第二話: 果たしてアレは少女なのだろうか?

 





「……こうなったら仕方がねえ。お前らだけで動けるようになるまで、引率してやるよ」



 しばらく頭を抱えていたマージィであったが、ようやく気持ちの整理がついたのだろう。


 マリーたち全員の登録が終わるまで待っていたマージィは、全員を引き連れて、近くの喫茶店に移動した。


 そして、全員の頼んだ物が運ばれてきてから、マージィは話を切り出した。



「とりあえずは自己紹介だ。俺の名はマージィ。いちおうはベテランの狩猟者だが、ギルドランクはCクラスの半ばぐらいといったところだ」



 そうマージィが言うと、マリーたちは順次、己の名前を告げる。同時に、マリーが男であるという事実にマージィは驚きに目を見開いたが、「まあ、そういうやつもいるわな」その言葉であっさり終わった。



「お前さんたちが探究者であることは、もう疑わねえ。俺の眼光に耐えられたからな……だが、探究者ランクと、ギルドランクは別物であることを、まずお前らに教えておかなければならねえ」

「……ギルドランク?」

「おう、そうだ。狩猟者である以上、このギルドランクっていうのは非常に重要になってくるんだが……嬢ちゃん、まずはシロップだらけの口元をどうにかしろ」



 ほんのりと甘い臭いを立ち昇らせているパンケーキにかぶりついていたナタリアは、マージィの注意に、素直に口元を拭う。(大丈夫か、本当に……)と、不安を隠せないマージィは、チラリと視線を隣に座っているマリーへ向けた。



「お前も、もう具合はいいのか?」



 テーブルに頬杖を付いて、先ほどよりもいくらか顔色が良くなったマリーは、フッと水滴の浮かんだグラスをテーブルに置いた。



「とりあえず、何か飲めるぐらいには気分は良くなったぜ」

「そいつは良かった。ところで、お嬢ちゃん……可愛い顔しているんだから、もう少し言葉づかいをお淑やかにできねえか? それじゃあ、宝の持ち腐れだぞ」

「宝も何も、俺は男だ」

「……それもそうだったな。それじゃあ、お前は坊主だ」



 いや、それも何か違うような気がするんだが。


 その言葉を、マリーは飲み込んだ。余計なこと言って話を脱線させても仕方がないと思ったうえでの判断であったが……。



「坊主じゃない。ブラッディ・マリー。マージィさん……マリーのことは、坊主では無くマリーか、ブラッディ・マリーと呼んでください」



 マリーのことに関しては一切の空気を読まないサララが、ものの見事に脱線させた。


 ……こいつは何を言ってくれるのだろうか。


 場所が場所でなければ、サララ相手でも拳骨が飛んでいたところであったが、「ブラッディ・マリー?」マージィは首を傾げた後……あっ、と目を見開いた。



「ブラッディ・マリーって、ちょっと前に話題になった血染めの狂戦士のことか!?」

「――っ、ぶほっ!?」

「うぉわ! こ、こら、噴くなら隣を向いて噴かぬか!」



 ぶふう、とマリーは口に含んでいたジュースを噴いた。げほ、げほ、と咳き込む姿を見て、席から降りたイシュタリアがマリーの背中を摩る。サララはチラリとマリーを見やった後、マージィへと視線を戻した。



「知っているの?」

「知っているも何も、けっこう有名だぞ。西から東、北から南、敵と見定めた者には例外無く死を与え、返り血で常に全身を赤く染めている狂った女だと、俺は教えて貰ったぞ」

「ふむ、口伝というのは実に面白いのう……当たらずとも遠からずじゃな」

「うぇほ、えほ、掠りともしてねえだろ!」



 イシュタリアに背中を摩られて咳き込みながらも、マリーは怒鳴った。


 チラリと、カウンターでグラスを磨いていた店主が、マリーたちへ視線を向けたのだが、口に出して注意をしようとはしなかった。だって、店の中に居る客はマリーたちしかいないから。



「ま、まあ、噂が身を助けることはけっこうあるらしいぞ」



 なんとなく事情を察したマージィは言葉を濁した。次いで、話を仕切り直すように自分が頼んだコーヒー一口啜ると、わざと音を立ててカップに置いた。



「お前らが本当に探究者だとしたら、わざわざ狩猟者登録をした理由も納得出来たよ。それで、お前ら狩猟者になるのは初めて……だろうが、ギルドを利用したことはあるか?」



 マリーたちは、首を横に振った。イシュタリアまで首を横に振ったことに、マリーが驚くと、帰ってきた答えは「あのような馴れ合いは嫌いなのじゃ」それであった。


 ……なるほど、とマリーは納得した。


 この体になる前は、マリーもそういった馴れ合いを嫌って一人で頑張っていた。だからこそ気持ちが分かるから、イシュタリアの意見には深く同意した。



「……ギルドを利用していないと、何かあるのかしら?」

「いや、利用したことがあるんなら、説明の手間が省けるかなって思っただけだ……だから、お嬢ちゃん。美味いのは分かったから、もうちょっと落ち着いて食え、な?」



 二度目となる注意に、ナタリアは素直に口元を拭うと、ジュースの入ったコップに口づける。食欲旺盛なナタリアを見て、マージィは深々とため息を吐いた。





 ――ギルドとは、俗にいう『仕事のあっせん所兼仲介所』の通称であり、言うなれば求人を取りまとめしてくれている施設を差す。




 現在では探究者用を取り扱っている『探究者ギルド』と、それ以外全般を取り扱っている『一般ギルド』と、その二つに隠れるようにして『狩猟者』の、計三つがある。


 一般的には『ギルド』と言えば、この『一般ギルド』を差し、この一般ギルドを使って仕事を探すか、あるいは直接出向いて仕事を探すのが一般的な就職活動のやり方となっている。


 その際、ギルドや求人を出した依頼主、そして求人に応募する求職者のミスマッチを防ぐ方法として利用されているのが、『ギルドランク』と呼ばれる、各職業に割り振られたランク制度である。


 ――ランクとは、すなわち『求職者の能力』と『ギルドからの信頼性』を総合して評価したものだ。


 上から順に『A、B、C、D、E、F、Gの七段階』に分けられており、駆け出しと呼ばれている者たちは、E~Gの下三つ。Dがいわゆる一人前で、Cより上が優秀、といった具合だ。


 このランクが絶対というわけではないが、よほどの例外をの置けば、高ければ高い程、『各職業に合わせた優秀な能力と、信頼性を兼ね備えた人』ということになる。


 なので、より旨味のある仕事を手にしたければ、ランクを上げる必要があるわけだ。そのうえ、一定のランクからは国やギルドから『優秀な人材』ということで一定の支援を受けることが出来る。


 言い換えれば、このランクを上げることが、成功への一歩であり、いっぱしの生活をしたいのであれば、余計な小細工をせずに地道にランクを上げる方が近道なのである。


 その為……ギルドを利用する人たち(依頼主であれ、何であれ)は、このランクを必然的に重要視している……というわけだ。


 ……まあ、それはあくまでランクを利用して、のし上がりたいと思う人にとっては、の話であって。


 人嫌い等を始めとして、マリーたちのように煩わしい依頼やらを嫌がり、個人で勝手にやる者たちからすれば、だ。


 『探究者ギルド』すらほとんど利用しないのに、そこに『狩猟者ギルド』と言うものは「ああ、そういえば、そんなものがあったなあ」といった程度の存在なのであり、知らなくとも不思議ではないのであった。









「――狩猟者ギルドでは、いろんなところから来た依頼書が貼り付けられている。時間は掛かるが、安全にランクを上げたかったら、ギルドを通して依頼を受けるべきだな……ああ、後、獲物の換金なんかはさっきの役所でやっているから、間違えてギルドに獲物を持っていくなよ、笑われるからな」


 長々とギルドについての説明を終えたマージィは、ゴクリとコーヒーを喉に流し込む。


 そうしてから、ようやく。酒に酔っているとき以外で、こんなに長々と誰かに話しをするのは、ずいぶんと久しぶりのことであることに気づき……そっと、マージィは苦笑した。



「……あ、それと、討伐自体は、別にギルドを通さなくても出来るぞ。大そうな説明をしたが、結局はただのあっせん兼仲介業者だからな。狩猟者ランクは討伐した獲物の種類と数で上がっていくから、腕に覚えがあるならギルドを通さなくても変わらん……まあ、おすすめはしないがな」

「……なんで、おすすめしないのかしら?」



 いつの間にかパンケーキを食べ終えたナタリアが、マージィに質問した。


 それに対して、「だから、もう少し綺麗に食べろよ」マージィはため息と共にナタリアの口元を拭ってやる。されるがまま唇をささくれた指先で拭われたナタリアは、不思議そうに目を瞬かせた。



「……パンケーキは、美味かったか?」

「うん、美味しかった。もっと食べたい」



 にっこりと、ナタリアは笑みを浮かべた。その邪気のない笑みに、思わずマージィも強面を綻ばせた。



「……おかわりは、働いた報酬で買え。その方が今食べたやつよりもずっと美味いぞ」

「わかったわ。それじゃあ、後で食べることにするわね」

「よし、良い子だ」



 そうマージィは言うと、「――話を戻すぞ。役所もギルドも同じことをやっているんだが……」と話を続けた。



「やつらの運営資金の一部は、俺たちが手に入れた獲物の代金の一部から、手数料兼仲介料として徴収したものなんだ。だから、極力ギルドを通してくれた方がギルドとしても嬉しいし、ギルドも腕の立つ狩猟者を確保しておきたいから、色々と融通をきかしてくれる。時々、割のいい仕事を紹介してくれたりするぞ……仲良くなっておいて、損は無いと俺は思う」



 そう言うと、マージィは改めてテーブルの上に視線を下ろす。どれもこれも、空になったグラスやら皿が並んでいる。残っているのは、マージィが持っているコーヒーだけだ。


 どうやら、話が長くなりすぎたようだ……そのことに思い至ったマージィは、慌てて温くなったコーヒーを全て喉奥に流し込むと、音を立ててカップを置いた。



「すまんな、無駄話を多く挟んでしまったようだ……年は取りたくねえものだな」



 テーブルの端に置かれた伝票を取ろうと、マージィは手を伸ばした……だが、その手が伝票を掴む前に、サッと小さな手がそれをかすめ取った。


 思わず、マージィはその手の主……イシュタリアを見つめた。



「親切にも色々とご教授してもらったうえに、支払いまでさせるのは心苦しいのじゃ。ここは私たちが支払おう」

「お、おいおい。確かに俺は金持ちじゃねえが、これぐらいで懐が寂しくなるほど困窮はしてねえぞ」

「なあに、そう言うと思って、オジサマには見返りを頼もうかと思っておるのじゃ」



 チッチッチ、とイシュタリアは小気味よく指を振った。舌打ち出来なくて、普通に口に出して言っていることに、マリー、サララ、ナタリアの三人は気づいていないフリをした。



「見返り? なんだ?」

「ずばり、獲物の鑑定じゃな。私たちはダンジョンのモンスターに対しては知識はあるが、こっちは知らぬ。謙遜や冗談抜きで、オジサマの引率がけっこう重要になりそうなのでな……これはまあ、前払いと思ってくれても構わんのじゃ」



 そう言うと、イシュタリアはごく自然な動作で伝票をマリーの眼前に差し出した。


 反射的に受け取ったマリーは、無言のまま伝票とイシュタリアの顔を交互に見つめ……ジロリと、イシュタリアを睨んだ。



「おい、この空気はお前が払うところだろ。何をお前、当たり前のように俺に渡すんだよ……おい、そのコレだから近頃の男は~、みたいな顔で俺を見るな」



 ふう、とため息を吐くイシュタリアに正当な文句をぶつける。


 なまじ顔立ちが整っている分、非常に腹が立つ笑顔を向けられて、さしもののマリーも怒りが込み上げてくる。



「マリー、ここは私が支払うから、伝票を貸して」



 そっと伸びてくるサララの手を、マリーは優しく振り払った。



「サララに払ってもらうぐらいなら、俺が払った方が100倍マシだ……仕方ねえ、これでも男だ。今回は奢ってやるから、後でしっかり俺に礼を言うんだぞ」

「うむ、意外とここのパンケーキは美味かったのじゃ」

「てめえは今度泥団子でも食わせてやるから覚悟しておけ」



 ヒラヒラと勝ち誇った顔で手を振るイシュタリアに指を立ててお返しすると、マリーはさっさと会計へと向かって行った。それを見て、止めようと慌てて立ち上がったマージィを……ナタリアが止めた。



「大丈夫よ、マリーはお金持っているから」

「いや、持っているったって……いくら持っているんだ?」



 んん……首を傾げたナタリアは、しばし頭を悩ませた後……ポツリと答えた。



「確か、30万セクタぐらい持っていくって言っていたわよ」

「……は?」



 ぽかんと、マージィは呆けた。今、ナタリアは何と言ったのだろうか。



「……すまん、いくら持っているんだ?」

「30万セクタぐらい持っていくっていうのを、出かける前にマリーから聞いたよ」



 30万セクタ……一般的な平均月収が、約5万セクタ。単純に計算して、マリーは現在平均月収の半年分を所持しているということになる。それはつまり、マージィの懐に入っている金額の何倍にも達する金額で……。



「……こ、ここは素直にお言葉に甘えておこう」



 ――もしかして、俺は今、とんでもないやつらの引率をしようとしているのではなかろうか。



 そんな考えが脳裏を過ったが、マージィは苦笑してソレを頭から振り払った。馬鹿馬鹿しい、あいつらは銀行に預けていた金を引っ張り出してきただけだ。


 今は増大期だし、おそらくここに長期滞在するつもりで、財産を引き落としてきたのだろう……そうだ、そうに違いない。


 仏頂面で戻ってきたマリーに、マージィは何事も無かったかのように尋ねた。



「……で、どうするんだ? さっそく討伐にでも出かけるか? それとも、ギルドに行くか?」



 時刻は昼をいくらか回ったあたりだが、まだ時間の余裕はある。大物を狙わずに小物を対象にする限りでは、夜までには帰って来られるだろう。


 時間的には、だ。だいたい、ここから南の方にある森ぐらいなら、ギルドを仲介する時間を差し引いても……手頃といったところだろうか。



「……うーん、とりあえず、宿を決めておくか。4人全員が止まれる宿屋は知っているか?」



 飯より宿。古来より伝わる、重要事項である。



「安宿でなければ、大抵のところは空いているぞ。4人一部屋で一泊3000セクタ……こっちの通貨で言えば大銅貨6枚だが、四人ぐらいなら即決で泊めて貰えるぞ」

「『大銅貨』?」


 聞き慣れない単語に首を傾げたマリーであったが、マージィの一言に、すぐに「――ああ、そうだった」と手を叩いた。それを見て、マージィは「まあ、都心で暮らしていればそうなるわなあ」と苦笑した。


 ……現在、『東京』にて主に流通している貨幣は、セクタと呼ばれる貨幣であり、専用紙に特殊なインクでデザインされた紙幣と、セクタ硬貨によって運用されている。


 しかし、それしか貨幣が『東京』では流通していないのかと言えば、そうではない。


 実は、他にもある。ラビアン・ローズがある都市部ではあまり利用はされていないが、他にも『マグナ硬貨』と呼ばれる価値の高い硬貨が流通している。


 どうして利用されていないのかといえば、マグナ硬貨はセクタ紙幣よりも細かく単位が分けられていないからだ。だが、このマグナ硬貨……実は、かなり貨幣としての歴史がある。


 ――元々は、だ。


 数百年前にあった『自然災害』の後に、『燃えず、破けず、保存しやすい貨幣を』ということで作られたものであるため、一時はセクタ紙幣に変わる新しい通貨として脚光を浴びたものである。


 しかし、100年ほど前に『紙幣に戻してくれ』という意見が国の至る所から続出したことで、再びセクタ紙幣が脚光を浴びるようになり、今では二つの通貨が別々に利用されているというチグハグな状態になってしまった。


 ……まあ、なぜ戻ることになったのかと言えば、街中で硬貨をジャラジャラ鳴らして歩くのは危ないからという、何とも……まあ、そんな理由からであった。



「いちおうコレも説明しておくぞ。都心の方じゃセクタ貨幣が一般的だが、こっちでは獲物の売買で商人の出入りが激しくな。紙よりも丈夫な硬貨の方がけっこう重宝されているんだ」



 マージィが懐から取り出し、マリーたちに見せたのは、『東京』ではあまり見かけないコインであった。



「報酬は原則、マグナ硬貨だ。まあ、セクタでもマグナでも、ほとんどタダみたいな手数料で両替出来るし、どっちも対応している店は多いから、大した違いはない。どっちを使うかは、本人の自由ってことだ」

「……まあ、両替云々は後にしてだな。とりあえずは、今晩の寝床を先に確保しておこうか」


 マリーの提案に、女性陣は賛成に手をあげた。



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