第111話 閑静な広場に喚声が響く

「あんな狭い中じゃ戦いにくくって仕方ないわ。それにこの格好だとね」

 そういいながら、服を脱ぎたそうなシュトレーセを制止する。

「ちょっと待った。頼むから脱がないでくれ。それから絶対あの姿になるなよ」

「つまんないの」


「まあそう言わず、次の果音の応援しようぜ」

「仕方ないわね。でも、心配しなくてもヤマザキの勝ちよ」

「なぜ分かるんだ?」

 ティルミットの治療を受けているカハッド、次いで果音の様子を伺う。全身を弛緩させて体の後ろに手をつき足をブラブラさせながら空を見上げていた。こうしているととても戦士には見えない。


「だって、ヤマダが見てるもん」

「そりゃ、いつもの事だろ」

「いつもはね、ヤマダの事を心配しながら戦ってるから、全力で戦えてないと思うわ」


「そうなのか?」

 申し訳ない気持ちで一杯になる。やっぱり俺は果音の負担にしかなってないのじゃないだろうか。そう考えていると背中をドンと力いっぱい叩かれる。優しい笑みを浮かべるシュトレーセと目が合った。

「そんな顔をしないの。気遣う相手がいるってことはね。幸せなことなんだから」


 治療を終えたカハッドが立ち上がる。同時に周囲から大歓声があがった。果音も座っていた椅子からぴょこんと立ち上がる。大きく伸びをすると俺達の方を振り返って手を振った。

「さあ、笑って。ヤマダ」

 シュトレーセに急かされ、俺は出来る限りの笑顔を作って手を振り返した。


 試合が始まると果音は猛然と突進し、しならせた脚でカハッドの顔に回し蹴りを放つ。さっきティルミットが同じ行動をしてカハッドに受け止められていたのに、と思う間もなく、その左足が急停止して地面にタンと落とされるとガラ空きになった脇腹に右足で膝蹴りを叩きこんだ。


 守ろうとした腕は間に合わず、果音の腰が回転し、捻りの入った膝がしたたかに脇腹に食い込んでカハッドは横転する。追い打ちをかけるかと思ったが果音は距離を取った。カハッドは立ち上がるが少し苦しそうだ。果音は近づくとパッと体を沈ませて低い回し蹴りで足を払う。再度の横転に果音は再び距離を取った。


 そして、果音は心持ち足を開いて立つと微動だにしなくなる。カハッドが仕掛けてきても軽くいなすか、横に回って避けるだけでまともに打ち合おうとはしない。数発に1回フェイントを放ってカハッドに疲労を蓄積させる。しばらくその流れが続き、ついにカハッドが捨て身で組みにかかりその手が果音の手首をとらえた。


 その瞬間、果音は自らも下がりながらフッと膝を落として体を横向きにしながら掴まれた方の腕を大きく振り、反対の手を相手の腰に添えて投げ飛ばす。カハッドは空中で姿勢を立て直すが着地すると同時に青旗があがる。その足が大きく枠線をはみ出していた。シュトレーセが片眼をつぶる。

「ほらね。私の言ったとおりでしょ」


 カハッドは屈託なさげに大きく笑うと果音に歩み寄り右手を差し出して握手をした。

「私の完敗だ。最初の膝蹴りで勝負がついたな。あのように組み立てられては手も足も出ん」

「アタシは2番手だからね。有利なのは間違いないさ」


 周囲から大歓声があがる。割れんばかりの拍手が響き渡り、シュターツ王も椅子から立ち上がって手を大きく叩いていた。興奮が観客に行きわたったところを見計らうようにナルフェン公爵が王の後ろに立ち両手を上げた。

「諸君。我らにはこれだけの勇士が味方についているのだ。勇士に負けないよう全力を尽くしてガーファの町を救おうではないか!」


「おおー」

「うおぉー」

 歓声と叫び声が周囲を圧する。

「では今日の所は早めに休み、明日の朝より進撃を開始する。千年王国に栄光あれ」


 その声に合わせてシュターツ王がスラリと腰の剣を抜き天を差した。再び巻き起こる大歓声。戻ってきた果音が肩をすくめる。

「別に八百長でもなんでもないけど、これは士気向上のためのショーだったんだな」

「不満かい?」


「そんな風に見えるかい?」

「いや。満足してるように見える」

「ああ。まあまあ楽しかったかな。一応、カハッドも真剣にアタシを倒しにきてたしね。偉い人の思惑は別にすれば悪くは無かったな」


「何度か倒れたのに追撃しなかったのは組まれるのを警戒してたんだろ?」

「そりゃ力勝負になったら分が悪いからね。わざわざ待ち構えてるところに行くこたあないさ。まあ、いざとなれば関節極めるつもりではあったけどね」

「最後の投げ技も?」


「ああ。わざと腕を捻って掴ませて手首関節極めながら投げたのさ。体重移動しながら重心も落としたのでウエイト差もカバーできたかな」

 果音は別に自慢するようでもなく淡々と語る。

「それにさ。シュトレーセが随分痛めつけてたからね」


「私はそれほど痛めつけたつもりはないけど」

 澄ましてシュトレーセは言いながら果音と腕を組んだ。周囲の観客たちは畏敬の目を向けながら道をあける。果音が振り返ると言った。

「さあ、行こうぜ」

 そう言って伸ばす果音の手を俺はしっかりと掴んだ。

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