フクロウと母
椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞
ダサいペンダントの秘密
西川つばさは、もうすぐこの土地を離れる。明日から社会人として独り立ちするのだ。
荷物はもう運び終えた。あとは、軽めに部屋着類を持って行くのみ。
「せや。あんたに渡すもんあるねやった」
そう言って、母は洋服ダンスをあさる。
「はいこれ、もうすぐ社会人やろ?」
母が渡してくれたのは、古びたペンダントだった。フクロウを象っている。純銀製で、目玉の部分には琥珀が使われていた。
「少しはオシャレせなな」
「これ、お母ちゃんが初任給で買った首飾りやん」
遡ること、二〇年ものである。やや前時代的だ。
それでも、母はこのペンダントを大事にしていた。
「アクセなんて自分で買うからええよ。蓄えならあるから、お金には不自由はしてへんさかい。気ぃ使わんで」
さりげなくお断りする。大事なものだからもらえない。
「ええから持っていき。これはな、お守りやねん」
「お守り?」
「せや。大変なときも、これをギューって握ってたら、なんかうまくいくねん」
母の言葉を、つばさは半信半疑で聞き流す。
初勤務の日を迎えた。
つばさはペンダントを首にかけて、出社。目立たないように、服の下にしまっている。
つばさの仕事は、家電製品のお客様お悩みセンターだ。
女性の課長から指示を受けて、インカムをつける。
つばさは早々に、やらかしてしまった。
電話先の声が聞き取れない。他の雑音が気になって、顧客のヘルプに集中できないでいた。
「どうした、西川?」
課長から、心配そうな声がかかる。
「交代しようか?」
「大丈夫です。すみません」
落ち着こうとするが、冷や汗が止まらない。
微妙な空気が、社内に流れた。
つばさは、洋服の下にかけていたペンダントに手をやる。
すると、なぜだか心が落ち着いた。
顧客が求めていることを、落ち着いて聞き出すことに成功したのである。
社食でコンビニパスタを急いでかき込む。
「西川、お疲れさま」
課長から声をかけられた。
課長は、天ぷらソバに七味を豪快に振りかける。これから声を出す仕事なのに。パンツスーツも様になっている。
自分もこんなカッコいい課長になれるだろうか。しかし、今の自分は未来を思い描いている場合ではない。現実に振り回されている。
「すいません、課長」
「いいって。困っていたみたいだけど、その後は調子よかったじゃないか」
課長は胸元をじっと見ていた。
同性なので視線は気にしていなかったが、りりしい顔立ちで見つめられると少し気恥ずかしい。
「そのペンダントは?」
フクロウのペンダントを見ていたのか。
つばさはリラックスしていたので、胸元を開いていたのである。なので、ペンダントが露出していた。
「お母……母がくれたんです。お守りだって」
田舎からこちらへ引っ越す際のことを話す。
「でもダサいでしょ? こんな一昔前のアクセなんて」
「いいお母さんじゃないか」
課長は、好意的な意見を返してくる。
「西川。フクロウってのは『不苦労』という縁起物なんだって。それをくれたお前のお母様は、きっとお前を心配してくれているはずだ。遠くにいても見守ってくれているだろう」
母のペンダントには、そんな優しい想いが込められていたのか。
「そうですか。ありがとうございます課長。今度、母に電話します」
帰宅後、さっそく母に電話を入れた。
「あんな、あのペンダント、さっそく御利益あったわ」
「せやろ? フクロウさん効果あったか。私も助けられたし」
「そうなん?」
「昔、ペンダントして合コン参加したら、一人だけ声かけてくれたんよ。お父ちゃんが」
なんともいじらしい御利益だ。
だからこそ、今の自分がここにいる。
(完)
フクロウと母 椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞 @meshitero2
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