第106話 床が不愉快

 シュトレーセとティルミットがそれぞれの格好で寛いでいる控えの間に俺達は戻ってくる。サーティスだけは姿勢を崩していない。

「早かったわね」

「なんじゃ、仰々しい割にはすぐに済んだの」

 

 果音はさっきと打って変わってご機嫌だった。預けておいた杖を俺が受け取り渡してやる。

「じゃあ、さっさといつもの館に戻ろうぜ」

 さっきまで王様に噛みつきそうな勢いだったのにおかしな奴だ。俺も館に戻って寛ぐことには異論がない。


 戻って見ると豪勢な料理が用意されていた。酒もある。王様からの有難い差し入れという事だった。体を拭いてさっぱりしてから頂戴する。

「ところで、さっきの用はなんじゃったんじゃ?」

「良く分からねえ。王様にここまで来たのは我儘と思うかと聞かれた」

「それでなんと答えたのじゃ?」

「その通りって」


「ふふ。お主らしいの」

「そうか? だってさあ、危ねえだろ」

「不興を買うとは思わないのか?」

「まあ、なんだろな。あいつは王にしちゃ悪くない。だから自分の為に嘘を言おうとは思わんな」


「悪くないってのはアタシも同感だね。見直したよ。山田の性格とかちゃんと分かってんじゃん」

「さあ、どうだろな。ただ……」

「ただ、なんじゃ?」

 俺は器の飲み物をぐいっと空ける。

「あいつが俺に求めているのは、家臣じゃない何かなんだと思う。友達とも違うなあ。何と言えばいいんだろ」


「良く分からんの」

「なんつーかさ。子供のときに親には素直になれないけど、妙に心を開いちまう相手っていなかったか? なんか自分に無いものがあってさ、変に憧れたりして。ほら、たまに会う親戚のおじさんとか」

「やっぱり、分からん」


「まあ、山田はいい年をして子供っぽいところがあるからな。おい、酒はそれくらいにしておけ」

 果音がぱっと手を伸ばして酒の容器を取り上げた。

「いいじゃないか。たまには酒ぐらい飲ましてくれよ」


 果音は聞こえないふりをして、給仕にきた女性に酒の容器を渡してしまう。俺は恨めしそうな目で酒の容器を目で追いかけた。そういや、イーワル男爵と飲む約束してたけど、戦場にまでは秘蔵の酒を持ってきてないだろうなあ。やっぱり奥さんに自由に飲ましてもらえないのだろうか。お互い大変だよな。


 ティルミットが欠伸をすると立ち上がる。

「さて、我はもう寝るとするか」

「じゃあ、アタシも。おい、山田。隠れて飲むんじゃないぞ。それなりに出血してるんだ。酔いが回り過ぎてぶっ倒れてもしらないからな」

 果音は俺の左肩をぎゅっと掴んでから階段を登って去って行った。


 シュトレーセはのんびり食べている。背中に視線を感じて振り返るとサーティスが俺のことを見ていた。もう視線があっても顔を背けたりせず、恥じらいを浮かべた表情で上目遣いに見てくるだけ。もともと中性的な顔立ちだけにそういう仕草をされるとちょっとやばい。


「俺も疲れたし寝るよ。じゃあな」

 俺に合わせて立ち上がろうとするサーティスをシュトレーセが捕まえた。

「どこに行くのよ? 一人じゃつまらないから相手しなさい」

 シュトレーセが俺に向かってウインクをする。


 グッジョブだぜ、シュトレーセ、と思いながら階段を登る。2階の廊下は古いからなのか歩くとみしりと鳴った。うるさくしないように気を付けて歩くが少しは音がしてしまう。文句を言われるかもな、と思いながら自分の部屋に向かって歩いているとバッと扉が開いた。


 薄暗い部屋の中からにゅーっと手が伸びてくると俺の手を引っ張って部屋の中に引きずりこむ。うるさくしたのを詫びようとした口を柔らかいものが塞いだ。そして、ぎゅーっと力強く抱きしめてくる。しばらく、そのままの姿勢で身を任す。


「ちょっと酒臭いな。だから、酒はほどほどにしておけと言っただろ」

「そういう意味だと思わなくてさ」

「カンの鈍い奴だな」

 果音が俺の体の一部に手を伸ばす。俺の体に電流が走った。


「まあ、飲みすぎってわけじゃないみたいだな」

 ろうそくの明かりを受けて果音の瞳がキラリと輝く。

「きゅ、急にどういう風の吹き回しなんだよ?」

「我ながら浅ましいとは思うけど、他人に狙われてると思ったら急に欲しくなった」


「なんだよ、そりゃ」

「嘘だよ。まあ、嘘じゃないか。理由なんてどうでもいいだろ。アタシは欲しい。山田は欲しくないのかい?」

「そんなわけないことぐらい、さっきから分かってるくせに」

 果音の指が添えられた場所がガチガチだった。


「だったら、ここで何をモジモジしてんだ?」

「だって、この館は結構な年代物だろ。物音が筒抜けじゃないか」

「それでおめおめと引き下がるんだ?」

 唇が触れるか触れないかのキス。そのまま首筋にすーっと軽い感触が走る。ぞくぞくした。


 熱を帯びた囁き声が俺の耳をくすぐる。

「さてと。アタシも山田をからかう余裕が無くなってきたよ。いい事を教えてやる。この部屋にろうそくが灯ってるだろ。あれは静寂の灯って言う品だってさ。照らす範囲の音を外に漏らさないと言ってたな。ちなみに1時間ぐらいしか持たないそうだぜ」


「なんか、さっきは出血が多いんだから気を付けろ、とか言って無かったっけ? 激しい運動も控えた方がいいと思うんだけど」

「それで控えるのか?」

「もちろん無理」

 俺は果音を渾身の力で抱え上げるとベッドに運んだ。

 

 


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