【KAC1】眠らない子どもたち

霧乃

眠らない子どもたち

 沈んでいく夕日を背後に、黒髪の、大人しそうな少年が森の中の街道を走っていた。

顔のサイズに合わない、大きな丸眼鏡がその印象に拍車をかけている。


「この先に町があるはず…日が暮れる前に着かないと…! 今夜は月が出ないから真っ暗になる」


 旅用の大きなトランクを背負いなおし、少年は足を早めた。

 木々がざわめき、カラスがカーカーと鳴いている。その鳴き声に空を仰ぎ見るが、姿は見えない。その声に追い立てられるように、少年は再び走り出した。



「随分若いが、旅のもんかい?

…名前はジョシュア…か。歳は十六ねぇ。セントラルからわざわざこんな街に?」


 街の門番が少年…ジョシュアから渡された書類と本人を見比べる。


「はい。ちょっと向こうの町まで人を訪ねる予定なんです。それでここに立ち寄って…」


 再びトランクを背負いなおしながら、ジョシュアは今までの道のりを語る。


「随分大きなトランクだな」

「あっはい。旅のものとか…仕事道具とかいろいろ詰め込んでるので」


 ふーん?と、怪しそうにジョシュアを見ていた壮年の門番も、なにもないと判断して最後にはまあいいやと書類を突き返した。


「さっさと行きな。

…しかし今街の中がなぁ、泊まれるかどうか…」

「なにかあったんですか?」

「あったといえばあったんだが…仕方ないな、外じゃ野犬や魔物が出るしとりあえず中に入りな。別に危ない事が起きてるわけじゃないから、なんとかなるだろ」

「…? ありがとうございます!」


 そうして通された街は、煉瓦造りの街並みも美しい、綺麗な街だった。

門から続く大通りでは街灯がキラキラと輝き、まるで昼間のように人通りも多く賑わっている。

…少し過剰にも見えるほどに。


「…祭りか、なにかなのかな…?」


小首を傾げて辺りを見回していると、すぐ横を幼い子どもが駆け抜けていった。


「へへっぼーっとしてんな! じゃまだよー!」

「こらっ謝りなさいっごめんなさいね、そこのあなた!」


 身軽に駆けていく子どもを、親が慌てて追いかけていく。それだけ見れば、ただの親子の微笑ましいやりとり、のように見えたのだが、何かがおかしい。

 ジョシュアは顔を上げて辺りを見回す。


「こらっもう子どもは寝る時間だよ!」

「やーだー眠くないもん!」

「さっさと家に入りなさいっ」

「まだ遊ぶ! 母さんには捕まらないよ!」

「オラっ捕まえた! 夜なんだから家に帰るぞ!」

「ヤダヤダ父さん!まだ帰らないー!」


 元気な幼い子どもたちが通りを走り回り、その親たちが連れ戻すように追いかける。

 そんな光景がそこらじゅうで繰り広げられているのだ。


「いったいなにがどうなってるんだ…?」


 異様な光景に、ジョシュアは思わず呆然と立ちすくんだ。

 宿屋の場所を聞こうにも、辺りはどこもそんな調子で騒がしく、疲れ切った大人たちは子どもたちを抑えるのに必死のようだった。


「どうしよう…門に戻ろうかな…」

「おやあんた、まさか旅のもんかい?」


 不意に現れた老婆が、ジョシュアに声をかける。ようやく話せる人が現れて、ジョシュアは天の助けと言わんばかりに老婆にすがりついた。


「いったいこの街はどうなってるんですか!?」

「いやねぇ、なんだか分からないんだが、町中の子ども達が昼も夜も関係なく遊びまわるようになっちまってね、この有様なんだよ」


 老婆もわけがわからないといった風に、少し疲れた顔で語り始める。

 それは数日前からだということ。子どもたちがなにをしても押さえつけても元気が有り余ったように遊び続けてること。

 …まるで夜を忘れてしまったようだ…と老婆は呟く。


「…夜を忘れた…?」

「おかげで大人たちはみんな疲れ切ってしまって…なにか悪い魔法でもかけられたのかねぇ…」


 ジョシュアは顎に手を当て、少し考え込む。カーカーとカラスの声が脳裏に思い浮かぶ。


「あの! お婆さん、僕がなんとか出来るかもしれません!」

「なんだって?」


 ジョシュアはおもむろに背中に背負っていた大きなトランクを石畳におろし、手をかけた。


「なんだい…?」

「いいから見ててくださいっ」


 ガチャリと鍵を開け、少し開けたトランクに、ジョシュアは何かを語りかけた。

 するときらっと何かが光ったかと思うと、大きな翼を広げて、何者かが飛び出してきた。


 明らかにトランクよりも大きなそれに、老婆は驚いて石畳にお尻をついて座り込んでしまう。


「な、なんだいその大きなフクロウは!」


 ぎょろりと金色の瞳で辺りを見回し、ジョシュアの背丈以上にありそうな翼を広げて一飛びしたかと思うと、優雅に彼の腕に舞い降りた。


「さあお願い、子どもたちに夜を教えてあげて!」


 そう言って天に差し出された腕から、フクロウは少し考えるように辺りを見回して優雅に飛び出した。

 大通りで騒いでいた人々は、子どもも大人もその存在に気付き歓声をあげる。


「えっなになに! なんなのあの鳥!」

「なんだ、街に、フクロウ…?」

「ヤダ、何か起こるの?」


 フクロウは旋回し、不意に煙突の上に留まり、その瞳で子供達を捉えた。

 街の灯りも届かず、月のない夜闇に浮かぶその金色の瞳はまるで満月と星のようで、子どもたちはその姿をじっと見入っていた。


「行きますよ…さん、に…いち!」


 ぱん、とジョシュアが手を叩くと、子どもたちが次々と倒れていく。

 大人が慌てて子どもを抱き上げると、子どもたちはすやすやとみんな幸せそうに眠っているのだった。


「これは…!」

「みんな夜を思い出したんですよ。 見守ってくれる満月と星を見てね」

「ああ…本当によかった…」


 ばさりと再びフクロウが舞い降り、ジョシュアの肩に留まる。

 満月の瞳を長い睫毛て覆い隠し、彼にすり寄った。


「くすぐったいな、働いてくれてありがとう」


「そのフクロウ、一体何者なんだい…?」


起き上がった老婆が訝しげに鳥と少年を見比べる。ジョシュアはえへへ、と照れ隠しのように少し笑う。


「この子は時を司る、夜の精霊なんです。僕はセントラルの精霊使いで、こんな不可思議な事件を追ってるんです…なんて、信じられないですかね?」


フクロウを撫でながら、ジョシュアは老婆の顔を伺う。老婆は一息つくと、真っ直ぐに少年を見つめ返した。


「とりあえず宿を探すんだろ、あんたうちに泊まんな。うちは宿屋だから…ついでにあんたの旅の話、聞かせとくれよ」

「…はい!ありがとうございます!」


 トランクを抱え直し、少年は意気揚々と歩き出した老婆の姿を追いかける。


 満月の瞳のフクロウは、寝入った子どもたちから落ちたカラスの濡羽を、よく回る首でただ見つめるばかりだった。

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