第91話 こんな試練を考えた奴の気がしれん(参)

「やっぱり筋肉は正義だぜ」

「そうよねえ」

「……」

 そんなことを言いながら、部屋を出るとまた通路は直角に左に曲がっていた。


 シュトレーセが流し目をする。

「ねえ、山田。今夜はアレしてね」

「うーん。どうかなあ」

 俺は果音の方をチラリと見るが、果音は先頭をスタスタ歩いており、俺の視線に気づかない。


「ちょっと力出しすぎちゃったし、久しぶりにブラッシングして欲しいんだけど」

「まだ、試練は終わってないし、無事終わったら考えるよ」

「そうだったわね。ヤマザキのがまだ残ってたわ」

 その果音は扉の前で挑戦的に腰に手を当てて胸をそらした。


 腕章が緑の光に包まれて扉が開く。何もない殺風景な部屋があった。入口も入ってきたものしかない。部屋の大きさは今までと似たり寄ったりだが、何もない分広く感じる。部屋の中央に薄ぼんやりと光の柱が立つ場所があった。果音はそこまでさっと歩いて行くと目を細めた。

「さあ、とっとと始めようぜ」


「よくぞここまで辿り着いた。これで最後の試練になる。最後の試練は今までのものと異なって難しいぞ。覚悟はいいか?」

「御託はいいからさ。アタシは何をやればいいんだい?」

「これからそなたには様々な光景を目にすることになる。その光景に声を出さなければそなたは試練に打ち勝ったことになる」


「それで声を上げたら?」

「そなたは心を持たぬ人形となる」

「ふーん。ぞっとしないね。試練が終わったというのはどうやったら分かるのさ。終わったと思わせて声を上げさせるなんて詐欺みたいなことはしないだろうね?」


「心配せずともそのような姑息な真似はせぬ。試練が終われば自ずと分かる。では、準備は良いかね?」

「ああ、始めてくれ」

 果音がそう言った後、急に果音の表情が強張った。


 果音がどのような光景を見ているか分からないため、俺達はイマイチ臨場感に欠けていた。ただ、口を真一文字に引き結んだ果音の頬の線が強張るところを見るとあまり楽しいものを見ているようには見えない。


「これは、俺がやった方が良かったんじゃないか?」

 今更ながらの感想を言う俺。

「単なる我慢比べというわけでも無さそうじゃがのう。それでは芸が無さすぎる」

「大丈夫よ。ヤマザキは強いから」

「そうなんだけどさ。なんだか辛そうじゃないか」


 果音の横顔から血の気が引く。そして、体をぶるぶると震わせ始めた。立っていられなくなったのかがっくりと膝をつく。あ、絶対これはヌルヌルを目の前にしてるな。ひょっとするとくっついちゃってるのかもしれない。膝を付きはしたものの顔を上げて前方を見据える果音。


 やっぱ、これは俺じゃ無理だわ。俺には怖いものがいっぱいあるし、それに体が覆われたりしたらすぐに悲鳴を上げて助けを求めてしまうだろう。でもなあ、本当にこれでいいのだろうか。か弱いとは言わないけど、女の子が苦しみに耐えているのを眺めているだけのおっさんていうのも情けない。


 その俺の頭にささやき声が聞こえてくる。

「責め苦はまだ始まったばかりだ。これからどんどん辛くなるぞ。いずれ、このままではあの娘は声を漏らす。そうすれば生ける屍と化すのだぞ。助けてやりたいとは思わないのか?」


 頭の中の声は続く。

「いいではないか。関わりのない他人の為に大切な女を失ってもいいのか? 助けるのは簡単なことだ。お前が中止を宣言すればいい。お前はリーダーなのだろう? 仲間を助けることができるのだ。さあ」


 果音は蒼白な顔に涙を流していた。つーっと頬を流れ落ちる雫。それでも歯を食いしばって耐えている。

「さあ、早くしないと、次は耐えられぬかもしれぬぞ。声を上げなくても心が壊れてしまうかもしれぬな」


 俺はぎゅっと歯を噛みしめる。頭痛がする程に力をいれた。そして、頭の中に流れ込んでくる思念に対して答えを告げる。

「ばーか。そんなことしてみろ。俺はアイツに原形も残られないほどぶん殴られるに決まってんだろ。それこそ生きたまま全部の骨を粉々にされるさ。そんなのは御免だね。アイツはそういう奴なんだよ。俺もアイツが耐えきるか自信がねえ。でも信じるしか無いんだ」


 俺の拒絶の言葉に思念は去っていった。俺はただひたすらに果音を見つめる。悔しいが俺にできるのはそれだけだ。そして、遂に果音がぶるっと体を震わせるとすっくと立ちあがる。

「見事だ。よくぞ耐えた。では報酬を受け取れ」


 果音の側の床が開き、そこからピンポン玉ほどの大きさのものが浮かび上がった。果音は服の袖で顔をぬぐうとこちらに向かって手招きする。俺達が近づいていくとティルミット、シュトレーセ、そして俺と順に抱きしめた。そして、目線を玉の方に向ける。


「さあ、山田。受け取れよ。そのために来たんだろ」

「いや、俺は何もしてないし」

「いいからさ。お前は一応リーダーなんだ。だから受け取れよ。受け取った途端に髪の毛が真っ白になるかもしれないけどな」

 そりゃ、玉手箱だろ。


 皆を見ると一様に頷いている。俺は玉に手を伸ばして握る。想像していたより微妙に柔らかな感触が伝わる。同時に床から眩い光の束があふれ出して俺達を包み込んだ。

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