うちのうちの母さんは心配性

風見☆渚

心配性の母からもらった引っ越しの手荷物

僕は、この春から東京で大学生なります。

大学生になると同時に一人暮らしを始めようと思っていた僕は、合格を確認したその日に不動産を回って見させてもらった結果、両親の負担にならないよう家賃くらいは自分で払おうと思って家賃の安い物件を選びました。しかも、丁度大学からも近くて住み心地の良い物件があって本当に良かった。思い立ったら吉日という母の教えもあり、その日にすぐ契約をさせてもらい、今日は待ちに待った引っ越しの日となりました。

ただ、一つ気になることがあります。それは、僕の母さんはとっても心配性なんです。僕には姉さんが一人いて、一昨年姉さんが引っ越す時も一騒ぎあって姉さんはあきれ顔で家を出て一人暮らしを始めました。僕の引っ越しもどうなるのか少し心配です。

「かずくん、忘れ物はない?」

「大丈夫だよ母さん。引っ越し業者の人が全部持っていってくれるから。もし何かあっても送ってくれればいいよ。それに、休みの時は帰ってくるから心配しないで。」

僕の手を握る母さんの目には、うっすら涙が溜まっています。永遠の別れって訳じゃないのに大げさな母さんだな。でも、僕を心配してくれる優しい母さんと会えなくなるのは少し寂しいかな。

「じゃぁ、行ってきます。」

「行ってらっしゃい。ちゃんとご飯食べるのよ。」

「分かってるよ。じゃぁ、夏休みには帰って来るから。」

そう言って僕は立ち去ろうとしたけど、母さんは僕の手を離しません。

「そうだかずくん、コレ持っていって。」

そう言って手渡されたのは、中身が推定10kgくらいはありそうな麻の袋です。

「これ、なに?」

「これは、ありがたいって佐藤さんのおじいちゃんがくれた水晶の塊と、漁師やってる親戚の近藤さんが送ってくれた岩塩の塊よ。」

「・・・なんで?」

「なんでってかずくん!水晶と塩は厄除けの必需品でしょ?新しいお家でお化けとかいろいろ出てこないようにと、かずくんがなんかよくわからないモノに取り憑かれたりしないようによ。」

「いや・・・母さん、これ色々な意味で重すぎて荷物としてどうかと思うよ。」

この重さの物を持って新幹線はさすがにつらい。というか、どう考えても今持たされてもどうしようもないし、そもそもいらない。

「じゃぁ、今度宅配便で送るわね。」

「いや、母さんが倒れたりしいないように家に置いといてくれたほうが僕は安心かな。」

「まぁかずくん、優しいのね。昔から優しい子だったけど、こんな時まで母さんの心配なんて・・・母さんうれしいわ。じゃぁ、今回はうちの玄関に飾っておくわね。」

「うん、そうして。」

なんとか諦めてくれて良かった。そもそも、家に飾るのか。まぁいいか、気を取り直して僕は母さんと別れの挨拶をすることにしました。

「じゃぁ、行ってくるね。」

「うん・・・かずくん体に気を付けてね。」

そういった母さんの手は、まだ僕の手を離しません。

「母さん、僕行くからね。」

「じゃぁ、かずくん。コレ持って行って。」

そう言って母さんから手渡されたのは、スーパーの大きな袋でした。

「これは何?」

「これ?塩と醤油、あと味噌に決まってるじゃない。引っ越す時は新しい塩と醤油、あと味噌を持っていくと良いんですって!先週のお昼のテレビでやってたの。だから持っていって。」

あ~・・・これは現地調達で済むやつだ。しかも、近所のスーパーというか、何処にでも売ってる普通の食材かぁ。

「母さん、分かったけど気持ちだけ受け取っておくよ。」

「なんで?」

「だって、やっぱり重たい荷物は大変になるし、引っ越し先のアパートから歩いて5分に大きなスーパーもあるから。着いたらすぐに買いに行ってくるよ。だから、これは母さんが使って。しっかり食べて、母さんがいつまでも健康でいてくれた方が僕も安心だから。」

「まぁかずくん、優しいのね。昔から優しい子だったけど、こんな時まで母さんの心配なんて・・・母さんうれしいわ。じゃぁ、これは父さんと一緒に食べるようにするわね。」

なんとか納得してくれたけど、これはさすがに今のタイミングだと大変になりそうだし。このままだと出るタイミングを逃しそうだ。

「じゃぁ、今度こそ行くね。」

「うん・・・かずくん体に気を付けてね。ご飯御ちゃんと食べてね。」

そういった母さんの手は、まだ僕の手を離しません。まだ何か出てくるのかと感づいた僕の不安は的中しました。

「母さん?どうしたの?」

「じゃぁ、かずくん。コレ持っていって。」

そう言って母さんは、大きな紙袋を僕に手渡しました。紙袋を持った瞬間、僕は予想以上の重さが手に乗ってきたコトに驚きました。

「・・・母さん、コレは何?」

「これ?これはうどんとそばに決まってるじゃない。うどんを引っ越し先のトイレで食べると、縁起が良いそうよ。一昨日のテレビでやってたの。」

「それってさっきのと同じ番組?」

「そうなの母さん最近あのお昼にやってる情報番組にはまってて、丁度2週連続で引っ越し特集だったからかずくんのためにと思って録画までしちゃった。」

いやいや、うどんをトイレでって、さすがに新居で先にやるコトかどうか迷う内容だと思うけど、母さんの心配はどこまで本気なんだろう。

「あと、引っ越しそばを12人分入ってるから、新しいお家に着いたら食べて。」

「なんで12人分も入ってるの?」

「だって、アパートの隣ご近所って言ったら、上下右左右上左上右下左下右2件隣左2件隣はもちろん大家さんにも渡しておいた方が安心でしょ。都会はお付き合いが少ないし、事件に巻き込まれても大変だから隣近所のお付き合いは大事じゃない。あとかずくんの分もしっかり入ってるから安心して。」

そうくるか。それにしても引っ越しそば配る範囲広すぎないかな母さん。僕のことを心配してくれるのはありがたいんだけど、もう少し引っ越し間際に渡す物考えたりしなかったのかな。

「でも母さん、これも少し重たいかな。母さんと父さんで食べてよ。おそばって健康に良いんでしょ。だったら長生きしてもらうためにも母さんと父さんに食べて欲しいな。」

「あらそう?でも二人で食べるには多いから、今度送るわね。」

「ありがとう。そうしてもらえると助かるよ。」

「ついでに、さっきの塩と醤油、味噌も一緒に送っておくわね。」

「あ、う、うん。ありがとう。助かるよ。」

心なしか、後ろで母さんを眺めている父さんの表情が困惑しているようにも見えてくる。そして、まだ僕の手を離そうとしない母さんの心配顔を横目に、改めて僕は電車に向かって歩きだそうとしました。

「じゃぁ、今度こそ行くね。」

「うん・・・かずくん気を付けてね。引っ越し先では、一番最初にガスの火を確かめるのよ。火事除けになるんですって。あと引っ越し先で一番最初に食べるモノから入れて、次に洋服を家の中に入れるそうよ。食べるモノと着る物に困らないようにって願掛けなんですって。あとさすがに手で持っていくのは大変と思って、万年青っていう草をさっき引っ越し屋さんに渡しておいたからどこかに飾ってね。長寿の願いが込められているんですって。それからそれから・・・」

「わかったよ母さん。ありがとう。僕のこと心配してくれるのはありがたいけど、電車の時間があるからそろそろ行くね。」

そう言って母さんに背を向けようとしたけど、何故かまだ母さんは僕の手を離しません。

「母さん?まだ何かあるの?」

「そうなの。実はね、さっき言った万年青って植物って本物じゃなくても良いんですって。だからお皿と掛け軸が駅前にあるデパートのセール品にあったから・・・」

「母さん、ごめんね。さすがに重すぎるよ。掛け軸も飾るとこないと思うし。」

「そうよね。重たい物持たせたらかずくん大変だものね。やめとくわ。あとでコレも送るから使ってね。」

結局送るんだ・・・引っ越し後の荷物が多そうだな。部屋そんなに広くないけど大丈夫かな。ふと時計を見ると、予想以上に時間が過ぎていたコトに僕は驚いた。

「じゃぁ母さん、僕本当に行くからね。」

「わかったわ。かずくん。元気でね。」

そういった母さんの手がまだ離れないコトに、さすがの僕もモヤモヤした気持ちになってしまいました。

「母さん?まだ何かあるの?」

「たいした物じゃないんだけど、これだけは持って行って。」

そう言って母さんから手渡されたのは、小さな紙袋でした。

「これは?」

「後で見てね。電車の時間でしょ。かずくん体には気を付けてね。」

そう言った母さんの手がやっと、時間を気にしながら急いで僕は駅のホームに向かいました。丁度乗る予定の電車が出発ギリギリのタイミングで、あと30秒遅かったらこの電車に乗れなかったかもと思うと、母さんの心配性にも困ったものです。

電車で座る場所を見つけ、一息ついた僕は最後に母さんから渡された小さな紙袋が気になりました。早速開けてみると、中には小さなフクロウのキーホルダーと小さな手紙が一緒に入っていました。

“かずくん。大きく育って母さんはとってもうれしいわ。かずくんがいなくなのは寂しいけど、母さん達のことは心配しないで東京で友達沢山つくってね。それから、フクロウは不苦労って意味があるんですって。テレビでやってたの。かずくんの苦労が少しでも減ってくれたら母さんうれしいわ。体に気を付けてください。母さんより”

母さんの手紙を読みながら、僕は一昨年引っ越ししていった姉さんが言ってた言葉を思い出していました。

「かず。引っ越しする時は気を付けて。母さんの切り札には本当にびっくりするから。」

この事だったんだ。確かに、母さんの切り札は驚くほど卑怯だ。

僕は目から流れそうな涙をぐっとこらえながら、新しい生活に向けて一つの大きな決意を抱き東京へ向かいます。

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