あの日の僕は、思い返してみれば幸せだったんだと思う

@mtsor0bt

第1話 ニートの僕は幽霊の少女に出会い、そして死ぬ

一体いつからだろう?


鳩尾から心臓にかけて広がる、違和感が広がりはじめたのは…




別段不幸なことがあったわけじゃない。


世の中にはおれよりも不幸なやつは沢山いることも知っている。


でも、そんなことはどこか遠い世界で起きている他人事のようにしか感じられなくて…


今ここで重たい感情に押し潰され、身動きが取れなくなる自分のほうが


ずっと不幸な存在に感じてしまう。


現状のままでは立ち行かなくなることは分かっている。


それなのに………


四月一日。多くの同年代は、これから始まる新たな日々に、心を踊らせるであろう旅立ちの日。


それなのに、一向に変化の訪れない在り来たりな毎日に腹が立つ。


ーーーそれなのに…現状を変えようと行動にうつせない。


そう不毛な堂々巡りを繰り返す怠惰な日々、、、


ズバリ言おう‼


俺は現在、社会で絶賛増殖中の「NEET」ってやつである。


今日も元気に………。




『ピッンポーン‼』


規則的に唸るパソコンの起動音と、僅かな衣擦れの音しかしない空間には大きすぎる電子音が鳴り響く、、、


「なんだよ。 せっかく人様が物語の冒頭をナレーションで決めようって時に」


自宅への来訪者は主に2択。


AmazonかNHKの勧誘だ。


「Amazonで注文しているものはもう無いはずだ。NHKは昨日来た。


、、、もしかしてっ‼」


ごく稀に訪れる女神が降臨したってのかっ⁉


希望に胸は膨らむ。


わずかにズボンも膨む。


ソシャゲの最高レア度を引くくらいの低確立に期待しちゃってる自分に、冷めた目で俯瞰するもう一人の自分が嘲笑している。


それでも、やはり隠しきれない喜びと共に意気揚々とドアを開ける。


久方ぶりの発生に「はっぶぁぐわぃ」と盛大に裏返る、か細い声。


それ程までに深い想いを携え開けたドアの前に立つのは、


見知らぬ少女であった。


光速とはまさにこのことであろう。


「うちにテレビはありませんから。神も信じません」


端的に要件を伝え、再び自分の殻に閉じこもる。




そして、先ほどのだらし無い表情と180度異なる表情を貼り付け、自分の定位置に戻ることにするのだった。


「まあ、あの人がうちに訪ねてくることなんて、もう無いよな… 」


ゴミ出しの時に優しく挨拶してくれたり、たまーにお裾分けを持ってきてくれる。


ただ、それだけの関係。 彼女にとって俺は同じアパートに住んでる住人。 それ以上の感情はないはずだ。


そんな当たり前のことを思い出し、落ち込むおれ。


我ながら気持ちが悪い。


自分のストーカー気質に釘を刺し、定位置へと一歩足を踏み出したまさにその時。


「ピーンポーン」と間延びしたチャイムが、再び室内に木霊した。


しかし、一度無視を決め込んだおれにそれは通じない。


幾度にも渡るNHKのババアとのやり取りでおれは学んだのだ。


ーーー取り合ったら負けだと。


「ピンポン」


無視、、、


「ピーンポン」


無視、、、


しかし、流石にこの辺りで対人恐怖症のおれは汗ばんできた。


今日の回し者は手強いなと、、、


「ピンポピンポピンポーン」


そんなおれの心の隙間に漬け込むように、執拗にチャイムを鳴らしてくるエージェント。


「ピンポピンポピンポーン×5」


えっ、、、何これ怖い‼


流石にNHKはここまでしつこく無い。


となると、心の辺りは一つしかなかった。


「ピンポピンポピンポーン」


色々な可能性を考える間にも、おれへの心理攻撃は続く、、、


「えっッ! まさか、、、まさか、、、うッ嘘だよね⁉」


カタカタと音を立てる歯。ダラダラと流れる汗、、、


グルグルと回る昨日の出来事、、、


ーーー「もっもう……。昨日二ちゃんで煽ったメンヘラが本当に住所を特定してきたとしか思えない、、、」


「ドンンドンドンッ‼」


あっあかんパターンや、、、


ふぇふぁぇ、、、はっはやくポリにたれこまへんと、、、


家にカチコマレテしまう、、、


でっでも、、、対人恐怖症のおれにはむっ無理ッ‼


「ピンポピンポピンポーン×5」


だっだめ、、、もうゆるじでぐださぃー


こんなクソみたいな人生でもいきなり終わりだなんて受け入れられないよ、、、


「ドンドンッ。 居るのはわかってんだぞ‼ クソニート‼」


女神よりもオクターブ高い声で暴言を吐くエネミー。


ーーーこれはもう、死ぬ気でゲザるしか残された道はない


足りない脳をフル稼働し、最善案を導き出すと


何年も振り絞ることなく溜め込んできた勇気を惜しみなく迸らせ、玄関を目指す、、、


脳内で何度も何度も土下座のイメトレをしながら這い蹲り、進む、、、


しかし、今だドンドンと激しい音を立てるドアを目の前に


溜め込んできた勇気は尽きてしまったようだ。


それはもう穴という穴から水分が滝のように放出される。




ぐちゃぐちゃになり、原形をとどめないほど醜悪な顔でようやくたどり着いた玄関の前、、、


全ての力が抜け、おれは盛大に失禁した。


そしてそれを気にも止めることもないほど心を支配する恐怖。


こういったじょうきょうで頼りになるお金はない…


もはやなりふり構わず誠意を見せるしかない、、、




となると………


「じゅべんあぐさいーーーーーーー‼」


考えうる限り最大の謝罪の言葉をあげるしかないのだった。


もはや奇声以外の何物でもない文字の羅列を吐き散らかしながら


ゴンゴンと全力で床に頭を叩きつける。


そして最悪の事態が現実になった。


「ガチャリ」と永らく閉ざされていたドアが開いたのだ。


「なんだ。開いてるじゃない」と予想外の出来事に驚く少女。


………しっ。しまったーーーーーーー‼


さっき開けた時に、鍵閉めるの忘れてたーーー‼


こうして絶望に歪む醜悪な顔と、困惑する少女の視線が交差したーーー




ーーーーー「でっニートは無様に失禁してたわけね、、、気持ちわる」


どうやら、先刻の侵略希望者はおれを殺しにきたわけではなかったらしい。


ことのあらましを互いに話し合い、現在に至る。


不遜な態度でおれの定位置に座るのは足首より下が透けた美少女。


常人なら卒倒するであろう、非日常。


でも相手は人間じゃない。自分の生み出した妄想かもしれない。


そんな非科学的なことに恐怖を抱くより、安堵する異端児が此処には居た。


お化けよりも、人間の方が怖いのだ。


ーーーまぁ貞子さん的な風貌なら即失神する自身はあるが、目の前の少女はアニメの世界から飛び出したかのように無垢で、悪意の無い目をしている。


ーーーそして何よりも………僕のタイプですw


そして相手が明らかに自身よりも下のヒエラルキーに属するものだと認識したおれは彼女の数倍偉そうな態度で事実の確認をする。


「で、住む場所のないお前は暫くここに泊めて欲しいってことだよな?」


本当に嘘みたいな話だが、気づいたら記憶もお金もない少女は、足も透けているため、どうにもいかなくなったらしい。


そこで、誰かこんな非現実的な出来事を受け入れてくれて


他言しない人物に泊めてもらおうという結論に至ったらしい。


そんな中、しばらくふと目に入ったアパートを見張っていると一度も家から出ず、来訪する友人の気配も微塵も感じない、おれの存在に気づいたってわけだ。


全く失礼な奴だな。 まぁ正解なんだがw


「おれがニートってのはわかると思うがどうやってオタクって知ったんだ?」


と至極単純な疑問を、興味深そうにフィギュアを眺める少女に投げかける。


そのおれの問に対し、絶対零度の眼差しで「あなたに狙いを定めたときに一度親戚を装ってドアのまえで荷物を受け取ったのよ。荷物の中身をみたらあなたがどんな生活を送っているか想像つくし、ダンボールを抱えた人なら私の足も見えないしね」と返すと彼女は一冊の本を投げつけてる。


ーーーーどう見てもエッティな同人誌です。 ありがとうございます。


「ダンボールを開けたらそんなものばっか入ってるじゃない。それに、そっその破廉恥な本は丁度、幽霊の女の子がでてくるし、、、


私にも免疫があるんじゃないかって、、、」


恥らう少女。 ご馳走様です。


「おっ。この本無かったんだ。いやー頼みすぎて本命の物しかチェックしてなかったから気づかなかったわ」


腕を組み、ふんぞりかえりながら返答するNEET。


「ってか、あんたさっきまではあんなにビービー泣いてたのに随分偉そうね。それに、、、」


そう言うと彼女は俯きながら今にも泣き出しそうな表情で


「私のことは怖くないの………? ここに来るまでに話しかけた人は皆怯えて、走り去ってしまったから………」と絞り出すのだった。


その表情に心当たりがあった、、、


自分ではどうしようも出来なくて、、、誰かに手を差し伸べて欲しいのに、叶うことはなくて、、、


そんな奴がようやく僅かな光を見つけた時に………こんな顔になるんだろう。


丁度あの時のおれがそうだったように、、、


そう思うと不思議と溢れ出た。


長い間音を紡ぎ出さなかった乾いた唇から。


音が、、、




「怖いもんか‼ むしろ大歓迎さ‼ おれは常にシュミレーションしてきたんだよ。 見知らぬ少女が謎の機関に追われベランダにぶら下がってるシチュエーションや、ピンク色の髪の少女に突然異世界に召喚されるような非日常を‼」


と対人恐怖症ということを感じさせない勢いでまくした。


それはもう、別人かと思うほど舌が回った、、、


「きっとお前も重大な機密事項を抱えててるに違いない‼ おれはお前をしばらく匿う。 そしてその見返りとして、、、」


ーーー「いやっ‼‼ それだけはダメっ‼ 私の柔肌をアナタの欲望のおもむくまままに蹂躙させてもらうだなんてっ‼」


突然、悲壮感の漂う声でおれの言葉を遮る少女、、、


「いや。まだ見返りの内容言ってないだろ…」


「でもわかるもの‼ あなたのその湘南の海のように濁り切った目と、気色悪くつり上がった口角を見れば‼」


「いきなり酷くね⁉ これから泊めて貰おうって奴に対して‼」


「ほらっ‼ やっぱり否定しないじゃない‼ 私に指一本でも触れて見なさい‼ 大声で叫んで、国家権力の絶大な力を身を持って味わって貰うんだから‼」


ギュッと両手で方を抱く少女。


「足が透けたお前がそんなことしたらどんな事になるかわかんねぇぞ。それにお前のことみたら警察も逃げ出すんじゃないか?」


やばッ、、、勢いに任せ、言葉を垂れ流した直後に後悔の念が押し寄せる、、、


一番言ってはいけない言葉を言ってしまった、、、


ネットで罵り合うことしかしてこなかった、


おれのコミュニケーション能力では人を傷つけることしかできないんだ、、、


やっぱりこんなおれは社会と繋がりを持っちゃいけないんだ、、、


「ごめんなさい」


そう思うと自然にこの言葉がでてきた。


使い慣れた言葉だ。


おれがまだ社会との関わりを持っていた時に、、、


その反応を予想していなかったのだろうか? 狼狽する彼女。


「ちょっ、、、ちょっとあんた感情の起伏が激しすぎるわよ。 わかってるわよ。 アンタが冗談で言った事くらい。 それに私の言ったさっきのだって冗談なんだから‼ ほらっ。早く泊める変わりに私にして欲しい事を言いなさいよっ‼」そう彼女は優しく背中をさすってくれた。


「あぅ、、、あっ……ありがとぅ……」


謝ることは得意だが、感謝することには慣れてない。


それでも、やっとのことで感謝している事を伝えると、不思議と心は落ち着いた。


「その、、、一応これでもこんな生活どうにかしなきゃって思ってて、、、」


小さく深呼吸し、見返りを口にする。


「おれを社会復帰させてください‼」


数年間たまりに溜まった思いを吐き出すと、自分でも驚くほど大きな声が口から溢れた。


「任せてください。このクソニートが‼」


力任せにブチまけた思いに答えるように、彼女は笑顔でおれを罵倒した。




ーーーーーーおれは人生でかつてないほど後悔している。


その元凶はおれの万年床で寝息を立てる可憐な少女だ。


口を開けばおれに罵声を浴びせ、外に出てみろと促す。


動いたと思えば、まるでゴジラのように床に散らばるおれのお宝を足首で蹴り飛ばす、、、


まさか数時間でこんな気持ちになるとは思わなかった。


後先考えずに行動してしまうこの低脳ぶりが、ニートという


不動の地位を築き上げた所以であろう。


だが後悔の最たる原因はおれ自身に起因していた。


そう。この抑えようのない右腕の反復運動である。


賢者状態となり、トイレからでても、彼女の長いまつげや、角の無い滑らかな造形をみると、どす黒い感情がおれの中で渦巻くのだ。


そして自身に眠る性獣をなだめるため、またトイレに篭る。


家に引きこもるのが引きこもりと呼ばれるのなら、家の中のさらに一部分に引きこもるおれは、他の追随を許さない、引きこもりの中の引きこもりに昇華されたといっても過言ではないだろうーーーーー


あれっ⁉ これって前より悪化してね?


いやー。やっぱりラノベの主人公たちは主人公の中の主人公っすわ。


四六時中、可愛い子に囲まれてても犯罪を犯さないんだもん。


あれっ? ということは、、、


ラノベの主人公を見習えば、俺のこの状況も打破できんじゃね⁉


そう閃いたおれは古風にいうところの厠から出ると、少女の前で素数を数え始めた。


ーーーーー開始3秒で意味がない事に気がつきました。


そして万策尽きました。


しかしここで諦めないのがおれという人間である。


PDCAサイクルにのっとり、原因を究明する。


至った結論はこうだ。


素数を数える→彼特有の意識を紛らわせる方法→おれ特有の意識を紛らわせる方法→プラモをつくる。


つまり、ひたすらプラモを作ればおkだよね?


「って、これも引きこもりじゃねーかッ!」


自分のノリツッコミに納得すると、まぁ取り敢えず今日の内はプラモを作るかとその場しのぎの案を可決するのであった。




ーーーーーーーーどうやら私は随分長いこと寝ていたらしい。


うさ耳の少女がデザインされた趣味の悪い時計をみると、


時計の針と思しきニンジンは15時を指していた。


そして、鏡で着衣が乱れていない事を確認するとようやく安心することができた。


心を落ち着けた私は、あのキチガイはどうしているのかと周囲を見渡す。


狭い部屋なので彼の姿はすぐに視界に捉えることができた。


前例がない程、醜悪な見た目のソイツはパソコンの前で突っ伏して寝ているようで、当分起きそうになかった。


あのクソニートが起きている時にシャワーを借りると覗かれる恐れがある。


それどころか私の裸体を映像として保存し、脅迫することだって


彼ならやりかねない。


誠に遺憾なことに、そう考えてしまった私は、変態の居ぬ間ににシャワーを浴びることにするのであった。


許可を取らないことは少々後ろめたかったが、私が把握する限り3日もシャワーを浴びていないのだ。この際しょうがない。


記憶を失った状態でも、なぜか着ていていた服を丁寧に畳む。


薄汚れているユニットバスは手狭であったが、文句を言えるような立場ではない。


温度調節に四苦八苦しながら、暖かいシャワーに打たれると今まで考えようとしてこなかった問題が次々と頭に浮かんだ、、、


問題は山積している。


その中でも自分が何者かわからないことが一番堪えた。




自分はなんのためにこんな姿になってまで存在してるのだろう?


考えれば考えるほど生にしがみ付く自分がバカらしくなる…


きっとあのクソニートもこんな気持ちで過ごしてきたのだろう。


不安で押しつぶされそうで………でも、どうにも出来なくて………


考えども、自身の存在理由はわからない。


ただ、彼を社会復帰させるために当面の間は頑張ろう。


それがこんな私を住まわせてくれた彼への恩返しであり、自身の存在理由にすればいい。


そう考えると、熱湯に打たれても変わらぬ寒さも少しは和らいだ。




ーーーーーーーはっと目が覚めると、昨日の少女はいなかった。


やっぱり夢だったのか。という安堵と、あの非現実的な存在の少女なら、アニメやマンガの世界のようにおれを外の世界に連れ出してくれる。


そんな他人任せの期待が外れてしまったという虚しさが同時に訪れた。


ーーーしかし、捉えてしまった。


明らかに自分以外の存在がこの家にいる証拠を。


僅かな衣擦れの音と、パソコンの起動音。


それが長年この部屋のBGMだった。


でも聞こえてしまったのだ。


艶かしい想像を掻き立てるシャワー音が………


ーーー「こんな生活耐えられへーーーん‼‼」


冷静に考えると、彼女が部屋にいる間は大好きなPCゲームも出来ないし、ネットで右手の恋人を新調することもできないのだ。


ーーーよし。兎にも角にも一人の時間が欲しい。


そのためには少女を外に出れるようにしないとな、、、


取り敢えず、今日のところはおれの部屋着を貸すとして、


あいつの服とか日用品をネットで買うか。


またもや眼前に広がる困難を放置することに決め込むと、慣れた手つきで情報の海を漂流するのだった。

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