一番の相棒

岡崎 晃

1番の相棒

「見つけた!」


 髪を肩のあたりで揃えた10歳の少女ウルは、大好きなドラゴンの卵を手に入れるために深い森の中をさまっていた。

 そして、何時間も探し続けた結果、やっとドラゴンの卵を手に入れることができたのだ。


「お父さん! ぼく見つけたよ!」


 卵を見つけたことを早く伝えたくて、ウルは急いで家に帰ってくると、魔法使いであるウルの父はボロボロになっている姿を見て慌てたように駆けつけてきた。


「何やってたんだ!」


 父はウルの肩を強くゆすり、怒ってくる。

 なんで怒るのかはウルには分からない。けれど、早く卵のことを伝えたくて、そんなことはどうでもよかった。


「卵! ドラゴンの卵見つけてきた!」


 ウルが大事に布に包んだ卵を見せると、父は肩を掴む力を緩め、ゆっくりとその卵に視線を向けた。

 ウルの手ほどの大きさの卵。

 そして、ふっと表情を柔らかくすると。


「良い卵だね。きっと、生まれてくるこの子は大切な相棒になるよ」


 優しい顔で頭を撫でてきた。

 その日から、ウルは卵を孵化させるために毎日毎日、少ない魔力を込め続けた。


 この世界の魔法使いは、使い魔を一定の年齢になると使役するようになる。その中でも一般的なのは魔力量や知能に優れたドラゴンだ。

 使い魔にする場合、懐いていなければ危険な存在となるものが多いため、基本的に卵から育てる。その際、魔力を流し込むことにより、孵化を早め、使い魔としての能力を向上させることができるのだ。


「むむむ……」


 朝、昼、晩と、ウルは魔力を注いでいた。魔法使いとしてあまり多くない魔力を注ぐためにはこうするのが一番効率が良い。


「ちょっとだけ、ちょっとだけ」


 たまに、父の使い魔である黒いドラゴンからも魔力をもらったりもしていた。


「グルル……」


 温厚な性格であるドラゴンは特に気にすることもなく、順調に卵は成長していった。




 ––––そして、2週間が経った頃。


「ピキッ––––」


 卵が孵化を始めた。

 魔力を込めたことにより、10歳の少女の手の大きさほどしかなかった卵は、今では両腕で抱えるくらいの大きさになっていた。


「わあっ! やっと会えるんだ! 私の使い魔になるドラゴンが!」


 興奮するウルの隣で、父は少し不安そうな面持ちで様子を伺っていた。

 しかし、そんなことはつゆ知らず、ウルはこれから共に歩んでいく相棒のドラゴンの誕生を今か今かと楽しみにしていた。


「パリパリッ––––」


 音を出して殻を破るドラゴン––––


「ホー。ホー」

「ドラ……ゴン?」


 ではなく、卵から生まれてきたのは綺麗な毛並みのフクロウだった。

 魔力を注いだことにより、ヒナではなく成鳥の状態で生まれてきたのだ。


「ウル、これはだな……」


 何も言わずに固まっているウルに、父がどうにか声をかける。


「ドラゴンじゃないの……?」

「あ、ああ。こいつはドラゴンじゃない。フクロウだ」

「……ドラゴンじゃないって知ってたの?」


 ウルの問いに、父は静かに頷いた。


「なんで言ってくれなかったの……?」

「お前がドラゴンの卵を見つけられなかったら、また勝手に危険な森の中に行ってしまうと思ったんだ。すまない。だけど、使い魔はドラゴンじゃなくても––––」

「いやだ!」


 家中に響き渡る声でウルが叫ぶと、その音に驚いたのか、フクロウは羽をバタつかせて開いていた窓から外に飛んで行ってしまった。


「あ、待っ––––」

「お父さん!」


 それに気づいた父が追いかけようとすると、今にも泣きそうな顔で、ウルはそれを阻止した。


「いいのか……?」


 父の諭すような問いかけに、ウルは痛む胸をぎゅっと抑えながら、静かに首を縦に振った。


「そうか……」


 父はそれ以上何も言わず、ただ悲しそうな表情で窓の外を見ていた。

 ウルはその空気に耐えられなくなり、逃げ出すように自分の部屋へと入って行くと、扉に鍵をかけて布団の中に潜り込んだ。


「お母さん……」


 ウルは魔法使いの仕事で遠くに行っている母のことを思い出していた。

 ドラゴンが好きになったのは母の影響で、数年前、母は使い魔である白いドラゴンの背にウルを乗せ、色々な景色を見せてくれたのだ。それがあってからは、黒くて怖いと思っていた父の使い魔のドラゴンのことも大好きになり、次第にドラゴン自体が好きになっていた。

 それなのに、一生懸命孵化させたのはドラゴンではなくフクロウ。ドラゴンのように大きくなく、人間を一人運ぶこともできない。

 ドラゴンとは似ても似つかない鳥類だ。


 ––––それでも、一生懸命孵化させたフクロウだ。

 愛情を込めていたことは間違いない。

 あんなひどい別れ方をして心が痛まないわけがなかった。


「……よし」


 ウルは布団の中から起き上がり、父に見つからないように部屋の窓から外に出た。

 まだフクロウの魔力を感じられる。ウルが毎日魔力を注いでいたおかげで普通よりも魔力が高くなり、感知しやすくなっていたのだ。

 ウルは走ってその魔力の感じられる場所に走った。


「はあ……はあ……」


 そして、フクロウのいる場所は深い森の中へと続いていた。

 この森の中には魔力を持った魔獣も多く、これ以上は正確にフクロウの魔力を感知することができない。

 それでも、ウルは森の中へと足を踏み込んだ。

 場所がわからなくても探せば見つかる。そう思ったのだ。

 ウルは自分の背よりも大きな草木をかき分け、フクロウを探し続けた。


 ––––しかし、いくら探してもフクロウを見つけることができなかった。


「どうしよう。もう日も落ちてきた」


 太陽が沈むとこのあたりは真っ暗になり、足元も見えなくなってしまう。


「でも……見つけなきゃ。『ライト』」


 ウルは覚悟を決め、明かりをつけてもう少しだけ探すことにした。

 魔力の少ないウルが明かりを出せる時間はあまりない。だから、ウルはある場所を目指して森の中を進んで行った。

 それは、フクロウの卵を見つけた場所。

 ウルは真っ暗な森の中、その場所を目指して一人で歩いて行った。



 ––––「いない……か」


 目的地までつくことはできたが、肝心のフクロウの姿は見受けられなかった。


「少しだけ休もう……」


 思っていたよりも距離が長く、帰る時に必要な明かり分の魔力が残っていなかたったためら魔力が回復するまで休憩を取ることにした。


「きっと、お父さん怒ってるだろうなぁ」


 明かりを消してそんなことを呟いてみる。

 真っ暗な森の中で、その言葉に反応するものは誰もいない。


 ガサガサッ


「ひっ––––」


 唐突に出てきたのは小さな動物に驚き、小さな悲鳴をあげる。


「な、なんだ。リスか」


 ウルは魔力感知により、魔獣の気配を感じ取ることができるが、リスのように魔力を持たない動物の存在は感知できないのだ。

 魔獣でなくても、危険な動物はたくさんいる。今更、ウルは自分の置かれている状況を理解した。

 明かりがなくては見えない道。居場所のわからない危険な動物。少ない魔力。


 ガサガサッ


 とまた草が揺れる。

 先ほどよりも明らかに大きな音。魔獣の気配は感じ取られないが、リスのような小動物でないことはすぐにわかった。そして、その数は一匹ではない。


「あ……ああ……」


 出てきたのは狼の群れ。

 ウルの存在に気づいた狼たちは、今日の獲物だと言わんばかりにこちらに向かって駆け出してきた。

 ウルは震える足を無理やり立たせ、その場から逃げ出す。

 しかし、狼の足の速さに敵うわけもなく、狼たちは容赦なくウルに襲いかかってきた。


創造メイクアロー!」

「キャウンッ!」


 すんでのところでウルが魔法で矢を飛ばし、狼の攻撃を避けるが、次から次へと狼たちは襲いかかってくる。


創造メイクアロー!」


 何度も狼の攻撃を凌ぐが、ついにその時が来てしまう。


創造メイクアロー! 」


 しかし、魔法の矢は生まれなかった。

 魔力切れだ。


創造メイク創造メイク!」


 叫ぶが、何も起こることはなかった。


「だれか! 誰か助けて!」


 助けを求めるが、返事はない。

 そして、周りを取り囲むように狼たちは構えると。


「誰か––––」


 一斉に襲いかかった。


「ホー」


 そんな鳴き声と共に、強い魔力の塊が吹き荒れる。


「キャウンッ!」


 そして、いくつもの狼の悲鳴がウルの鼓膜を揺らした。

 ぎゅっと瞑っていた眼をゆっくりと開けると、目の前にいたのは狼ではなく、一匹のフクロウだった。

 小さなに大きな翼をはためかせ、風を作っている。


「助けてくれたの……?」

「ホー」


 フクロウが答えると、


「ホーホー」


 大きく羽を広げ、さらに大きな風を生み出してウルの体を空に浮かせた。


「わあ!」


 奇妙な浮遊感に包まれながら、どんどん空へと飛んでいく。

 森の草木よりも高く、星に手が届きそうなくらい高く、空を飛んだ。

 それは、まるでドラゴンの背に乗った時のように、高く。


「ホー?」


 フクロウが鳴く。その声からは、心配しているような声音が感じ取れた。

 それがウルの心に深く刺さり、涙がこぼれ落ちた。


「ごめんね……」


 ウルは自分の愚かさを謝罪した。


「ホーホー」


 まるで、気にしていないと言うように、フクロウは鳴いた。

 それでも、ウルの涙は止まることを知らなかった。


「わたしはひどいことを言ったし、許してくれなくてもいい。けど……もし許してくれるんだったら、わたしの使い魔になってくれませんか?」

「ホー!」


フクロウは鳴き、器用に鉤爪で掴んでいた物をウルに渡した。


「これは……花の冠?」


 いくつもの種類の花を器用に組み合わせた花の冠。人が作るとしてもかなり難しい物を、このフクロウは作り上げたのだ。


「ありがとう」


 そして、ウルは自分の頭に花の冠を乗せた。


「似合う……かな」

「ホー!」


 フクロウは同意を示すように大きな声で鳴いた。




 ––––それから、空を飛んで家まで戻ってくると、黒いドラゴンに乗ろうとしていた父が泣きながら抱きついてきた。


「大丈夫か! 怪我はないか!」

「あのね、お父さん。わたし、この子を使い魔にする!」


 最高の笑顔を向けて、そう告げた。
































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