第四話: マリー『一番酷かった寝相はこちらに尻穴を見せつけるような体勢で――』






 今更ながらではあるが、『ラステーラ』の説明をする。



 その名は、マリーたちが一時的に身を寄せることにした町である。そして、マリーたちが駆け出しの狩猟者として登録を行った町の名前でもある。


 実は『カステーラ』と間違って覚えていたことにマリーたちが気づいたのは、初めての討伐を終えたその日の夜のことだったりする。(カステーラとは、『東京』にて販売されている菓子の一種である)


 町の中央には、かつてラステーラ周辺を火の海に変えたという言い伝えがある『災害竜』を打ち滅ぼした『鬼人』と『聖女』の石像が飾られており、住人達の憩いの場として利用されている。


 立ち並ぶ家々は木々から作ったものや、レンガを組み合わせたものが多い。町のすぐ南には広い森林が広がっていて、時折迷い込んでくる動物なんかが罠に掛かっている。各家には鶏などの家畜が飼われており、卵が意外と安価で取引されている……ラステーラとは、そんなどこにでもある町であった。


 けれども、大通りの市場へ行けば、狩猟者が討伐した獲物を売買する為に来た商人や、『東京』からやってきた多種多様の人達で毎日のようにごった返している。


 穏やかな面と慌ただしくも騒がしい面の二つを持つラステーラは、観光として訪れても楽しい、なんとも賑やかな町でもあった。


 そんな町にて居を構えている住人たちの間で、今。朝から晩まで話題に上っているホットな話がある。老若男女の隔たり無く、至る所で話題に上っているのは……それは他でもない、マリーたちの事であった。



 ――登録初日の駆け出し狩猟者が、半日で銀貨8枚を稼いだ。



 商人が毎日のように訪れるだけあって、普段からお喋りのネタには事欠かない住人たちであったが、それを耳にした人は誰もが最初は信じなかった。


 しかし、それが事実であることが周知され理解されるようになると、住人達の話題の大半はマリーたちのことで持ち切りになった。


 ……そうなるのも、無理はない。


 なにせ、マリーたちはよほどの偏屈趣味でなければ、文句なしの美少女たち(もう、マリーは訂正するのを諦めた)と断言される容姿である。


 なので、むさ苦しい狩猟者たちの起こす碌でもない事件が話題に上ることが多い中、マリーたちの活躍は一種の清涼剤となるのも当然であった。


 少々若すぎるが、全員が心から将来を有望出来る美貌を持っており、かつ、半日で大金を稼ぐことが出来る腕前を持つ。


 他の駆け出しと違って揉め事を起こすわけでもなく、傍若無人の振る舞いをするわけでもなく、常識的な振る舞いをする。


 ラステーラの中でもそれなりに値段が張る『りゅらん亭』の1等室に寝泊まりし、従業員や住人にも紳士的に応対してくれるとあって、マリーたちの存在は瞬く間に住人同士のネットワークを伝わって行った。


 それはつまりどういうことなのかといえば、だ。


 マリーたちはラステーラに来てから、わずか数日を過ごしただけで、ちょっとした有名人になってしまった……ということであった。


 しかし、そのことについてマリーたちが何かを思うようなことはなく。勝手気ままに狩猟者としての日々を送っていて、そのままあっさりCランクへと昇格を果たしたのは、登録をしてからわずか15日後のことであった。


 マリーたちからすれば『ああ、もうCランクか』という話だったのだが、役所やギルド側からすれば、かつてないレベルの珍事であり、右に左にと歓声が響く喜ばしい出来事であった。



 ……それも、致し方が無い事であった。



 なにせ、狩猟者のCより上のランクは、およそ全体の2割程で、残りの8割がD以下なのが現状だ。そのD以下も大半が余所者であり、元々は地方の農村や小さな町出身の、食うに困って来た者ばかりなのだ。


 つまり、Dクラス以下の大半は、地元で仕事に就けなくて溢れてしまった人達なのである。もちろん例外は居るのだが、様々な事情から教育を受けていない人も多く、どうしてもその割合は多かった。


 かといって、残りの二割であるCクラス以上が、Dクラス以下より全てにおいて優れているのかといえば、必ずしもそうではない。



 特に酷いのが、Cランクで留まっている狩猟者だ。



 Cより上に行ける次点で相応の実力を持ってはいる。だが、その段階で受けられる補助制度を利用する為に、Cランクに上がった途端に制度に寄生することだけを考える者が多いのだ。


 例えば、ギルドから来る割の良い仕事だ。本来、それはDクラス以下への救済処置として下ろされているものなのだが、それを横取りして生計を立てる者も、けして少なくはないのだ。


 当然、Cクラスでソレが起これば……まだまだ安定した生活とは程遠いDクラス以下が、もっと酷い状態になってしまうのは、ある意味では必然だろう。


 中にはマージィのように、もう齢が齢なので仕方がない例もあるにはある。だが、邪な者も多い。必要な存在ではあるが、それでもなお、住人からは半ば煙たがれるような者も多かったのであった。


 だからこそ、マリーたちのような存在は役所としても、住人たちの立場からしても、非常に有り難い存在なのであった。


 何せ、一日一回はDクラス、Cクラスの得物を数匹狩猟してきては換金していき、時間があればギルドにて溜まっていた割の合わない依頼を積極的にこなしてくれるのだ。

 そんなの、感謝して当然だし、特別扱いされて当然である。


 それほどの日数は経っていないが、文字通り、マリーたちはラステーラに姿を見せた奇特な若者。当人たちは全く気にも留めていなかったが、そんなのは街の人達には関係ない。


 役所に行けば所員の誰かがすぐさま対応にやってきて、ギルドに行けば職員が揃って頭を下げてきて、街中を歩けば住人達から気さくに声を掛けられる。


 そんな……ラステーラのアイドル的存在になるのに、そう時間は掛からなかった。









 ……ゆらりと、世界が揺れた……ような気がした。


 時刻は、まだ日が昇ってそれほどでもない早朝。その違和感に最初に気づいたのは、奇しくもメンバーの中で一番貧弱であるマリーであった。


 身体が、重い。けれども、温かい。温かい何かが、全身を包み込んでいる感触を知覚して……マリーの意識は静かに浮上した。



「……?」



 寝ぼけ眼をゆっくりと開いたマリーは、霞む天井を見つめながら何度か瞬きをした。


 カーテンの隙間から差し込んでくる日差しを横目にして、(ああ、朝か……)今の時刻におおよその検討を付ける。マリーは、ほとんど無意識に大きく息を吸い込んだ。


 直後、鼻腔を通ったいつもと違う何とも言えない臭いに、マリーは息を止めた。と、同時に、マリーは鼻を塞ぐようにして、温かい何かが身体に乗っかっていることに気づく。


 軽く身じろぎしてみるが、まったく動けない。それでいて、柔らかくて白い何かが左右の景色を遮っている。鼻を覆っている肌触りのいい感触に、マリーは静かに視線を下げた。



「……?」



 そこには、グレー色の布……らしきものがあった。


 視界の半分を埋め尽くすV字に伸びたグレーの布……そこから伸びる二本の白い何かに、マリーは目を瞬かせて……その布の正体が、パンツであることに思い至った。


 思い至った瞬間、ため息が出そうになって、慌てて止める。直後、鼻腔を埋め尽くした生々しい臭いに、マリーは朝からげんなりとテンションを下げた。


 鼻から下を押さえているのは、パンツで覆われた女の股間だ。口元をピッタリと押さえつける滑らかな感触と、真っ白な太ももの色から考えれば……上に乗っているのは、おのずとイシュタリアであることが分かった。



(おい、またかよこの糞ババア。相変わらずどういう寝相してやがるんだよ)



 イシュタリアの寝相には凄まじいものがある……ということをマリーが知ったのは、彼女がラビアン・ローズに来てすぐのことだ。


 一緒の布団で寝た朝は、たいてい今と似たような状態に陥っており、一度は生まれたままの姿でブリッジを維持したまま寝息を立てていたことすらあった。


 ……そう考えれば、まだ今の状態はマシなのかもしれない。思わず、マリーは内心にてため息を吐いた。


 何故なら、ただ乗られているだけだからだ。前みたいに、顔面にオシッコを掛けられるよりはまだ……そう思った辺りで、マリーはさっさと気持ちを切り替えることにした。



(……下手に起こすと寝ぼけて顔を蹴られるかもわからんし、かといって無理やりやったら寝ぼけて抱き着いて来るかも分からんし……はあ、朝から……)



 太ももよりも少し上あたりに、断続的な熱気を感じる。規則的でありながら、ほとんど乱れの無い感じから予測するに、しっかり眠っているのだろう。


 寝相の結果か、あるいは悪戯の結果か。マリーには分からなかったが、どちらにしても面倒な事態であることには変わりない。


 真上から見れば、ちょうど互いが逆さになった状態だろうか。両腕が動かせるので、苛立ちを込めて半ば無理やりグレー色で覆われた尻房を叩いてやる。



 ――ぱちん。



 思いのほか肉付きの良い感触が伝わってきた。だが、イシュタリアの眠りにはビクとも響かなかったようで、変わらず微かな寝息が聞こえていた。


 ……カチン、と頭に苛立ちのゴングが鳴ったのが、マリーは悟った。



「――ふん!」



 魔力コントロールによる、身体能力強化。それによってマリーは、一息でイシュタリアの下半身ごと、腹筋の力で起き上がった。


 ふわり、と臭いと温もりが遠ざかっていくと同時に、イシュタリアの身体がぐるりと回転して……ベッドから、真っ逆さまに落ちた。



「ふぎゃ!」



 下品な悲鳴と共に、ベッドの縁から辛うじて覗いていた下半身が、ずるずるとベッド下へと下がって行った。「な、なんなのじゃあ……」イシュタリアの呻き声が聞こえてきたが、マリーは気にせずその場で大きく伸びをした。


 ベッドの端で、だらりと腕をベッド下へ垂らして寝息を立てているナタリアの頭が見える。苦笑してグルリとベッド上を見回せば、サララの姿が見当たらない。



(サララのやつは……鍛錬にでも行ったのかな?)



 やれやれ、サララからの反応がないわけだ。そう、納得してベッドから降りると……ぐらりと、体勢が崩れた。思わず、たたらを踏んでベッドへと逆戻りする。



「おっ?」



 ぼふん、と自らの身体がベッドのスプリングによって跳ねると同時に、背後の方で「ふがっ」とナタリアの悲鳴が聞こえた。多分、振動でベッドから落ちたのかもしれない……まあ、大丈夫だろう。


 カタカタカタ、とテーブルに置かれたナックル・サックが跳ねる。まるで宿全体が揺らされているような感覚……それは、大地が揺れているのが原因だとマリーが思い至った途端、揺れは嘘のように治まっていた。



「お、お、おお……止まった?」



 ポカン、と口を半開きにして、マリーは呆けた。朝の静けさが、室内に戻っている。状況が呑み込めず、呆然とするしかないマリーの後ろで、床に蹲っていたナタリアが顔を覗かせた。



「マリー……大丈夫だった?」



 その声に、マリーは振り返る。ナタリアは大きな欠伸を手で隠しながら、キョロキョロと室内を見回した。



「……みんなは?」

「イシュタリアならそこで寝ているよ。サララは、多分早朝の鍛錬だろ」

「そう……」



 それだけを聞くと満足したのか、ナタリアは再び大きな欠伸を零す。次いで、もたれ掛る様にベッドの縁に頭を預けると、再び寝息を立て始めた……器用なやつだ。


 イシュタリアの寝相も大概だが、こいつも大概なやつだ。


 どうせなら、互いに絡み合って大人しくしてくれれば良いのに……マリーは疲れたようにため息を吐くと、ナタリアをベッドへと引っ張る。非力なマリーの力では少しばかり重いが、なんとかいけそうだ。



(さっきは仕方ないにしても、さすがにこんなので魔力を使っていたらキリがねえよなあ……)



 何気なく視線をやれば、シャツがめくれ上がり、乳首まで露わにしていてもまだ眠り続けているイシュタリアの姿が目に止まる。


 ……脳天に蹴りを食らわせてみたくなる欲求に耐えて、ナタリアをベッドの上へと完全に引っ張り上げた……ようやく、一息ついた。


 途端、ドタドタと足音が近づいてくるのが聞こえてきた……その足音がマリーたちの部屋の前で止まり、『早朝に失礼いたします』と、ドアをトントンとノックされた。声から判断するに、『宿屋の主人の奥さんである静子』だろう。



(やれやれ……多分、今しがたの揺れのことかねえ?)



 おそらく、そうだろう。御苦労な事だと、マリーは思った。


 普通だったら、いちいち客の安否を尋ねに来たりはしない。だが、マリーたちが泊まっているのは、『りゅらん亭』だ。その中でも、一等室に当たるVIPな部屋だ。


 宿屋からすれば、部屋を汚すわけでもなく横暴な振る舞いをするわけでもないマリーたちは上客だろう。そのうえ、気前よく即金で料金を支払ってくれるとなれば、顔を見せに来てもおかしくはない。


 ……というか、一方的に気に入られている面もあるので、もしかしたら上客じゃなくても顔を見に来たのかもしれない。まあ、それはマリーたちの知る所ではなかった。


 カリカリと寝癖だらけの頭を掻きながらマリーはドアを少し開いた……顔を覗かせたのは、やはり静子であった。黒い長髪を後ろに纏めた静子は、マリーの姿を見て、安堵のため息を吐いた。



「今の揺れのことか?」


 ――はい、お怪我はありませんか?



 静子は、名前の通りに物静かな女性であり、その声も穏やかであった。何事も無かったかと尋ねられたので、マリーは素直に何も無かったと答えると、静子は安心したように微笑んだ。










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