第2話 なんやかんやあって、カミが死ぬ
ーーーーーー「ドゴンッ‼」
鈍い音が部屋に轟く。
「あああっあんんた。 なんで……そんなっ‼ へんたい‼ヘンタイ‼ 変態ッ‼
せっかく私があんたを起こさないように静かに部屋に戻ったと思ったら、なんで女性用下着なんか検索してるのよーーーーーッ‼」
そこにはおれが準備しておいた部屋着ではなく、元から持っていたワンピースに身を包んだ少女が、鬼のような形相で立ちはだかっていた。
しっ、しまったーーー‼
服でも買ってやろうと思ってたら、最も重要な布地のことで頭がいっぱいになってもうたッ。
とっ取り敢えず理由を説明しなくては‼
やめてっ‼ いくら持ちやすいからって、空き瓶振りかざさないでッ ‼
しかもちゃっかり水まで溜めて威力あげてるしッ ‼
無理だからッ‼ 絶対受け止められないからッ‼ おれの足も透けちゃうから‼
「まっまずは落ち着いて話し合おうッ。こっこれはお前のためにーーーーー」
「このドヘンタイ‼ どこをどう間違ったら私のために「今夜はちょっと大胆な下着で彼を誘惑しちゃおう♡」なんてページ見てんのよッーーー‼ 」
ーーーどうやら弁明するには多大な時間を要しそうだった、、、
「だから言ってんだろッ。 これから最初に来てた服だけだったら、今後困るだろ」
「ありがとう、、、 でも、、、」
釈然としない様子の彼女。
「クソニートなあなたに金銭的に迷惑をかけるのも悪いし、、、」
どうやら彼女は其れなりに常識のあるやつらしい、一応遠慮というものは知っているみたいだ。
ーーーだったら昨日3コもおれのカップ麺喰うなよな。
「一応ニートといっても、アフィリエイト収入はあるんだからな。遠慮なんかすんなよ」
「アフィリエイト? それっていくらくらい稼げるもんなの?」
ーーー少し口ごもるおれ、、、
「3万、、、でもこのアパートは死んじゃったばぁちゃんのだから家賃かかんないし、貯金もちょっとならあるし、、、」
「はぁー? 3万⁉ そんなんで良く生きてこれたわねっ」
「やっぱり長年ニートだとそこら辺が他のやつと一味違うよね‼」
妙に威張るおれ、、、
「どっからその自信がくるのかわからないけど、私はそんな生活、嫌なんだからねッ‼」
そういうと彼女は立ち上がり、ビシッとおれのことを指差す、、、
「決めた‼ ニート更生計画の序章は生活改善よ‼ まずその汚らしい身なりから変えなさい‼ そんなんじゃ外に出るのも迷惑だわッ」
「一応、ヒッキーには珍しく風呂には入ってるんだけど…」
「その無精髭と長い髪が不潔なのよっ。 てゆうか外見全てが不潔。 見た目がサッパリしたらこんなダラけた生活も少しはシャンとするでしょッ。と、一喝。
ーーーー他にもさ、この部屋片付けるとかあんじゃね?
と口から出かかるが、慌ててつぐむ。
もし片付けなんてことになったら、部屋からどれだけの物が消失するかわからない、、、
しかし、そんなおれの心配を見抜くように彼女は不敵な笑みを浮かべると「心配しなくても大丈夫よ。 部屋の片付けもそのうちやるわ」
いやっ‼ それが心配なんだよっ‼
という心からの叫びは当然届くはずもなく、おれは再び、激しい後悔の念にかられるのであった、、、、
「私、この部屋を見て気づいたことがあるのよ」
「どうした? 案外この部屋が衛生的なことにでも気づいたってのか?」
「こんな散らかった部屋でよくそんなこと言えるわねw 違うわよ。こっれ」
そういうと彼女は満面の笑みでAmasonの段ボールの脇に放置されていたハサミを拾い、「ジャキリ」とエアーシザーニング。
「私ね。 これを見つけた時に何とも言い難い感情が浮かんだのよ」
「ままっままさか……… 実は私はシザーハンドでしたって落ちかっ⁉
ざわりっ、と背筋に嫌な悪寒が押し寄せる。
「そんなわけないでしょ。 きっと記憶が無くなる前は美容師をしてたんじゃないかと思うのよ。 その身なりを見て私にしては珍しく、あなたに対する不快感よりもまず、どうにかしたいって思ったのよね」
「そうそう。 常人はおれを視界に入れたらまず、不快感を抱くよねッ!っておい‼……… まさかとは思うが、おれの髪を切らせろなんていわないだろうな………」
これが野生の本能というやつだろうか? 思わず後ずさりするおれ。
「あんたにしては察しがいいじゃない。 そうよ。 私の記憶のために試し切りさせなさいっ‼」
じわじわと距離を縮めるシザーハンド。
あかんッ。 逃げ場がない…。 ワンルームのこの部屋から逃れるには彼女の背後にある狭い廊下を通らなくてはならない。
それに、ドアや窓から非難するという選択肢は引きこもりのおれには存在しないのだ。
「観念なさい。 お金無くて美容院にもいけないから、そんな髪型なんでしょう?」
「ごっ。ご最もですが、実は人の髪なんて切ったことはありませんでした。 てへッ。 ってなったら状況が悪化することは火を見るよりも明らかだぞ」
「なに? 私のことが信じれないっての? それに私はあんたの脱引きこもり計画に協力してやろうって言ってるのに、私の記憶を取り戻すのは手伝えないってわけッ⁉」
物理的にも論理的にも回避出来そうにない。
万事休す。とはまさにこのような状況を言うのであろう。
そして当然、この状況を打破出来るような案はおれの様な低脳には浮かぶはずもなく………
「ぜっ是非卑しい私めの髪をお切りください」
と白旗を揚げるしかないのだった。
慣れた手つきというものなのだろうか? はたまた単に頭が良いのか?
カットが終わるまでは判断材料が無いのだが、彼女は見事と言ってもいい程の即席美容院を僅か数分で作り上げた。
彼女は、床に散らばるオタクアイテムを無造作に部屋の隅に寄せ、圧迫感のあったワンルームに匠が如く開放感を生みだすと、その空間にチラシを並べ、その上に椅子を配置。
そして着座したおれに、穴を開けたゴミ袋を頭からかぶせた。
「当初の見たてを裏切るけど、これは期待が持てそうね」
いたずらっ子のような笑みを浮かべる少女。
「おい。 明らかに聞いちゃいけないようなセリフが聞こえたぞ」
「うるさいわねー。 あんたみたいなオタクでも人の役に立てるということを神に感謝なさい」
「はいはい」
「ハイは一回。 あとあんたにもう一つお願いがあるのだけど………少しの間目を閉じていてくれない………?」
恥ずかしがっているのだろうか? はたまた後ろめたいことがあるのあろうか? 背後にいるため様子は伺いしれないが、とにかく彼女は口ごもっていた。
ーーーまっ・さっ・かっ♩ この状況はッ‼ 切った髪が服につかないように先ほどおれが用意した服におおっお着替えをしようってのですかいっ⁉
そうでしょ? そうだよね? そうに決まっているッ‼
イエスッ。 イエスッ。 イエースッ。 LUCKSスーパーリッチっ‼‼‼
なんたる幸運で贅沢な展開ーーーーーー‼
そして刹那ともいえる間におれは「円」を展開。
元気があればなんでも出来るッ‼ ですね師匠‼
ぐへっ………
ーーー思わず口から歓喜の感情が飛び出そうになったその時。
シュルっ。シュルっ。シュルっ。
という小気味いい音と共におれの自由が奪われた…
「あんたがどんな童貞的な想像をしていたのかが手に取るように分かるのが悲しいわ。 キモチワル。 少し罪悪感を抱いた先刻の私がバカみたいだわ」
もうお気づきであろう。
おれは雑誌と段ボールをまとめるために購入した紐で、椅子と身体をまとめ上げられてしまったのだ。
「ちょっ。おまっ‼」
「被告に発言権はありません。 おとなしくそのだらしのない頭髪を蹂躙されなさいっ」
ジャキンっ。 ジャキンっ…
死の宣告ともいえるカウントダウンが耳に纏わり付いて離れない。
「安心なさい。 すぐ楽にしてあげるわ」
「ちょっ。 それ今から人様の髪を切ろうってやつの発言じゃないッ‼」
ーーーむしろ絶対に安心出来ないフラグが今ここに立ちました。
「まぁまぁ。 いいからッ♩ こういうのは一歩を踏み出すまでが大変なのよ。 作文だってそうじゃないッ」
「フンっぬー‼‼‼‼」
ーーーそうして可憐にして冷血な少女は、踏み出してはいけないフロンティアに余りに大胆過ぎる一歩を踏み出した………
「やばっ‼ まぁ…もういっかw」
「左右のバランスを整えて…あれっ? 今度は切りすぎたw」
「タケノコってさ、どこまで剥いていいのかわからないよね? カミノケってどこまで切ったらいいんだろう? まぁいっかw 私の髪じゃないし」
経過時間は腹具合で約一時間。
足元に散乱する大量の黒髪。
もうね。ただ髪を整えるって領域を超えちゃってるよね。 だって第一投からその領域を一刀しちゃったんだもの。
いやね。最初の方はまだ希望が持てたのよ。
「モヒカーンwww」
「しちさーんwww」
「あれっ? 意外とちゃんと出来てるじゃん!」
だの聞こえてた頃は。
でも「もうちょっと切った方がいいかな? まだオタク特有のモッサリ感が無くならないし」
ってセリフ辺りからおかしくなったのよ。
ほら。 短い方が数ミリの違いが目立つじゃん。
それからはもう神経質なのか、完璧主義なのか「バランスがー」って言い始め、現在に至ります。
そんなこんなで安西先生も諦めろと言い放つであろう、諦めの権化と化したおれに、画面から聞こえるような甘ったるい声で少女は今回の試みの結果告げるーーー
「実は人の髪なんて切ったことはありませんでした。 てへっw」
鏡の前に立ち竦むおれ………
そんなおれに某バスケ漫画の名言がプリントされたTシャツをワンピースの上から着込んだ少女は「よしっ‼ 次は髭を整えようッ‼」と無駄に明るい声色で肩を叩き言い放つ………
ーーーもうこいつに刃物を持たせちゃいけない。 今度は皮膚まで持ってかれてまう。 誠に残念な事にそう確信してしまいました。
「先生…。ヒゲは自分で切りたいです」
放心した状況でも、力強くそう懇願した。
「その髪似合ってなwww なになに? 一昔前のサッカーの貴公子気取りなの? ソ・フ・ト・モヒカンw」
「誰のせいだ。 誰の」
「現代のビダルサスーンこと私ですw」
全く悪びれる様子もなく爆笑。 こいつが悪臭を放つデブスだったら即刻家から追い出したことだろう。
「ほらっ。 チリトマトヌードル」
でも、生憎可愛いため、カップ麺を餌付け。
「えー。 私もうこんな食生活やだっ。 ちょっ、これお湯入れ過ぎよっ!
私のベスト湯量は線より下なのー」
自分の立場もわきまえずにそう反論を述べる薄幸の美少女。
「やーなら喰うな」
「すいません。 ありがたくいただきます」
やけに素直にそう言うと、部屋には麺を啜る音だけが木霊した。
ーーー正直に白状しますと、コイツといることが心地よくなっている自分がいる。
一人で食べるカップ麺はただの生存本能からくる摂食行動以外の何物でもなかった。
でも………悪いもんじゃないな。 誰かと食うってもんは…。
そう思っている自分がいる。
たとえ、自分の頭髪をめちゃくちゃに蹂躙されても。
………一人で喰うよりかはずっと良い。
その思いは決して簡単に否定できるものではなかった。
ーーーそれに、世話になってるのに…こいつの名前。 聞いてなかったな。
………これからも一緒にいる。 そうなった時には、名前は必要だ。
いつまでも「コイツ」や「おい」。 なんて三人称で呼び続ける訳にはいかない。
それにほら………。外に出た時に変だろ?
ずっと名前を呼ばない2人組なんて…
おれは長い間一人だった。
“2人“と素直に断言できないのが寂しい所だが、それなのに他人との関わりまで考慮してこれからを考えている…
そんな自分に我ながら可笑しくなった。
ーーーハハッ。 我ながら鳥肌が立つ。 こんな日々が来るなんて想像の範囲外だし、こいつといると自分の考える自分の今までの経験で創り上げた枠組みが、脆くバカバカしい物に感じる。
普通だったら、自分の思い通りにならない現実なんて、ただ都合が悪くて不快なはずなのに…
思い通りにならなくて地団駄を踏んでいる自分を想像していることがなんだか掛け替えの無い、楽しい日々のように感じて、汚染されてるなーとつくづく自分が気持ち悪く感じる。
一人じゃないことがこんなに楽しくて…。
次の日に何が起こるのか楽しみになるなんて…。
ーーー本当にもう…。
「救われたよ」
ーーー「えっ⁉ なんて言葉を発したのよ? 汚らわしい」
貴様の吐く二酸化炭素が地球温暖化の原因だと言わんばかりに、おれの発言を一刀両断する、可憐にして冷血な少女。
「うっせぇな。 喰ったら寝ろって言ったんだよ」
「良かったわ。 てっきり私のシザーテクに賛辞を述べたのかと思ったわ」
「それを言うなら惨事な。 いいから寝ろ…夜まで五月蝿くされたらたまったもんじゃない」
それを聞くと彼女は言葉を投げ返すこともなく。
暗黙の了解のようにベットを占領し、就寝するのであった………
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