翻れ

@nakamichiko

第1話大臣と釣り


 連日の朝、昼のワイドショーはこのことで持ちきりだった。だが日を重ねるにつれ、彼の味方がどんどんと増えていっているのは明らかだった。


「あのフィッシングベストから靴まで、すべて国産なんですよ。しかもどちらかと言うと小さなメーカーで、中には良いものを作りながらも倒産寸前のような会社もあったそうで、このことで完全に回復しているそうです。海外からの注文も来ているらしいですが、それに答えるだけの数ができないので現時点では断らざるを得ないとか」


コメンテーターの発言は事実だったので、一層彼に対する賞賛は増えてゆくばかりだった。だが本人は


「これからが本番ですから、もうこのことに対する取材はお断りします」とあっさりしたものだった。「事を起こした張本人だろうに」と取材陣は思ったが、確かにこれからが腕の見せ所、きっと簡単にはいかないだろうと誰もが予想していた。


 日本というこの国が存在し続ける以上、この組閣写真は永遠に語り継がれるものであるのは間違いない。そう、その写真の大臣の一人が、帽子は脱いでくれと言われたから素直にそうしたが、全身釣り師の格好をしていた。

「環境大臣! 冗談かね! 」任命した総理大臣はあっけにとられて笑うしかなかったので、他の者がそう言った。

「自分のこれからの使命です。在来種を守り、外来種の駆除をやるための決意です。タキシードだけが正装ではないでしょう? 私にとっての正装はこれで、これこそがここにいる理由のすべてです。それに、世の中には一度もタキシードを着ないまま人生を終える人だっていますよ」

 取材陣の手前、喧嘩も不用意な発言もできないため、そのまま写真を撮った。


「さすが! さすが! 」

そう言ったのは全国の釣り師たちだった。釣り好きで彼を知らない人間はもぐりといわれるほど、この世界では有名だった。ルアーからまわりまわってテンカラ(日本のルアー)まで、海、川、湖、管理釣り場まで、魚のいるところすべては彼のフィールドだった。しかし外来種の問題をどうするかということに対しては、彼自身答えは出せずにいた。


「協力してくれないか」


という総理大臣の言葉は最初冗談だと思ったが、そうではないとわかった時から、この事に対して、結論を出さねばならなかった。


「在来種の保護」と「外来種の駆逐」はほとんど同意義だが、魚好きの自分としては、外来種を見殺しにすることもできなかった。それをしない方法を模索しながら進めるという姿勢を自分は打ち立てて、この仕事に望むとにした。

「みんな、お願いします! 」

出る釣り番組すべてで国民に協力を要請して、細かな情報を集め始めると、瞬く間に仕事の山ができた。


「国費で釣りとは暢気なものだ」


という言葉は遠くで言っても聞こえる。何故なら彼は釣り師だから、耳は澄ますのだ。小魚のはねる音、それに食いつく音、音を立てずに近寄ることもできるから、悪口も近くで聞くことができる。


「でも大臣の仕事が始まったらフィールドに出れないなあ・・・」

そんなことをすれば政敵に餌を撒くようなものだ。


「まあ、餌に食いつく魚を釣ってきたからこれも運命かな」と自嘲したが、

「若い人間に任せるさ、さあ、俺の選んだ釣り師たち! 頼むぞ! フィールドテスターじゃなくて稼げるんだから、うれしいだろう? 俺もやりたいなあ、誰か大臣の仕事代わってくれないかな」


さてさて、選ばれた三度の飯よりも釣りの好きな人間たちはどんな風なのか、

皆様乞うご期待。




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