私に対する返事は『はい』か『イエス』しかないわ。いいこと!」

それ、強制的にGOなんですけど。どうやら俺に拒否権はないようだ。



「はい……」

銃口という圧倒的な脅しに屈し自分は仕方なく帰路につくことにした。

家族になんて説明をしたら……。一人暮らしの自分が考えることではないのだけれどやはりそういう事を考えてしまうのは自分の悪い癖なのだろうか……?


何はともあれ俺は実家に帰ることにした。(イヤイヤだけど)


彼女は俺の三歩後ろを歩く。丸で躾のなされた大型犬のようだった。

帰路につくさい、特に特質して書くことはないが強いて言えば虫に嫌悪感を示していたことくらいだろう。そんなにも虫がダメなのかと聞けば高速で頭を上下させていた。

自分はホルダーから銃が抜かれるたび心臓が飛び跳ねるほどドキドキしていた。


俺が殺させるかもしれない……という恐怖でだ。


「というか、どうして俺の実家に行くんですか?

ここからまあまあ距離ありますけど??」

「あら、言ってなかったかしら? 私たち付き合ってるもの」


…………?

「は?」

この人は一体何を口走っているのだろうか。いや待て、付き合ってるってことはだ、彼女いない歴史年齢の俺に始めての彼女だ。いやいやかずまさ落ち着け相手は少しイラつくと銃を抜くサイコパスだそんな彼女はいらない。というか殺させかねない。もう一回死んだけど。

ここは大きく息を吸おう。心を落ち着けてから考えよう。

すぅーはぁー


…………だめだ、後ろからの視線がなんか痛いから止めよう……。これ以上考えると……うん、死んじゃう。


「あなたの実家ってここからどれくらいかかるのかしら?」

「……えぇーと、そうですね。歩きだと、ん〜三時間程度かと」

「結構遠いのね。西? 東?」

「北東ですかね」

クレアは腕を組みなにかを考えていた。携帯を取り出し何処かへ電話した。

「もしもし、私だけど。ちょっとここまで来てくれないかしら?」

(はぁ、ふさげんなよ。いま俺がどこにいると思ってるんだ!!)

「えっと、フランスでしたっけ?」

(そうだよ。合ってるよ。え、なんだっけお前の用事。遊びに来ないかだと。こちとら仕事でフランスにいるんだ。お前みたいなプー太郎……じゃなくて木偶の坊……じゃなくて、え、えーと)

「思いつかないなら罵らないことね。このブス」

(わぁーブスにブスって言われたー)


やべーなにこれ。

側から見ている俺はこの小学生みたいな会話を盗み聞きしていた。

というか声がでかいのでそこそこ聞こえる。相手方の女性の方はなんだかよくわかっているような気がする。気のせいかもしれないけれど、クレアの扱いがとても上手いような気もする。

なんというか、電話越しからも犬猿の中? みたいな微妙な空気が感じられる。

(仲悪いなー)

なんて考えていたら、クレアが電話を切りなぜか上機嫌で俺の背中を押した。

「ミリエダ、くるそうよ」

「は、はぁ……電話の人ですか?」

「あら、聞いていたの? 趣味の悪いことね……気には止めないであげるわ」

「ありがとございます……?」



彼女は肩を上げ、口元を緩めるのであった。

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