短編

ぶゃ

ナロー・テンプレ・スクール~厨学二年生vsテロリスト~

「今からおそらく殺し合いが始まります」

「は?」


 ある学校の一年生達が中学二年に上がった新学期、あるクラスで若い男教師が放った第一声がそれだった。

 どこかの小説やコミックで聞いたような台詞に対して、生徒達のリアクションは目を点にする者、わずかに眉を寄せただけの者、隣の席と内緒話を始める者と様々だったが、中村一郎(14)のリアクションは、呆気にとられた声を出す事くらいであった。


「せんせー」

「ハイ、君は、ええと――東郷 とうごう 銃男 がんまんくん」


 教師は名簿を確認しながら声の主を指した。銃男と書いてガンマン、と読むらしい。

 パンチの効いたキラキラネームに、一郎は名も知らぬ彼の両親へと、キ○ガイかよ、と辛辣な感想を抱いた。

 真っ先に挙手をしたキラキラネームの少年は、クラス全体が抱いているであろう感想を質問に変えていた。


「殺し合いって俺の聞き間違いなんですかね?」

「いえ、合ってますね」

「文字通りの意味にとって良いんですか」

「もちろん」

「わかりました」


 有り得ない物分かりの良さを発揮して着席する銃男を見て、こいつ頭おかしい、と思ったのは一郎だけでは無いようで、クラスメート達も何か不気味な物を見るような視線を銃男に向けている。

 それを期に、他の生徒からも挙手と質問が教師へと殺到した。


「まぁまぁ、一人ずつ、ね。ハイ、光乃 こうの 騎士 ないとくん」


 再び現れたキラキラネームに、もしかして変なのは自分の名前なのか、と言う妙な疑念を一郎は覚える。


「先生は今自分が何を仰ってるのか自覚していますか」

「はい?」

「殺し合いとかおかしいですって」

「と言われてもねえ」


 この教師の反応も少しおかしい。

 どうすれば自分の事が受け入れられるか悩んでいる新米教師、としか思えない仕草が、殺し合い、と言う単語の所為で、生徒達には胡散臭いものとしか感じられない。


「まあ、とにかくウソではありません。今からおよそ3分程度で戦闘が始まりますので、皆さんの健闘を祈ります。あ、自己紹介を忘れてました」


 たった二人で質疑応答を打ち切り、なげやりな態度で自己紹介を始めた教師。

 彼は素知らぬ顔で黒板に『新田 にった 信吾 しんご』と名前を書き出しているが、クラスは混乱の渦中にあった。

 男子も女子も、お互いクラスが変わって初顔合わせだと言うのに、こんな訳のわからぬ事を担任が言い出したらそれは当然であろうが、何より中学校の教室に似合わぬ殺し合い、戦闘と言う言葉がそれを助長していた。


「おい、あの先生大丈夫かよ」

「ちょっと変わったセンセーだけど、こんな酷い冗談言うタイプには見えないよねぇ」

「こんな所にいられるか、俺は家に帰るぞ」


 様々な感想が飛び交う中、何となく看過できないと判断した一郎は、動じていない何人かから誰かに話題を振ろうとした。

 まずは一切動じていなかった東郷銃男だ。


「東郷くん――だっけ? 俺、中村一郎ってんだけどさって何してんのキミ」

「……」


 東郷は通学に使っている学校指定のバッグから何やら黒光りするパーツを取りだしていた。

 それを机の上に広げ、ガチャガチャと組みたてている。


「背後に立つな」

「何これ、銃身みたいのが見えるんだけど」

「M16だ」

「ちょっと何言ってるのかわかんないですね――モデルガン? 普段持ち歩いてんの?」

「……」


 話にならない。

 寡黙なタチなのだろうかと一郎はあれこれ話しかけてみるが、答えはほとんど沈黙。

 得られた情報は彼がよくわからない物を組み立てている事と、背後に立たれるのがイヤらしいと言う事のみ。

 ダメだ、他に動じてなさそうな奴はいないのか。

 一郎がそこまで考えた所で、教室のざわめきが消えて行く。

 新田と言う教師の言う3分まで、あと十数秒を残すのみになっていた。

 律儀に時間を見ていた生徒がいるらしい。


「あと10秒」


 誰が言ったのかはわからない。

 もしかしたら一郎自身かもしれない。

 9、8、7、6、5、4、3、2、


「――1、」


 誰の声かもわからぬカウント、それがゼロ秒に達した瞬間だった。

 このクラスの教室は二階にある。

 その窓ガラスが破砕音と共にぶち破られた。


「オワッッッッ」

「キャア!」


 窓際にいた生徒はたまった物では無い。

 フィルムが張ってあったおかげで破片に傷つけられる事は避けられたが、その後が問題だ。

 窓ガラスをブチ破ったのは黒いベストを着こなし、バラクラバを被った異様な集団だったのだ。

 人数、およそ20名。その手には――


「お、オイ、こいつら鉄砲持ってんぞ」


 生徒の誰かが、阿呆が見ても分かるような事を言うと、怪しげな集団の一人が叫んだ。


「FREEEEEEZ!!」


 強面の外国人のような銅羅声であった。


「何これ。エロリストって奴か」

(テロリストだよ……)

「何だ今の声!?」


 一郎のボケに対して、クラスメイトのツッコミが直接脳内に……!!


(僕は蝶野 ちょうの 宇力 うりき……エスパーでありサイキッカーだよ)

「すげえ!」


 この言葉は一郎が一人で叫んでいるようにしか見えない為、テロリスト・クラスメイトの双方から怪訝な眼差しが向けられる。

 そんなやり取りの途中であった。タン、と言う軽い破裂音と共に、光乃騎士の脳天が吹き飛んだ。


「え」


 呆気に取られる生徒一同。

 当然のように訪れる、恐慌。


「うわっ、うわあああ! ほああああん!!」

「この学校は我々が乗っ取った! 全員壁に手をついておとなしくしろ!」


 テロリストの乗っ取り宣言など誰も聞いていない。

 いきなり級友が撃ち殺された事態に対して、ほとんどの生徒は実写化に失敗した映画の主人公のような悲鳴をあげて泣き喚くばかりであったし、一郎もその例外ではない。

 中にはついに動転して、右手に「やめろオーガ、俺は殺したくないんだ」と呟き始める者も出る始末であった。

 その中で最初に泣き叫ぶ以外の行動を起こした者がいた。

 一郎が話しかけた東郷と言う少年である。突如彼は教室ドアから外へと飛び出した。


「動くなと言ったはずだ!」


 バラクラバの集団から何人かが分かれ、東郷を追いかけて行く。

 一郎が「オイオイオイ死ぬわアイツ」と思った通りかどうかは知らないが、数秒後、離れた所からの銃声が届いた。

 哀れ東郷はテロリストの餌食になったのだ、とクラスメイト達はそう思ったに違いないし、テロリストも同様であった。

 しかし追いかけていったテロリスト達は戻って来ない。

 それを訝しんだテロリストの一人が廊下に顔を出した瞬間、先ほどの光乃騎士と言う少年に与えた報いを受けるが如く、その頭から脳漿やら血液やらが噴出した。

 外国人らしさを持った大きな体がどうと前のめりに倒れこみ、血の池を形成する。

 驚いたのはテロリスト一同だ。


「オイ! 貴様様子を見ろ!」


 このまま自分たちで確かめるよりも生徒に確認させた方が安全と判断したらしく、一郎は襟首を掴まれ、廊下に押し出された。

 彼が見た光景は、廊下の曲がり角から顔を覗かせている東郷と、その手に収まっている、先ほどはモデルガンと判断したM16とか言うライフルであった。


「何か見えるか? 言わなければ殺す」

「ええと、クラスメートが鉄砲構えてます」

「バカな!」


 それを聞いたバラクラバのうち一人が再び廊下へ顔を出したが、先ほどのテロリストと同じ末路を辿った。


「そう言えば聞いた事があるわ」


 ヤケに神妙な顔でクラスメイトの一人が声をあげる。

 生徒もテロリストも何故かその声に聞き入った。


「自己紹介が遅れたわね。私は じょう 報子 ほうこ。普段は情報を売ってお小遣いにしてる」


 悠長に自己紹介まで交えているのに何も言われないのは、その内容に聞くべき物があると判断されたのだろうか。

 テロリストがアゴをしゃくって続きを促した。


「彼――東郷銃男は、元々紛争地帯で育った日本人で、幼い頃から軍人である親と一緒に殺し屋をしていたと言う」


 そんなバカな事があるか、と言うか親が外国の軍人で殺し屋と言う話が無茶すぎて、一郎はツッコむ事すらできなかった。

 しかし、報子は周囲の反応に頓着せずに続きを語り出す。


「キルスコアは公式に記された物だけでも100を軽く超える。これが空軍ならエースどころじゃないわね」


 彼女の話はいかにも適当と言うか雑と言うか、余りの恐怖で発狂したとしか思えない内容だが、不可思議な説得力を伴っていた。

 テロリスト達もそう感じたか、彼らは方針の転換を図る。

 一団の中から二人を選出し教室の入り口と出口に置き、一応の守りとする。

 そして再び教室内の生徒に向かい合い、銃をつきつけた。


「これから我々はこの学校を制圧する。貴様らが余計なマネをすると、こいつのように――」


 そう言って脳天をブチ抜かれた光乃騎士を指し示そうとすると、異変が起きていた。

 彼の死体が消えている。

 血溜まりはそのまま残っているから、これは不可解としか言い様が無い。


「何だ? 死体を隠したのは誰――」


 そこまで言うと唐突に血溜まりのある辺りに――その空間としか言いようが無いが、そこに光が集い始め、そこから何かが突き出された。

 突き出された物は鋼の輝きを持っている。剣だ。ロング・ソードと言われるような直剣だ。

 続いて、剣の持ち主が姿を現す。


「バカな――貴様は、ぎゃっ!!」


 慌てて銃を構えたテロリストの顔面に再びその剣が突き刺さった。

 剣の持ち主は先ほど無残に殺されたはずの、光乃騎士当人だった。


「あー、やっと戻ってこれた。って何で時間が経ってない?」


 ただし、彼はまるで中世風ファンタジーで見るような鎧を着込み、背後からはさらに杖を持った同い年くらいの少女が現れる。


「ここがナイト様の故郷……ナイト様が転生する前の……」


 そう言って熱っぽい視線を騎士に向け、騎士も同じように慈しむような視線を少女に向ける。


「ああ、ここが僕の故郷で、通っていた学校さ。まずはクラスメートを助けないと」


 そして今度は先ほど少女に向けたのとは真逆と言って良い、闘志に満ちた視線をテロリスト達へ送った。

 訳が判らないのはテロリスト一味だ。

 殺したはずの少年が再び蘇って戻ってきた。しかも殺す前とは雰囲気が一変している。

 まるで激戦を潜り抜けた猛者みたいな威風堂々とした姿に、テロリストは勿論、クラスメートですら困惑を隠せない。


「僕は異世界で転生して帰ってきた! 安心してくれ!」


 狂人みたいな事を叫ぶと、舞うように剣を振り回し始めた。

 彼についていた少女も何やらブツブツと念仏のような言葉を唱え始め、場は騒然となり、乱闘が始まった。


「プロテクション・ガードナイズ!」


 騎士が何か言葉を叫ぶと、光のオーラのような物が彼や生徒の体を被い、銃撃を跳ね返す。


「なにい!!」

「フォイアー・バニングス!!」


 続いて少女の言葉が『解放』されると、テロリストの一人に火柱が発生し、その体を焼き尽くす。

 そんなアホな、と一郎が身を伏せ、とばっちりを避けていると、


(チャンスだ!)


 再び一郎の脳内に声が響き渡る。おそらく、先ほどの超能力が使えるとか言う、蝶野とか言うクラスメートであろう。

 何がチャンスなのかは、一郎には伝わらなかったが、蝶野は掌を思い切り捻る様な動作を行った。


「曲がれ!」


 騎士に銃撃を加えていたテロリストの一人の腕が、ボキリとイヤな音を立てて直角に曲がった。

 本来曲がって良い場所では無い。間接が一つ増えたテロリストは、悲鳴を上げながら折れた腕を抱えてのた打ち回った。

 良く判らないが、クラスメートが攻勢に転じ始めた。

 そもそも14歳の少年少女が攻勢に出られるという事がおかしいのだが、ともかく攻勢である事に間違いは無い。

  乱闘の中からは「ステータスの振り分けが間に合わねぇ!」などと叫びが聞こえたりとか、美少女を召還して「あなたが私のマスターね!」とボーイ・ミーツ・ガールをやらかしている者もいるし、突如湧いて出てきた五、六人の美男子に護衛されてご満悦の女子もいる。

 戦況悪し、と考えた一部のテロリストは乱闘に混じっていない生徒を確保し、人質にしようとする賢明な者もいた。

 だが、その生徒すらも、


「やめろ! やめてくれえええ!!」


 右手に向かって何かをブツブツ呟いていた生徒が、突然そいつの体をパンチでブチ抜いた。

 その右手――否、右腕は怪物のようにいびつな物へと変化している。


「やめろオーガ! これ以上殺すな!」


 支離滅裂な事を叫びながらその右腕でテロリストをなぎ倒していく生徒。


「守護霊! 頼むぜぇ!」


 ヤンキーみたいな大柄な女子が、自らの背後にいるヒトガタの何かを使役し、連続でパンチを打ち込んで行く。


「貴様らにそんな玩具は必要無い」


 光の剣のような物を携えた生徒が、次々とテロリストの首を狩って行く。


「藤見南雲の名において命ずる! 出でよ龍牙!!」


 糸目の男子生徒が何かを呼び出すと、光の龍みたいな物が現れ、ビームのようにテロリストを貫く。


「皆ここに隠れろ! このダンジョンは私が作った! 安全だ!」


 教室に突如発生した、異空間へ繋がる階段に避難誘導を開始する生徒もいる。


(なんじゃこれ)


 一郎は唖然としながら状況を見守るしか無かった。

 ツッコミはもはや機能していない。

 控えめに言って無茶苦茶だ。しっちゃかめっちゃかになっている教室の中には明らかに宙に浮いているクラスメートがいる。

 そのクラスメートは、腰溜めに構えた掌からエネルギー波のような物を撃ちだしていた。

 まるで何とかボールのグミ撃ちみたいだ、と呑気な事を一郎が考えていると、その姿を見て与し易しと取ったか、テロリストの一人が再び人質作戦を完遂させようと、コンバットナイフを片手に一郎の方へ向かってきた。


「おいおい」


 一郎は焦りながらも地面を踏む。

 これは見る者が見たら中国拳法の「震脚」に近い物だと理解できるはずだ。

 その一歩で爆発的な推進力を生み出し、一気に遠間から飛び込むと、テロリストは面食らったような表情を――バラクラバを被っているから目元しか判らないが――見せて、ブレーキをかけた。

 しかし立ち止まっても一手遅かった。一郎は先ほどの「一歩」で蓄勁を済ませていたし、後はどこから発勁を行うかだけなのだ。

 一番やり易いのは当然拳。懐まで飛び込んだ一郎が発拳を行うと、それは相手の顔面に直撃し、一瞬で意識を彼方へと連れ去る。

 彼の背後から迫っていたテロリストもいたが、おそらく東郷の物であろう狙撃による破裂音が再び発生し、その行動を無へと帰した。

 窓から見える校庭では、クラスメートの誰かが呼んだのであろう巨大ロボット、怪物達が事の成り行きを見守っている。

 そうして一息ついた一郎は、まだ続いている乱闘をぬーぼーと見つめてから一人ごちた。


「こいつら普通じゃねえ」


 ああ、自分を普通だと思っているのか、この少年は。

 それは余りにも今更で、人の事が言えない発言であった。

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短編 ぶゃ @buyaruyu

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