第112話 不可視の護りごときで臆病風ふかしてんじゃねえ
翌朝、王国軍の主力1万が進発する。昨夜のデモンストレーションのお陰というわけでもないのだろうが士気は高かった。冬の弱い朝日を浴びて金属が鈍く光り、興奮した人の発する匂いが満ちていた。俺達も一緒に出ようと思っていたのだが、シュターツ王から残るように言われ近衛隊に混じってゆっくりと主力の後ろを進む。
昼頃にかなり前方で光が炸裂しドーンという音が響いた。
「どうやら始まったようじゃの。敵もなかなか動きが早い」
「どういうことだ?」
「このまま我らに押し込まれては敵は2正面作戦を強いられるじゃろ。包囲を解いてこちらに全力で当たることにしたのじゃな」
「ガーファの守備隊が出てきたら同じだろ?」
「守備隊は城壁を頼りに防戦するので手一杯じゃ。外に出てくる余裕はないじゃろ。罠かもしれないと疑うだろうしな」
「勝てるかな?」
「こちらは疲労の無い新手じゃから有利と言いたいところではあるがのう」
「嫌な含みを持たせるなよ」
「同時に戦いに慣れていないとも言えるからな。戦いは頭の中で考えるようにはいかぬ。経験から体得するところが大きいものじゃ。こちらが勝ってるうちはいいが一たび退勢になると押し込まれるやもしれん」
しかし、ティルミットの心配をよそに味方は有利に戦いを進めていた。主力はどんどんと敵陣に攻め込み、一気に片を付けるために温存しておいた近衛隊の大多数も追撃戦に加わる。モンスターや敵兵の遺体が散らばる中を王国軍の中枢部も進んで行った。
「この調子なら今日中に決着がつきそうだな」
「もう少し押し込めばガーファの守備隊も我らのことに気づき参戦するだろう」
近衛隊の中から楽観論の声があがる。みな明るい表情で自分たちがほぼ勝ったと思っていることは明らかだった。
「おかしい」
ティルミットが訝し気な声を出す。
「どうしたんだ? もうすぐこちらの勝ちが確定だろ?」
「敵が弱すぎる。仮にもドロイゼン砦を落とすだけの力があるにも関わらず、これほどの速さで後退するとは……しまった」
うっかり軍師ティルミットはシュターツ王を取り囲む一団を見渡し、ナルフェン公爵を見つけると大声で呼びかける。
「ナルフェン公。急ぎ近衛隊を戻すのじゃ。これは敵の罠かもしれん」
その声に公爵が反応してシュルシュルと空に光が上がり派手なピンクの色彩を振りまく。本陣危急の合図だ。そして、その場の様子が一変した。
「ヤマダ! 敵だ!」
シュトレーセが叫ぶと戦斧を何もないはずの空間に向かってブンと振る。ぐしゃという音と共に何もない空間から勢いよく血しぶきがほとばしった。シュトレーセは続けざまに戦斧を振るう。その度に空中に血しぶきの滝ができた。
気づくと果音も杖を振るって見えない何かと打ち合っている。キンという高い音が響いた。くそ、見えない敵の待ち伏せか。シュトレーセは臭いを頼りに戦っているようだが、血の匂いが充満してしまったら分からなくなるだろう。果音は気配を頼りに打ち合っているのか。果音の杖が伸び、何かをとらえた鈍い音が響く。
サーティスは弓を手放すと両手で空中に何かを描くように動かした。
「マジック・ツイスター」
何かのエネルギーが充満する感じがして突如目の前に10数人の漆黒の服を身に着けた一団が現れる。
「ちっ。術が破られたぞ」
姿を現してしまうとシュトレーセと果音の敵ではなかった。あっという間に殲滅される。俺に肉薄していた3人には矢が刺さり地面に倒れた。ふぃ、サーティス助かったぜ。そこへ後ろで悲鳴があがる。シュターツ王を囲む兵士達の数人が倒れており、その顔色がどす黒く変色していた。パニックになりかけて浮足立っている。
「サーティス。あっちも解けるか?」
サーティスはまた弓を手放すと呪文を唱えて不可視の護りを打ち破る。どうやら待ち伏せしていた連中の剣技はそれほどでもないようで、姿を現してからは兵士たちも問題なく倒していた。ほっとしたのも束の間悲痛な声があがる。
「父上!」
倒れている一人にイーワル男爵が取りすがっていた。パタパタとティルミットが駆け寄り呪文を唱え始める。そちらに気をとられていた俺に果音が叫んだ。
「山田っ!」
振り返ると50メートルほど離れた場所にぼんやりと何かが現れ始めていた。
少しずつモザイクが解けていくようにして現れたのは密集した射手の群れが3部隊。それぞれが20メートルぐらいずつ離れた場所で弓を引き絞っている。まだ、向こう側が透けているような状態だが実体化したら窮地に陥ることは間違いなかった。シュターツ王の側の魔法士隊が詠唱を始めているがその表情を見る限り間に合いそうにない。
果音は一度きりのロケットスタートを使うべきか逡巡していた。ちきしょう。今度はまとめて狙撃手を転移かよ。射手の集団2つはシュターツ王を狙い、残り1つは……俺を狙っていた! 果音もそのことに気づいたのか地面を蹴るべく身構える。
「まて果音。俺がやる」
俺は果音を止めるとワンドを握りなおして、3つの集団に等分に意識を注いだ。数が多いがやるっきゃねえ。
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