第8話 LINEでハート使うのヤメロ。普通に勘違いする。
~ 君色 メモリー ~
電車に揺られ学校を目指す。――と言っても一駅なのだが……
本日は記念すべき高校の入学式。
中学の時はまだ知っている奴がいたため緊張などしなかったが、高校は違う。
全く新しい環境に入るという事に緊張しない奴などいないだろう。
おれも例に漏れずガッチガッチに緊張してしまっている……
高校が始まってからは自転車通学するつもりだが、今日限りは電車で通学する。
――といっても、ただ電車通学に憧れていただけというだけであり、特に深い理由はないのだが……
ふと覗いた車窓からは息を飲むほど満開の桜が咲き乱れている。
そして数分間美しい桜を眺めつつ揺られていると、高校の最寄駅へと到着した。
改札をくぐり、校門へと歩を進める――
その際には先ほど電車の中で見た桜並木を経由するわけであるが、おれは間近に見る桜の迫力に圧倒されていた……
学校まであと少し――というところで、一際美しい光景を目の当たりにすることになる。
校門の近くの桜の木の前で春風にたなびく桜の花びらを目で追っている少女というよりは女性というに近い外見の女の人がその大人っぽい雰囲気には不釣合な制服に身を包み、何をするわけでもなくたたずんでいた……
学校までの道のりは両親と思しき大人や友人を連れ立って歩いている人が大多数であり、一人だけということがより目を引いた。
桜の花びらと同様に春風にたなびくその長く、艷やかな黒髪はおれの目を釘付けにする。その桜をただ眺める少女の、洗練された美しさは非の打ち所が無く、まるで巨匠達の描く絵画のように完成されていた……
今日制服でこの場に来ているということは、おれと同様に入学式に来たということでほぼ間違いないだろう。ここで話しかけなければもう二度と会えないかもしれない。
そう考えたおれは意を決し、美しい女性に話しかけた――。
「おっお近づきになってくれませんかッ!?」
――かっ完全に飛ばし過ぎたー。間に挟むべき会話を4ターン位ぶっ飛ばしてしまった……志水蓮太郎一生の不覚……
そうおれが自責の念に追われているとアイツは恥ずかしそうでいて、尚かつ困ったようでもある笑顔で冴えないおれの顔を覗き込んできた――。
その今まで見たことがないような美しい笑顔におれは一目で恋に落ちてしまった。
――いわゆる一目惚れというやつである。
そしてその均整のとれた唇を開き「馬鹿な人……」そう短くつぶやき、颯爽とおれの前を横切っていった……
■□■
「蘭華ちゃんっ。 一緒に帰ろうよッ」
おれがそう声を掛けてもアイツは無言で席を立つ。
おれはそんなアイツについて行き、教室を後にする。蘭華が校門の前で待つ迎えの車に乗り込むまでの間おれは必死に話しかけるが全て無視される。
いつしかその不毛な行為が、おれの日課になっていた――。
アイツは学校で誰に話しかけられてもほとんど返答をしない。最初のうちはそれでも話しかける物好きな奴はいたが、一ヶ月も経つと返答もしないのに話しかけるような酔狂な奴はおれしかいなくなっていた……
そして一ヶ月も経てばなんとなくクラスのヤツの人となりも分かってくることだが、蘭華は眉目秀麗なうえに才色兼備だった。
アイツは最初の学力テストでほぼ満点でトップをとり、体育ではどんなスポーツをやらせても経験者並の力量でそつ無くこなした。
そんな常人離れした蘭華は周りから一歩距離を置かれ、女神として奉られていた。
それでもおれは一歩も距離をとることはなく、ろくな返事はないことはわかっていたが、めげずに何度も何度も話しかけた。
――だってさ、アイツ教室に一人でいる時に寂しそうな顔して外眺めているんだもん。
気になっている子だし、そりゃほっとけねぇよな……
そんな関係が続いたある日――。
おれたちの関係は急激に変わることとなる……
――おれと蘭華が出会ってから約七ヶ月が経ち、日の沈みも大分早くなった頃のことである。おれは授業中に本を読んでいたことがバレて、苦手な科学の宿題が山のように出された。最初はこれ以上先生に嫌われ成績を落とされたくなかったので真面目に取り組んでいた。
しかし「こんなんやってやれるかよ…… ばっくれちまえ」と三十分経っても一向に減る気配のないプリントの山を放置することに決めたのであった。
そんなおれは何気なく自室の窓から公園を眺めていると、その公園ではキャップを被り長い髪を束ね、ポニーテールにした女性が懸命に縄跳びをしていた。
――彼女は何度も縄に引っかかっては再び挑戦している。
もう冬も近いというのにベンチに置いたタオルで汗を拭っている。
そんな光景を見て、頑張っている人もいるんだなと思い、中断していた課題の続きに取り掛かることにした。
ようやく課題を終えたのはそれから二時間後であった。もう日は完全に暮れ、街灯はあるとはいえ外は大分暗くなっている。
流石にさっきの縄跳びしていた人はいないだろうと公園のほうに目を向けるとそこにはまだ必死に縄を飛ぶ女性がいたのであった……
「おいおい。 もう一週間も経つぞ……」
おれはあの日から公園で縄跳びをする女性を見るのが習慣になっていた。
なんだかあの女性が一生懸命に縄跳びをしているところを眺めているとこっちまで頑張ろうという気持ちになり勉強が捗るのだ。
一週間の間にその女性はかなり上達しており、難しい技に挑戦しても縄に引っかかる回数は少なくなっていたが、それでもまだ不満らしく一心不乱に練習していた。
おれはいつもその人の手が真っ赤に霜焼けしていることを気にかけていた……
そして、なんとなく気分で公園にある自販機で温かい飲み物を買って話しかけてみよう。そんな風に思い立ったのだ……
「思い立ったらすぐ行動ッ!」そんな幼馴染の言葉が思い浮かんだおれは、急いで支度を済ませると公園へ向かう……
厚着をして外に出るが、それでもまだ寒さは凌げていないようであり、体は小刻みに震えていた。吐き出す息は白く、外気の冷たさがうかがえる。
その時のおれはその人のおかげで勉強を頑張れていることへのちょっとしたお礼のつもりだった。
公園の自販機で数分悩み、無機質なボタンを押し購入したのはブラックコーヒーだった。好き嫌いもありそうだが、窓から眺めていたあの人に一番似合うのはこれだなって考え、少し頬が緩んだのは、傍から見たら変質者に見えたに違いない。
――暗闇の中、公園の明かりに照らされ縄を飛ぶ女性の姿はまるで、スポットライトに照らされているようであり、一つのショーを見ているかのような気分になる。女性が縄に引っかかり、ベンチに汗を拭いにくまでの数分間。おれはその姿をじっと見続けていた。本当はエールの一つでも送りたい気分であったが、如何せん初対面のためそれは実行に移せない。
数分後。彼女がようやく小休止をするようなので話しかけた――。
「いつもお疲れ様です。 これで手を温めてください。 悴んだ手では上手く縄跳びも飛べないと思うので」
そう言いつつ精一杯の笑顔で手に持った缶コーヒーを差し出す。
突然の背後からの声に彼女は一瞬驚いたみたいだが、差し出された缶を素直に受け取ってくれた。
キャップを目深にかぶっていたために表情は窺いしれないが、少なくとも変質者とは思われてないらしい。好意的とも取れる高めのトーンで「ありがとうございます。 ブラックコーヒー好きなんですよ。 それにいつも家に帰ると霜焼けで手が痒くって大変なんですよね」とその熱を確かめるように缶を何度も握り治している。
そんな彼女に「実は家から公園が見えまして、あなたの頑張っている姿を見て僕も頑張ろうという元気を貰ってたんですよ。 おかげで勉強が捗りました。 今日はそのお礼といったところでしょうか」と缶コーヒーを買った理由を説明する。
照れているのを誤魔化すように頭をかきつつ彼女を見る――。
そしてその視線が丁度おれの顔色を伺っていた彼女の目線とぶつかる……
………………………………
……………………
………………
…………
「「あーーーーーーーッ!!!!!!!」」
目線が合いしばしの沈黙の後、明らかに近所迷惑にあったであろう大声を二人同時にあげた。
「らっ蘭華ちゃんだよな……?」
「いいえ。違いますわ。 人違いじゃありま――」
彼女が言い終わる前におれはキャップの鍔に手を掛け、彼女の頭から外した……
そこには耳まで真っ赤にした蘭華がいた。
――気まずい空気が薄暗い公園いっぱいに広がる……
最初に口を開いたのは蘭華であった。
「このことは誰にも言わないで……」その一言は悲壮感に満ちており、いつもの強気な蘭華の面影はそこには無かった。
「……」
いつもとは百八十度違う蘭華に思わず声を失う。
「なっ何が望みなのよ……」
「…………別に何もねぇよ。蘭華ちゃんが望むなら言うつもりもないし……」
おれは歯切れの悪い声でそう言った。
再び公園に沈黙と気まずさが押し寄せてくる……
耐え難い重圧に、おれは言葉を紡ぐことが出来なかった……
一方蘭華は俯き、なにやら思案しているようであり、
「そうよね。 そうよね……」と小さく呟いている。
すると突然意を決したように、こちらにいつもの絶対零度の視線をぶつけてきた。
そしてありえない提案をする――。
「あんたッ! 私と付き合いなさいッ!」
――そこには先刻までのしおらしい蘭華ではなく、いつもの自信に満ち溢れ、前を見つめる蘭華がいた。
いつもの調子に戻った蘭華のおかげでハッと我に返ったおれは
「はぁー? なんでいきなりそんなこと言い出すんだよ。 こっちとしては美味しい話だけどさ。 蘭華ちゃんにはなんのメリットもないよね? そんなことしなくても蘭華ちゃんの秘密は守るから。 それに蘭華ちゃんにはちゃんとおれのこと好きになってもらってから付き合いたいからさ……」
と胸に抱える思いをぶつける――。
「そんなのあんたのことが信用できないから決まってるでしょ。 私の弱みを握ってどんな無理難題を強いるか想像するのも恐ろしいわ。 だったらあんたの望みでもある私と付き合うということを実現し私の管理下に置き、もしあんたが私の事を揺すってきたらあんたのあることない悪行を白日の下に晒し、あんたの評価を地に落としてやるわ」
そう言う蘭華の顔は、一目ぼれしたあの時のように恥ずかしそうでいて、それでいてどこか困ったような笑顔だった。
――完全に惚れた弱みというやつだろう。
数秒後には蘭華の馬鹿げた提案を承諾していた……
小さく頷くおれに対し満足げな蘭華はいつもの高圧的な態度で「じゃあ誓って」と強要してきた。
「はー? 何に誓えって言うんだよ? 今日の綺麗なお月様に誓えばいいのか?」
「そんなの神様に誓うに決まってるじゃないッ。
『夜毎形を変える月ではなく、私の信じる貴方自身に誓ってください』
なんてジュリエットみたいな事は言うわけないじゃない」
「いいーじゃん月で漱石はアイラブユーを日本語訳するときに『月が綺麗ですね』って訳したんだぞ」
「それくらい私も知ってるわよッ。
でも私は漱石よりもジュリエットの考え方のが好きなの。
『夜毎形を変える月ではなく、私の信じるあなた自身に誓ってください』
ってやつ。……ってかそれじゃまるで私があんたに惚れてるみたいじゃないッ
じゃなくて私があんたに誓ってもらいたいのは性悪説を信じているからよ」
「性悪説?」
「性悪説っての人は放っておくと悪いほうへと流れる性質があるから、懺悔や神に誓うことによって自分を戒めるというキリスト教を中心に欧米で信じられている考え方よ。 あんたは正に性悪っぽいでしょ? それにキリスト教で結婚するときも神に誓うじゃない。 あれは神様に誓わないと浮気したり悪い方に流れてしまうから神様に誓うのよ。流石のあんたでもここまで丁寧に説明すれば私がどうして誓って欲しいのか理解できたわよね?」
「まーな。 でもおれは誓わないぜ」
「っだから!あんたねー……」
おれは蘭華が何か言いかけているのを遮った。
「おれは神に誓うんじゃなくておれの信じる蘭華ちゃんに誓うよ。 おれ、志水蓮太郎は流屋敷蘭華を生涯を通して信じ続け、絶対に裏切らない事をここに宣言しますッ!」
「……どうせなら『一生幸せにするぜ』くらいのこと誓ってみなさいよ」
顔を真っ赤にしてアイツは笑う。
頬が赤いのは寒さのせいだけじゃない事は明らかだ。
と、そう勝手に思い込んでいた訳でありました……
○ ○
そんなこんなで蘭華とおれは付き合ったけだ。おれは美桜ねぇに蘭華を紹介し、あいつらは友だちになった。
高校の頃の美桜ねぇと言えば校庭掃除の時にミステリーサークルを形成したり、スーパーに売っている卵も温めると孵化すると信じてたりとか、オリンピックのタイ記録の事を昔の偉いタイ人打ち立てた記録だと勘違いしてたりとか、校舎裏の竹林に生えている筍をアルコールランプで炙って食べたりと小学生並みの行動をとっていたいたため、蘭華は案外親しみ易い人だということが学園中に知れ渡ることとなり、いつも一人で昼食をとっていた蘭華の周りはいつも沢山の人が笑っているようになっていた……
そしていつの間にかアイツは寂しそうに窓の外を眺めることも無くなった。
おれは日に日に明るくなっていく蘭華を見ておれたちはずっとこのままの関係で入れると信じていたんだ……
――そうあの別れの日が来るまでは……
――「そんなことがあったのか……」おれの回想を聞き涼は短く言った。
「あぁ。 そんで結局二年位付き合ったんだけど、最終的にはフラれたよ……」
おれは昔のことを思い出し、完全にテンションがガタ落ちしている。
そんなおれに「それで別れた理由はなんだったんだ?」と涼は続きを促す。
「もう高校も終わりだから私たちの関係も終わりだってさ……」
あの日のことは今でも鮮明に覚えている……おれたちが付き合うことになった思い出の公園で蘭華にそう告げられられたのだ。蘭華は今と変わらず毒舌であったが、それでもおれの事を認めてくれていると思っていた……
バレンタインデーの時には手作りのクッキーを焼いてくれたし、おれの誕生日も祝ってくれた。それに基本的には無愛想なのだが、たまには笑顔も見せてくれた。
おれと居る時は楽しんでいてくれているもんだと思っていたんだ……
「そう別れを切り出されてお前はなんて言ったんだ?」
「勿論別れたくないって言ったさ…… それになんで別れなくちゃいけないのかちゃんとした理由も聞き出そうとしたよ……」
おれはそう言うと半分ほどまでに減った日本酒に口を付ける。
「でもアイツはおれがそう言っても蘭華はもう付き合っている理由が無くなるから別れるの一点張りでさ…… おれのことが嫌いになったのかって聞いたら逃げるように公園から出て行ったよ」
でもおれには高校生活最後に見た蘭華の横顔は何処か寂しそうにしているように見えたんだ……まるで付き合う前に窓の外を見ていた時のように……
「で、現在に至るって訳だ。 それにアイツはおれと別れて直ぐにどっかのお坊ちゃんと付き合いだしたみたいだな…… おれの高校の時の友達が映画館の前で話しているのを見かけたって言ってたよ……」
そんなおれに涼は優しい言葉を掛ける訳でもなく、無言で一升瓶を差し出す……
「あーあ…… 柄にもなくしんみりしちまったねぇかよ。
さて飲むぞー。お前も付き合えよな。 別にお前を励まそうってわけじゃねぇからな。 お前がそんな辛気臭い顔しているとこっちまでテンション下がるからだぞ」
そう言うと、ぐいっと日本酒を飲み、再びおれに一升瓶を差し出してくる。
そして言葉とは裏腹におれを気遣うかのようにごくごくと喉を鳴らし酒を飲んでくれた。口下手な涼はおれになんて言葉をかければいいのか分からないのだろう。
だがその心遣いが嬉しかった……
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