第109話 避難を非難

「私の許可を得ずに部下を避難させるなど言語同断っ!」

 陰険な顔をした細身のおっさんが吠えていた。ブリー侯爵とかいう名前で盛んに唾を飛ばしながら俺の行動を咎めている。カーマの村の領主でもあり、ナルフェン公爵の政敵でもある。


 朝っぱらからストレートな告白のようなものを受けた後に糾問の呼び出しを受けて来てみればこんな感じだった。果音もついてきたがったが、ティルミットが止めて代わりについて来ている。この王国の制度や仕組みに詳しい人間の方がこの場での戦いに役に立つだろうとの判断だ。


 果音はふくれっ面をするかと思ったら意外と大人しく留守番をしていることに納得した。

「山田がそう言うならアタシは大人しくしておくさ。まあ、殴り合いで決着つけるってなったらすぐ呼んでくれよな」


「で、これってマズイ行為なのか?」

 おっさんの弾劾演説が続く中、俺はティルミットに囁きかける。

「まあ、越権行為ではあるのう。損害を賠償する必要はあるかもしれんな」

「だけど、なんで俺の責任なんだ。逃げた村人を保護しただけだろ」


「そうなるとのう。村を死守しろという命令に違反した兵士や村長たちがどうなると思う?」

「やっぱ、処刑とか」

「うむ。ぐちゃぐちゃのべちょべちょじゃ」

 

 俺達のヒソヒソ話を見たブリー侯爵が一段と声を張り上げる。

「ということで、ヤマダ伯には我が損害を賠償して頂こう」

 おっさんはとんでもない金額を口にした。ゼロが一杯、とてもじゃないが払えそうもない。


「何か意見があれば聞こう」

 ナルサス尊師が俺達に問いかける。

「すいません。ちょっと待ってください」

 俺はティルミットに相談する。


「なあ、俺達が助けなかったら村は無くなってただろ。そう主張するのは無理なのか?」

「そこは平行線じゃろうな。まあ、相手も元の村の価値全額を吹っかけてきているからな。そこを減額するのはできるかの」


「で、俺に払えるのか?」

「お主の持つ現金だけでは足りんじゃろうから、お前が一人で払おうとすると領地の割譲は必要になるじゃろうなあ」

 俺はキャロルさんの顔を思い浮かべる。

「あんな強欲な奴に渡すと碌な目にあいそうに無いんだけど」

「まあ、そうじゃろな」


「じゃあ、どうすんだよ?」

「金を調達すれば良かろう」

「ナルフェン公爵は前線視察中で連絡が取れないし、誰がそんな大金用意してくれるんだ? 貴族が借金するのも体面の問題があると言っていただろう?」

「聞きたいか?」

 ティルミットはニヤリと笑う。えー。そりゃヤバくない?


 俺はナルサス尊師に向き直る。

「ブリー候の仰る金額は村が襲われる前の価格かと存じますが、そういう認識でよろしいですか?」

 ブリー侯爵は尊大に頷く。


「貴殿の存在などなくとも我が村はきちんと防衛できたのだ。それを邪魔したのだから元の価値で判断するのは当然だろう」

 ブリー侯爵は減額交渉かと思っているのだろう渋ってみせる。新参者の俺に現金が無いことが分かっていて足元を見ているのは明らかだった。


「生き延びた村人や兵士相当額を引かれていないということは、村の買取の要求という解釈でよろしいでしょうか? そういうことでしたら取引に応じましょう」

「なんだと?!」

「ブリー候の要求通りにカーマの村を買い取ろうと言うだけですが」


 意外な展開にブリー侯爵は黙り込んでしまう。

「戦場ゆえ、支払いは後ほどとしたいところですが、それでは納得されますまい。今すぐに用意させましょう」

 俺はさらに追い打ちをかけた。


「そういえば、ブリー候の部下にオットーという男がおられますな」

「私はたくさんの部下がいるんだ。一人ひとりのことまで覚えておられん」

「左様ですか。直筆の命令書まで渡す部下なのにご存じないとはおかしいですね」

「それがどうしたというのだ」

 威丈高に振舞っていたが目が泳いでいた。


「いえ。此度の戦いのどさくさに乗じて、私の殺害を命じられていたようなのでね」

「馬鹿な。そんなはずはない」

「オットーという男、なかなかに強かなようですな。ブリー候の焼き捨てよ、との命令に反して命令書を取っておいたようで」


「う、嘘だ」

 俺は懐から羊皮紙を取り出して見せる。

「そういう大事な任務を託すには少々難のある人物だったようです。我が手の者に懸想した挙句、私を人質にして脅しましてね。今頃はあの世で後悔してるでしょうが、死ぬ前にこの命令のことを話すことで命乞いをしましたよ」


 何かの罠だ、と喚きながら拘束されてブリー侯爵が出て行った後に残された俺達にナルサス尊師が聞いてくる。

「なぜ先にカーマの村を買い取ろうと言ったのかね?」

「そうしなければ、損害を賠償したくない為の作り話と思われるでしょう? それにこの話とあの話は別ですから」


「ふむ。しかし、こうなると明日までに金額は用意していただかなければならなくなる。貴公に支払えますかな?」

「それはなんとかご用意しましょう」

「立ち入ったことをお聞きするが、貴公はどこにそれだけの大金をお持ちだ?」

「ちょっとそれは明かしかねます」

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