隣の席のフクロウ少女

かきな

第1話

 登校すると、教壇の前にお菓子の空箱を構えた委員長が俺を出迎えた。


 なんだろうと怪訝な顔をしながら近づいていくと、箱の中には四つ折りにされた紙のくじが沢山入っていて、彼女は俺にそれを引けと少し怯えたような顔で言ってきた。どうやら一時間目の授業が始まる前に席替えをするらしい。


 俺は何とか後ろの席にならないかと祈りながらくじを引く。今の席は一番前だから不真面目な俺にはとても居心地が悪い。せめて真ん中より後ろにしてくれないと、おちおち昼寝もできないというものだ。


 そんな意気込みで掴み取ったのは窓側から二列目の一番後の席だった。思わずガッツポーズを取る。委員長は逃げるように他の人のところへ向かう。そんなに怖がる必要もないだろうと、少し肩を落としながら俺は掴み取った新しい席へと歩いていく。


 俺の名前は烏谷。眼つきの悪さのせいでどうやらクラスの奴らは俺を怖がっているようで入学してから一年も経つのに友達の一人もいやしない。一年の頃はどうにか友達を作ろうと努力していたが、今では面倒になってせめて嫌われないようにと大人しくしている。


 机の横に鞄を引っ掛けると俺は一つ伸びをする。黒板から距離があるということが、こんなにも俺を開放的にするとはな。なんとも清々しい気分で俺は窓の外に広がる空を見ようとした。


 しかし、俺と窓の間には一列、席があるわけで俺の眼前には、青い空ではなく、半開きの目でうつらうつらと船を漕ぐ女子の姿があったのだった。


 え、なんだ、この子は。もしかして、目を開けながら寝ているのか? 確かに、窓際だから寝心地は良さそうだけど……。


『キーンコーンカーンコーン』

「おーし、お前ら席につけよ」


 始業のチャイムと共に数学の田中が入ってくる。ああ、一時間目は田中だったか。寝てると容赦なく教科書で叩き起こしてくるから、こいつの授業が一時間目か五時間目かにある日は憂鬱なんだよな。


「すー、すー」


 左から寝息が聞こえてくる。気持ちよさそうに寝てるが、このまま放っておくと田中に頭を叩かれちまうな。あいつ、女子でも容赦なく叩くからな。


 起こしてやるか。


 ……半目開いてるから起きてるかもしれんけど。


「おい、おい、起きろ」


 手を伸ばして肩を揺すってみると、半開きの瞳が俺を捉える。これ、起きたんだよな?


「……何?」


「あ、起きたのか。授業始まるぞ。田中だから寝てたら叩かれるぞ」


「そう。ありがとう、烏谷くん」


「おう」


 そうして彼女は授業の用意を机の上に並べ出す。

俺の名前、覚えてるんだな。俺は彼女の名前知らないんだけどな。自己紹介したのは一ヶ月前か。ちゃんと聞いてたら印象に残ってそうな気がするんだが、聞いてないからな。


 何とか思い出そうと上の空で授業を聞いていたら頭を叩かれたのはまた別の話。


◇   ◇   ◇


 少し痛む頭を擦りながら四時間目の終業のチャイムを聞き届け、俺は鞄からコンビニの袋を取り出した。中にはおにぎり二つと苦し紛れに健康を気遣って買った野菜ジュースが入っている。


 結局、隣に座る彼女の名前は思い出せなかった。あまり目立つようなキャラじゃないんだろうってことは、休み時間を静かに、というか寝て過ごしていたことで分かったから、まあ、記憶に残ってないのも仕方ないな。


 ふと気になって隣を盗み見ると、そこには手羽先を丸飲みする彼女の姿があった。


「うお、丸飲み⁉」


「……?」


 思わず、声に出してしまい彼女が不思議そうに小首を傾げながらこっちに顔を向けてくる。


「ああ、わりい。気にしないでくれ」


「……食べる?」


「いや、いいよ」


「そう?」


 小首を傾げたまま彼女は口に手羽先を運ぶと、咀嚼する間もなくごくりと喉を鳴らしていた。うん、やっぱり気になるな、その食べ方。


「あのさ」


「……?」


「骨とか、大丈夫なのか?」


「骨抜きにしてる」


「ああ、抜いてるのか」


「そう」


 それなら丸飲みでも問題ないのかと一瞬納得したけど、それでもやっぱり丸飲みは厳しいよな。


「食べる?」


「いや、要らない」


「そう」


 どこか残念そうな顔をしながら、彼女は骨の抜かれた手羽先を丸飲みしていくのだった。


◇   ◇   ◇


 午後の授業を終えた放課後の教室は騒々しさに包まれていた。帰り支度を終えた奴から教室を後にしていく。部活に行く奴とか、家に帰る奴とか。


 ちなみに俺は後者なのでさっさと家に帰ろうと立ち上がった。


 そんな俺の服の袖を掴み、誰かが引き止めてくる。振り返るとそこには小首を傾げながらまん丸な大きな黒目で見つめてくる彼女であった。


「えーと、なんか用か?」


「暇?」


「え? ああ、暇だけど」


「クレープ屋さん」


「は?」


「行きたい」


「行きたい?」


「一緒に」


「一緒に⁉」


 何かの冗談かと思っていたが、一向に『冗談です』という次の言葉が出てこない上にじっと見つめてくるからどうやら本気らしい。


「だめ?」


 そう言って彼女は傾げていた首を更に傾げていく。もう直角を超えるんじゃないかと思うほど角度が傾くと怖いというよりは、すげえという感想が浮かんできた。


「いいけど、俺、店知らないぞ?」


「私が知ってる」


「ああ、そう? ならいいよ」


 なんか俺も興味が湧いて来たし、乗せられてみてもいいかと思ったわけだ。


「よかった」


「んじゃ、行こうぜ」


「うん」


 そうして彼女は傾けていた首を戻していくも、結局30度くらいの角度で小首を傾げていた。


「それさ」


「……?」


「デフォでその角度なの?」


「そう」


 彼女は耳を指さす。


「こうすると、音が立体になるの」


「へー」


 首を傾けると音が立体に聞こえるのか。真似して首を傾けてみるも、なんだかよく分からない。というか、そもそも立体に聞こえてくるもんだしな、音って。


「あ、そうだ。もう一つ、聞きたかったんだよ」


「……?」


「名前、なんていうの?」


「……」


 そうして、俺は彼女、梟野(きょうの)と共に駅前のクレープ屋へと向かうのだった。


◇   ◇   ◇


 食べる場所を用意してくれていない屋台みたいなクレープ屋だったので、落とさないように注意しながら近くの公演へと移動し、二人並んでベンチに腰掛けていた。


「梟野って静かに歩くんだな」


「そう?」


「付いて来てるか不安になるくらいだったしな」


「付いて来てた」


「来てたな」


 しかも真後ろをぴったりとな。まさか視界に一切入らないように付いて来るとはな。


「それで、それなに?」


「ささみクレープ」


「甘い奴じゃないんだな。昼も手羽先食べてたけど」


「肉食だから」


「へー」


「烏谷くんのは、甘い?」


「おう。バナナクレープ。定番だな」


 クリームとバナナの二つの甘さの調和が絶妙なんだよな。そんな風に頬張っていると隣から突き刺さる視線を感じる。


「ん、なんだよ、梟野。クリームでも付いてるか?」


「付いてない」


「そうか?」


「一口」


「ん? ああ、欲しいのか」


「食べる?」


「くれるのか」


 欲しがるような素振りはしてないはずなんだが、どういうわけか梟野は俺に食べ物を分けようとしてくれるな。なんだ、何かあるのか?


「まあ、くれるならもらうけど」


「そう」


 何故か嬉しそうな顔をしながら小首を傾げている梟野が俺の口元に食べかけのささみクレープを近づけてくる。


「いや、このまま齧るわけには行かないだろ」


「そう?」


「だって、なあ。その、お前が齧った所もあるわけだし」


「……?」


 梟野は意味が分からないようで首を傾げていく。


「だからさ。間接キスに、なるだろ?」


「あっ!」


 ようやく気付いた梟野が次第に頬を紅潮させていく。


「なんでそんなに俺に食べ物を分けようとするんだ?」


「お友達に成りたかったの」


「友達?」


「食べ物を分け合えば、友達だって……本に」


 なんて偏った定義の仕方をしてる本なんだよ。


「友達って、なんで俺なんだ?」


「去年、野外活動で行った花鳥園で」


「花鳥園?」


 そう言えば、一年の頃に学校の行事で行ったかもしれない。入学して間もなかったから一緒に回る奴もいなくて、まあ、今もいないんだけど、暇を持て余してた覚えがあるな。


「ずっとフクロウを見てたから。好きなのかなって」


「ああ」


 なんかそんなこともあったかもしれない。フクロウっていうのは群れを嫌い、一人でじっとしていることが多いなんて説明があって、それを見てなんか親近感を覚えたんだよな。


「それで、私も好きだから、友達になれるかなって」


「一年も前だぞ?」


「クラス、違うかったから」


「ああ、そうだっけ?」


 そうだったかもしれない。去年はまだ友達を作ろうと頑張ってた頃だったから、クラスメイトは大体覚えてるけど、こんな個性の塊はいなかったはずだ。


「今朝、初めて話しかけてくれて、嬉しくて」


「そっか」


 一年も俺のことを覚えててくれてたわけだ。


「ごめんなさい」


「何がだよ」


「急に距離を詰めようとして」


「別に、謝ることでもないだろ」


 この距離の詰め方、なんか既視感があると思ったら去年の焦っていた俺と似ているんだな。どうにか友達になろうと放課後遊びに誘うんだけど、みんな警戒して乗ってくれなかったんだ。ようやく一人遊びに連れ出せても距離感を誤って余計怖がらせたりな。


「俺も嬉しいよ。誘ってくれてさ」


 そう言って、俺は梟野が手に持っていたささみクレープを一口齧る。


「あっ」


 梟野が驚いた顔で俺を見つめてくる。その視線に気恥ずかしさを感じて顔が熱くなってくるが、夕焼けに染まり始めた町で、俺の頬の赤さは誤魔化せてるだろう。


「ほら、これで友達だろ?」


「うん」


 梟野は嬉しそうに笑みを浮かべる。その頬が紅くなっているのも、多分夕焼けのせいなんだろう。


 こうして、俺が一年も苦戦していた友達作りはあっさりと達成したのだった。いくら頑張って近寄ってみても、眼つきが悪いという第一印象だけで敬遠されていた俺の切り札は、偶然親近感を抱いたフクロウだったというわけだ。


「ちなみにさ、夜も半開きで寝るの?」


「あれは、お昼だけ。脳の半分を寝かせてるの」


「へー」


 マジでフクロウみたいだな。

 

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