狩りのない狩りは狩りでは無い

朝凪 凜

第1話

「今年は桜の開花が早いんだって!」

 教室の机をバンバン叩く美也。

「うん。そうか。じゃあ学校が休みの間に桜は全部散っちゃうな」

 面倒くさそうに相手をする好恵。

 朝のホームルームが始まる前のこの時間、だらけた空気が漂っているのは、3月だからだろうか。

 高校三年生は既に卒業して、これから最上位学年になるので自由になった感じがする。そしてそれ以上にもうすぐ春休みなのでそれがだらけた空気を助長させていた。

「どっか見に行く?」

 瞳をキラキラさせながら好恵に問う。

「うーん、花見ねぇ。人が多いからあんま行きたくはないんだよなぁ」

 どこに行っても人、人、人。そうなれば出かけること自体が億劫になってしまうのも分かる。分かるのだが、

「大丈夫。私良いところ知ってるし!」

「どこ?」

 好恵は既に見当ついているのだが、改めて訊ねる。

「学校の裏にある山の上」

 所謂いわゆる裏山、なのだがこの学校はそもそも山の斜面に建っているのである。なので裏山というのは要するに学校を出て坂道をひたすら上っていけば着くのだ。

「あの公園?」

「あの公園」

 ため息交じりに再度確認する好恵。元気いっぱいに頷く美也。

 山の上にも住宅街が整っており、いわゆるニュータウンとして整備された土地である。しかし、このニュータウンはもう50年ほど立っており、こう……あまり、若い人が減ってきているのだ。そのため、公園は閑散としており、近くの小さいスーパーが一軒だけで、あまり人は歩いていない。

 そしてその公園には桜の木が植わっているが、そもそもそこまで来ようという人は少ない。

「まあまあ、いいじゃないの。去年紅葉狩りもしたし、銀杏並木も歩いて遊んだし」

 そう、自然は豊かなのだ。住宅が整備されているため自然もちょうど良い割合で植えられている。手入れもきちんとされているのだ。

銀杏いちょう並木ね。銀杏ぎんなんだ! とかって言ってなんかの種を持ち歩いてなかったっけ?」

「まあ、それはそれで……。でも紅葉狩りは――そういえば、なんで紅葉狩りっていうの?」

 めまぐるしく話題が変わる。

「紅葉を狩るからじゃない?」

「それじゃあ紅葉なくなっちゃうじゃん」

 至極当然の疑問である。

「昔は紅葉を取ってたとか。落ちた紅葉を掃いて掃除してたとか」

「それ、風情ないよ……?」

 狩りに風情も何もあったものではないと思ったのだが、好恵は風情が必要なのかも分からなかったので、

「そう言われてもねぇ……」

 言いながら携帯で検索する。

「あぁ、動物の狩りとして使われていたけど、イチゴ狩りとかの植物にも使われるようになって、紅葉狩りは草花を眺めることにも使われるようになった、ということらしい」

「何でもありじゃん」

 憮然とした表情になる美也。

「日本語って適当なところあるよね」

 適当過ぎて風情も何もあったもんじゃ無いな、と心の中で毒づく好恵。

「じゃあ、今度私たちが行くのは桜狩りね」

「桜狩り……?」

 新たな言葉を製造する美也に対して怪訝な顔をする好恵。

「うん。山菜採りは山狩り」

「山を狩る……の? そこは普通に山菜狩りとか――」

「あとは、猫を愛でるのは猫狩り」

 言葉を遮り更に新語を誕生させていく。

「猛禽類みたいな――」

「人間観察は人狩り」

「それは多分犯罪行為だ……」

 どんどん言葉を被せていき、何を思いついたのか突然気をつけの状態になる美也。

「人類は増えすぎたのだ。一度減らさなければならない」

 芝居がかった口調で説く。

「人類を超越した神にでもなったか」

「でも大丈夫。好恵ちゃんは生き残る」

「ありがたき幸せ」

 好恵は既に何が何やらついて行けない。

 そんなことはお構いなくまた考え込む美也。

「他に狩れそうなのは……。

 水切りとか」

「水狩り?」

「ううん、しずく狩り」

 水切りを狩るなら水狩りだろうと思ったのだが、違うらしい。

「なぜしずく?」

「だって水っていっぱいあるし、たくさんだし」

「いや、どっちも同じ意味」

「だから石が切るのは一滴ひとしずくだからしずく狩り」

「なんか朝露が無くなりそうな名前ね」

 その言葉に手を叩き、指を指す。

「あ! そっちの方がいい! 朝露の雫を手で、こう……バッと弾くの」

 手裏剣のジェスチャーの様に右手を水平に薙ぐ。

「美也好きそうね。っていうか冬の間それやってたでしょ?」

「えっ! なんで知っているの!?」

「……まさか本当に……」

 呆れよりも可笑しさが先に表れて苦笑いしか出来なかった。

「よーし、じゃあ今年はいろんな狩りをしよう! まずは桜狩りからね!」

「しゃあない。分かったよ」

 こうしていつも美也に翻弄されていた。今回もどさくさに紛れて言いくるめられてしまった。

 しかし、こんなくだらないお喋りもそのうち出来なくなるのかと先のことを考え、今年いっぱいは付き合ってやろうと好恵は決めていた。

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