春と秋しかない世界

流星光

第1話 いわゆる 転生


青い空。


体を起こす。


ここは、どこだ……。


ここ一カ月ほど、ほとんど病院のベッドに寝たきりだったもんだから、上手く起き上がれない……かと思ったら、背中がふわりと固い地面から浮いた。


ここ、どこ?


草原に、俺は、大の字になって横たわっていたらしい。

あちこちに色とりどりの花。

小鳥のさえずり。

土と草のにおい。

田舎のにおいだ。


吸い込むと、ムッとするけど、田舎のにおい、悪くない。

自然のなかに、俺はいる。


都会生まれ、マンション育ち、塾、受験、大学。

そして就活中に、がん発見。

ステージ4。


田舎のにおいは、小学校四年の時の芋ほり体験遠足でかいだ。


そうか。

ここ、あの世か。

俺、死んだのだ。

死ぬ前は、苦しかった。

ずっと病院のベッド。

だけどもう、苦痛はない。

最高だ。

死んだけど、最高の気分。

病室じゃ「ご臨終です」とか医者が宣言して、

親とか兄貴とか姉ちゃんとか、みんな泣いてるんだろうな。

俺としては、俺のことは早く忘れて、次に進んでほしいんだが。

俺の遺影を抱きしめて、泣いたりとか、やめてくれよ頼むから。


ま、いいや。

そんなこと、本当にどうでもいい。

俺は俺で、次へ進もう。

さて…と、いま俺が置かれている立場なのだが、

天国に行く、前の段階なのかな。

とにかく、臨死体験した人が、よく言う、

お花畑、草原、光とか、ここは、そんな感じの場所だ。


ちょっと立ち上がってみるか。


おお、足腰も頑健な感じ。

何でも来いって感じだ。


「あの……」


誰?


「いっすか?」


足元から声、聞こえたな。

え、誰?


「ちょと、いっすか?」


聞こえたな、声。ぜったい。


「…はい」


返事してみる。


「転生したって、知ってます?」

「え?」


「転生…って、知ってます?」

「てんせい?」


「あのぅ…、あなたね、もといた世界で死んで、そんで、この世界にポーンと飛んできて、生まれ変わったっつーか……」


生まれ変わったのね。

はー、なるほどね。


てんせいって、なんだろ。

てんせい……てんせい……。

ん?

輪廻転生?

あ、なるほどね。

輪廻転生ね。その転生、ね。


「生まれ変わり!転生!」

「そそ」


ていうか、声、誰。

声聞こえるけど、姿が見えないんだけど。


「あ、ワタシここです」


俺の足元に、ハムスターみたいな毛むくじゃらが、くりくり動いてる。

しゃがんで、じっと見てみる。

「あ、ども」

毛むくじゃら、くりくり動くと、俺の頭の中で声がする。


じっと見続ける。

「あ……あの」

くりくり。


「あ、ちょっと……」

くりくり。


「あ、はじめまして。えと…」

くりくり。


どうも、人間の習性なのか、

小動物を見ると、かなり上から目線になってしまう。

立場が上だと感じてしまう。

いや、猫だって、階段の上のほうにいるヤツは、

下のほうにいるヤツを見下してるって聞いたことがある。

高い位置にいる存在は、低い位置のやつを見下す傾向にある。

それが自然のルールに近いのではないか?


だけど、こいつは会話ができるらしい。

何か聞いてみるか?

有用な情報をくれるかもしれない。


「あ、どーもこんにちわ。はじめまして。よろしくです」


下に見ているせいか、緊張感のかけらもない挨拶を、俺はした。

人見知りでコミュ障な俺でも、じっと相手を凝視して、

すらすら言葉が出てきた。


え……と。


あれ、俺の名前、何だっけ。


頭の中で、白いもやが発生していた。


俺は、自分が生きていた時の記憶が、とてつもない早さで消えてなくなっていくのを感じた。

全身の毛穴から、汗がどっと出た。


待ってくれ。


待て……。

だけど、どやって止めたらいいの。

俺の脳みその中で、すごい勢いで何かが進行しているんだけども……。

止めようとする俺を放っておいて、記憶が消えいく。

きれいな水に、青いインクを一滴垂らした時みたいに。


すうっと、ものすごい速さで、それは終わった。


俺は、ただただ、そこにいた。

もう、何も、わからない。単なる阿呆として、ここに立っているのだった。



「あの、どうなってるんでしょう」


俺は、小さな毛玉みたいな生物に助けを求めた。


くりくり。

「あの、何か知ってることがあったら、教えてもらえませんか」


もはや下には見ていなかった。

とりあえず、こいつにいろいろ教えてもらおう。

「お願いします!」

俺は、謎の生き物に、ぺこりと頭を下げた。

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