第十六話 ダンジョンですから


 見張りが帰ってきては次の人。

 それの繰り返しを続けて一時間半。

 周囲が暗く染まり、木々がざわめきだす。

 焚き火の火がより一層明るさを持ち始めた頃だった。


「---------!?」


 遠くの方から叫び声らしいものが木々の間を縫い、キャンプ地に言葉ではなく音として伝わる。

 キャンプ地の空気感が一転すると同時。


「即座に周囲の見張りを集合! 見張りメンバーの確認とミユウにすぐに情報伝達を!あと、そこで寝ていりゃはるデカブツを叩き起こしておれ!」


 声だけ残すかのように一瞬にして森の木々の中へと消えていった白仙に呆然と二秒ほど、フェルムを含めた数名が固まる。

 状況の緊張感によりその呆然とした一瞬も打ち払い、叫び声の聞こえてきた方とは別の三か所へ走り出す。

 いくら木々に囲まれたとはいえ、見張りをしていた位置というのはそう遠くない。

 つまりは木々によって言葉でなくなったのではなく、最初から断末魔のような声を出していた。

 誰もが冷えた頭の中でそう考えだす。


「なんだって!? それはまずいことになった。急いで声のした方に行こう、いくら白仙さんでも土地が悪い」


 フェルムによって情報が伝播し、ミユウに伝わったのは白仙が指示を出してから六分後のことだった。

 アルギの率いている部隊において、ダンジョンにもぐりこんだ際の掟がある。

 その一つ「ダンジョン内で危険に見舞われた場合、もって五分」と。


「まずいぞ。いくら一分以内に白仙さんが着いていたとしても・・・」

「そんなこと考えてる暇あるならもっと速く走れないの!?」


 その時間を過ぎていることにミユウがとらわれている様子に共に走っていたフェルムが突っ込む。

 そう言われるのも仕方がないほどにミユウの足は遅かった。

 仲間を一人失っているかもしれない。という不安がミユウの脳裏をよぎる。と同時にミユウの顔が青ざめる。


「過去と現在はイコールではない。幾度となく言ったぞ、ミユウ」

「え?」


 その言葉は記憶の中で一人にしか言われたことがない。

 すぐ横を走っていたのは赤色の良く似合う、リーダーオーラがあふれ出すいつものアルギの姿があった。


「ア、アルギさん!?」

「いやなに。俺もとらわれがちだったのを先ほど理解してな、似たような奴がいれば手を貸すのが俺らだ。もし、事態が最悪だとしても。その最悪を最後まで最悪にするのは違うんじゃないかい?」


 そのアルギの言葉と問いに、ミユウはその場では答えることはなかった。

 その様子にアルギはまた一言付け加えて先に走っていった。


「・・・っ!」


 俯いていた顔を上げた先には赤い闘志を宿し、一つ上の存在となったアルギの走る姿が目に映り、ミユウは歯を食いしばり、今の気持ちとは別の気持ちを上塗りにし、足に一段と力を籠めその上の存在を追いかけだした。




 到着時にはもはや遅れともいえた。

 目の前にいるのは大きな影。

 すぐ横の木には背中を強く打ち付けたのか口から血を垂らし、吹き出したと思われる血の飛び散りも見える見張りをしていた兵士の姿。


「もう一人はどこにおる・・・」


 見張りは各方向に二人ずつ配置していた。

 瀕死の彼とともにいたはずのもう一人がどこにも見当たらない上に、明かりが絶望的に薄い。

 月明かりだけがこの場を照らしている。

 ましてやその月明かりも木々に遮られ、面としては届いていない。


「どうやらこれは・・・。アウェーかのう。まずは目の前のやつをやらんことには始まらん!」


 影でしかその姿を捉えれない円柱状のうねる体に地を蹴り、勢いよく紫雲を引き抜きながら近づく。

 ゼロ距離。


「ごふっ!」


 横腹に鈍い音と鈍痛が伝わる。

 内臓への衝撃は少ないものの打撃という痛みは、人間であれば再起不能並の威力。


「大蛇・・・。なるほどの、この木々の間にうまく体を通しておるのじゃな・・・」


 敵の正体は大きな蛇。そして先ほどの横腹への打撃は木々の間から出現した体の一部を叩きつけてきていたのである。

 ゆっくりと体を起こした白仙は今一度、紫雲を構えなおし、影でしかとらえられない巨体へガンを付ける。

 そして、左足を半歩下げる。


「はっ!」


 左足に力を込め、一気に前へ出て大蛇に切りかかる。

 真横から繰り出される胴体による打撃をコンマという時の間、抜き出した青雲で切り払って回避。


「?!」


 しかしそれにも想定外が発生する。

 いくら白仙の二番目の刀である青雲といえどその切れ味は尋常ではないはず。

 切り払った胴体は真っ二つになるはずが切り傷。それも浅めのものしか与えることができていなかったのである。


「くっ。まずいの・・・」


 焦りが顔にも出始めた。

 このまま、攻撃が与えられたとしてもそのダメージは雀の涙程度となることは安易に想像できた。

 それでも少しでもダメージを与えるに越したことはない。その思いで紫雲を横に振り払う。


「あ、浅い・・・。じゃと?」


 予想とは裏腹に胴体以上に顔の下部分は固く、傷もつけれずにかすり傷しか与えることができなかった。

 それと同時に真横から先ほど切り傷を与えたはずの胴体がまた空中に浮いている体に勢いよく打ち付けてくる。


「・・・っ!」


 人間であれば致死。神であってもそれなり。

 立ち上がろうにも力が入らない。

 恐怖ではない、単純に二度の攻撃で体自体に支障が出始めたのである。


「まずい!」


 目の前にはやっと月明かりが入り、顔の全貌が明らかとなった大蛇の姿。

 シャーシャーとなる下の出し入れが目の前で行われている。

 体すべてが麻酔をかけられたように動かない。刀を持つ手にも段々と力が入らなくなってくる。


「切れ・・・ない」


 もはや刀を振る力さえも無くなっていた。

 初めて白仙はある思いがはっきりと表れる。焦り。長い髪が汗を吸い、肌に纏わりつく。

 絶体絶命的状況。


「不運・・・。許すまじ、じゃ」



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