強欲老当主の成金密室・解決編

 旭日は、一階ホールに到着すると、関係者一同を見渡し、おもむろに語りはじめた。

「金成氏を殺害した犯人の目星がつきました」 

 開口一番放たれたその言葉に、一同は騒然とする。

「まず、別館正門の監視カメラの映像から、金成氏を殺害する機会のあった容疑者は、事件の前日から当日にかけて、別館に宿泊した四名に絞られています。

筋力太郎さん、寺師法善さん、酒巣飛男さん……それから、メイドの明堂愛理さん」

 旭日がそう言うと、名指しを受けた容疑者たちは、お互いに視線を絡み合わせた。

「事件の第一発見者は明堂さんでした。明堂さんは、いつもの朝食の時間になっても起きてこない金成氏を起こす為に、当主室を訪ねた。しかし、大扉をノックしても一向に返事がないことから心配になり、預けられている合鍵で鍵を開け、当主室に入った。室内には大金庫から出したものと思われる大量の紙幣が散乱しており、金成氏が大金庫の扉に凭れ掛かるようにして倒れていた。金成氏の意識の有無を確認しようと金成氏を揺すった時、金成氏のズボンのポケットからは、当主室と大金庫の鍵を含む鍵束が転がり落ちた……ここまで、間違いありませんか」

「はい」

 と、明堂は頷く。

「明堂さんの証言を信じるなら、事件当時、室内は密室だったことになります。明堂さんの証言を信じないなら、明堂さんは虚偽の証言をしており、室内は密室でも何でもなかったことになります。ですが、明堂さんが犯人でも、他の誰かと共犯関係にあったとしても、虚偽の証言までして、現場を密室に仕立て上げる利点は何もない。つまり、明堂さんの証言は信じるに足ると考えていいでしょう」

 室内は静かな沈黙に包まれていた。その沈黙を肯定と受け取り、旭日は話を先に進める。

「こうなると、当然、何故室内が密室だったのか……という疑問が出てきます。結論としては、犯人は故意に室内を密室にしたわけではない。犯人の取った行動の結果として、現場は『密室になってしまった』のです」

 言葉の意味がわからないのか、皆一様に、不思議そうな表情で旭日を見た。そんな中、砂鹿だけが満足気に首を縦に動かしている。


「犯人の行動を順を追って説明しましょう。犯人は、金成氏を何らかの凶器を用いて撲殺。その直後、明堂さんが当主室の扉をノックしたのです。このままでは捕まってしまう……犯人は焦りました。ここで、何故犯人は大金庫の中身を、棚板まで含めて外に出したか……が重要になってきます。そう、犯人は咄嗟に、金庫の中身を室内にばら撒いて『大金庫の中に隠れた』のです!」

 旭日は語気を強めた。そして、一気に畳み掛ける。

「ここで問題になってくるのが、大金庫の内寸です。幅88センチ、奥行き44センチ、高さ159センチ……身長の高い、筋力さん、寺師さんは、棚板を外したところで、そもそも大金庫の中に隠れることができない。つまり犯人は、容疑者の中で、ただ一人、大金庫の中に隠れることが出来た人物……身長140センチと小柄な、ファンタジック・テント団長、酒巣飛夫さん! あなただ!」

 旭日はビシッという効果音が聞こえてきそうな動作で、酒巣を指差した。と、酒巣は大慌てで否定する。

「け、刑事さん! そんな馬鹿な推理はありません! 私は金成さんを殺していない! 大金庫に隠れたなんて、事実無根のデタラメです……!」

「往生際が悪い! 言い訳は署で聞かせてもらいましょう」

 刑事たちが酒巣の身柄を確保しようと取り囲んだ、その時――砂鹿が、旭日の肩を叩いた。

「旭日警部補……真相がわかった、と言って、結論がこれですか。正直言って、警部補の推理力には失望しました」

 砂鹿は芝居がかった仕草で、がっくりと項垂れてみせる。

「警部補に華を持たせてあげたかったですが、こうなっては仕方がない。警部補に代わって、この名探偵、砂鹿宝一が、事件の真相をお話ししましょう」

 砂鹿はよく通る声でそう宣言して、一同に相対した。

「先ず最初に言っておかなければなりませんが、警部補の推理は大間違いです。酒巣さんは、犯人ではありません」

「どういうことだ……? 俺の推理のどこが間違っていると言うんだ、酒巣が犯人でなければ誰が犯人だと言うんだ……!」

 旭日はわけがわからず、頭を振る。

「警部補の推理は『犯人が大金庫に隠れた』という仮定から間違っています。実際は『犯人は大金庫に隠れられなかった』のですからね」

「隠れられなかった……?」


「明堂さんの証言を思い出して下さい。彼女の証言によれば『被害者は閉じた大金庫の扉に、上半身を預けるような形で倒れて』いました。もし仮に、酒巣さんが警部補の推理通り、大金庫の中に隠れたとしましょう。酒巣さんは大金庫の中に入って扉を閉めた後、どうやって被害者を扉に寄りかからせたのでしょうね」

「あ……!」

 旭日は自らの過ちに気付いて、絶句する。

「大金庫の中もまた、被害者の死体で封じられた、小さな密室だったのですよ」

 筋力も、寺師も、酒巣も……誰一人として、大金庫に隠れることなどできなかったのである。

「しかし、そうすると、推理が白紙に戻ってしまうぞ……! 何故、室内は密室だったんだ? 何故、室内に大金庫の中身がぶち撒けられていたんだ?」

「まあまあ、落ち着いてください。順番に明らかにしていきましょう。実は、旭日警部補の推理は途中まで正解でした。犯人が金成さんを撲殺した直後に、明堂さんが当主室の扉をノックして、犯人が焦った……というくだりまで、ですね。ですが、そこからの犯人の行動が違います。犯人は、大金庫の中に隠れたのではなく、部屋の入口の、大扉の影に身を潜めたのです。そして、明堂さんが、部屋中に散乱する紙幣と金成氏の死体に気を取られている隙を見計らって、当主室から脱出した」

「そ、そんな単純なトリックだったと言うのか……大量の紙幣は、メイドの注意を引いて、室内からの脱出を容易にする為の囮だったわけだな……いや、待てよ、それなら逆に、誰にでも犯行が可能になってしまうぞ、犯人が一人に絞れない」

「いいえ、犯人は一人に絞れます。そもそも、警部補は、今の自分の推理、おかしいと思いませんでしたか?」

「な、何がだ……」

「犯人の立場になったつもりで考えてみてください。明堂さんの注意を引くのは、金成さんの死体があれば十分ですよね。目の前には自分が撲殺した死体が転がっていて、いつ部屋に踏み込まれるかわからないという緊迫した状況下で、明堂さんの注意を引く為だけに、大金庫の中身を全て室内にばら撒くなどという面倒な作業をするでしょうか? 大金庫の中身をばら撒くという行為には、相応の理由があると考えるのが自然です」

「相応の、理由?」

「犯人はね、凶器を隠したかったんですよ」


「ま、まるで意味がわからんぞ!? 犯人は大扉の影に身を潜めて、メイドの隙を見て脱出したのだろう? 何の為に凶器を金庫の中に隠す? そのまま手に持って出ればいいだけじゃないか……!」

「警部補は、まだ気付かないのですか? 犯人は凶器を大金庫の中に隠し、死体で蓋をしました。そして、明堂さんが当主室から立ち去ったのを確認してから、回収したのです」

「なんでまた、そんな七面倒臭い真似を……」

「理由は二つあります。一つは、凶器がそのまま、犯人を示す手がかりになるので、現場に放置しておくわけにはいかなかったから。もう一つは、凶器を持って部屋を脱出することが難しかったから、です」

「一つめはわかる。例えば、現場から血痕の付着した鉄アレイが見付かるようなことがあれば、筋力が疑われる、というような話だろう。しかし、凶器を持って、部屋を脱出することが難しかったというのは……」

 旭日は、ロダンの『考える人』のようなポーズで固まってしまった。見かねた砂鹿が助け舟を出す。

「警部補は、こっそり部屋から出たい時、どうします?」

「そりゃ、抜き足、差し足、忍び足で、気取られないよう、静かに部屋を出る――」

 そこまで言ってようやく、旭日も事件の真相に辿り着く。


「その通り。犯人が凶器を持ったまま当主室を脱出できなかったのは『音で気付かれるから』です。犯人を示す動かぬ証拠になり、尚且つ、動かす度に音を立てる凶器……該当する物は、一つを於いて他にありませんよね」


 ――明堂が別館に入ってすぐ、法衣を着て、錫杖を持った僧侶が現れた。法衣は金のラメが入った豪奢なもので、錫杖にも鈴やら何やらごてごてとした装飾がついている――


「犯人は、錫杖で金成さんを撲殺したのです。そうですね、寺師法善さん」

 その場にいる全員の視線が一斉に、寺師へと向けられる。

「な、何の証拠があって……最初から最後まで、都合のいい妄想ではないか!」

 寺師は茹でダコのように顔を赤くして激高した。床に叩きつけられた錫杖が派手な音を立てる。

「私の推理が真実なのか妄想なのか知るのは簡単です。寺師さんがお持ちの錫杖のルミノール反応を調べるだけでいい。そもそもが、怒りに任せた衝動的な犯行。あなたも、逃げ切れるとは思っていないのではないですか?」

「ぐ、ぐぐぐ……」

 寺師は観念したのか、その場に膝をついた。その両脇を、刑事たちが固める。

 その後、寺師法善は、警察署で全ての犯行を認めた。こうして、金成錦司殺害事件は、一夜の内に解決したのであった。



強欲老当主の成金密室  了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る