フクロウになりたい君の秘密

@hayato

フクロウになりたい君の秘密

「自由に喋れるようになったのはいいけど、“両足で立つ”ってこんな感覚なのね? いつも寝転がってるだけだったし、そもそも私は他の子より発育が遅かったみたいだから…でもこれであなたが“まほうつかいさん”ってことはわかったわ」


先ほどまで赤ん坊だった女の子は、急速に成長し高校生くらいの年齢となった自分の姿が珍しいのか、喋りながら手をにぎったり開いたり。身体のあちこちを眺めながら、目の前にいる僕に向かって、やや上から目線でそう告げる。見違えるほど美しく成長した……とまではいかないが、愛嬌を感じられるその顔立ちに、“うまく生きていれば”きっとたくさんの愛情が注がれたに違いないと、勝手に想像を膨らませる。でもそんなことはあるわけがない。だって彼女はもう“死んでいる”のだ。


「うん? “魔法使いさん”って僕のことを呼んでくれるのかい? 僕は別に魔法が使えるわけではないけれど、その呼び名は気に入ったよ」

「まぁ、私としてはどっちでもいいんだけどね。……でも“願いをかなえてくれる”っていう話は本当でしょう?」

「それは嘘偽りないよ。さっき君に話した通り、君の願い事はかなえる価値があると思うから。でも本当にかなえてあげるかは、これからの説明次第だ。君はなんで、“フクロウになりたい”んだ?」


そう告げた一瞬。彼女は困惑の表情を見せたが、それもそうだろう。だって彼女はつい先ほどまで赤ん坊で、説明するという行為を一度もしたことがないのだ。それでもこちらに伝えようと、懸命に成長したばかりの脳みそを使って必死に考え込む姿に好印象を覚える。


「ごめん、成長した姿を見て勘違いを起こしてしまったね。君には説明が難しいだろうから、僕がひも解いてあげるとしよう」

「何よそれ……大体、ひも解くって言葉もわかんない」

「気を悪くしないでほしいな。でも言語の授業より、なぜ“フクロウになりたい”かの方が、今の君には重要だろう? 願いをかなえるためには手順が大切なんだ。でも本当になんでフクロウなんだい? もっとかわいい動物の方が、君の母君も喜ぶと思うけど?」

「……母さん、ずっと母さんの母さんに会いたがってたの。あいつがいない時、私を抱きしめながら『ママ、助けて。ママに会いたい』って。だから私はフクロウになって、母さんの魂を母さんの母さんの下へ届けてあげたいの。それが私に出来るたった一つのことだと思うから。まほうつかいさんだって知ってるでしょ? 母さんがどれだけつらい目にあっていたのか」


地上に生を受けてからまだ半年ばかりの魂は、本当に純粋で美しいものだと、思わずため息をこぼしそうになる。彼女だって、いや彼女こそつらい日々を送り、挙句の果てに命を落とす羽目にもなったというのに……どうして地上の世界は、こんなにも美しい魂を持つ彼女を殺すことができるのか。


「君たちの不遇は見てきたからね、わかるよ。そうか、だからフクロウか。いいだろう、この願いはかなえてあげる。とは言え、君がなりたいのはフクロウの中でもコノハズクのことだろう?」

「えっ? フクロウにも種類がたくさんあるの? よくわかんないけど、母さんはフクロウが描かれているものが好きだったみたい。だからフクロウにしたんだけど」

「コノハズクは愛知県の県鳥なんだ。君の母君は愛知県出身だからね、フクロウのモチーフを見ると愛着がわいたんじゃないかな」

「……私、ちゃんと母さんの母さんのところまで行けるかな?」

「大丈夫、フクロウにも帰巣本能があるからね。君をコノハズクに変える時、母君のご実家の場所をインプットしてあげるよ」

「うん、ありがとう」

「それではまた、いつか会おう。最期の願いがかなったら、君はまたすべてを忘れて輪廻転生に組み込まれる。次の生がどうなるかは……正直僕にも決められない。でも来世でいい生が受けられることを願っているよ」

「出来れば次もまた、母さんの子供だといいな……。じゃぁ私、もう飛び立たないと。さようなら、“かみさま”」







「“神さま”だからこそ、地上の世界には手が出せないからね。なんのための“神さま”なんだか……」


飛び立つ彼女と母親の魂を見送り、そう一人ごねる。神さま、なんて人々からは呼ばれているけれど、僕が人間に対して実際に出来ることと言えば、輪廻転生にある魂の管理と不憫な魂の願いをかなえてあげることぐらいなものだ。あとは観測者でしかない。


彼女は、実の父親からひどい虐待を受け死亡した赤ん坊の魂だった。母親は彼女を産む前からDV被害に遭っていたが、産後は「泣き声がうるさい」「しつけだ」などとのさばる父親から、親子ともどもさらにひどい暴力を一身に受けていた。そんなある日、あの日母親が決意を固めた時。満足に食事を与えられず衰弱を続ける彼女を見て、実家に戻ろうと荷造りをしているところに、運悪く父親が帰ってきた。そこからはひどいものだ。逆上した父親はまず彼女を殺した。そして次いで母親も……。


「“魔法使い”だなんて、言い得て妙だよね。やっぱりとても気に入ったよ」


せめて彼女が望んだとおり、来世でも母親と彼女の魂が共にあることを、まるで人間のように僕は願った。

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