第90話 こんな試練を考えた奴の気がしれん(弐)

 部屋を出るとまた通路は直角に左に曲がっていた。その通路は先ほどと同じような距離で扉に突き当たっている。ティルミットを誉めそやしながら歩いていたらすぐに扉の前まで来た。シュトレーセが片腕をもう片方の腕で抱えながら腰をひねる。左右逆にして繰り返した後で、扉の正面に立った。気合十分なのが見て取れる。


 シュトレーセの赤い腕章が淡い光を帯びて扉が開く。この部屋も円形をしていた。部屋の真ん中には2メートルぐらいの間隔を置いて、3本の柱が立っている。高さは1メートルちょっと。向かって右側と真ん中の柱には何もなかったが、左側の柱には柱に円盤が刺さっていた。そして、その奥には大きな砂時計。


 円盤の数は6枚で、下から順に直径が小さくなっている。一番下が直径1メートルほど一番上が30センチ、厚みはすべて同じで5センチほどになっている。真ん中に穴が開いていて、太さ10センチぐらいの柱に突き刺さっていた。柱も円盤も鈍い金属光を放っている。それなりの重さがありそうだった。


 シュトレーセが近づいていき、円盤をしげしげと眺めていると声が聞こえてくる。

「第2の試練に挑む者よ。汝の力を示してもらおう」

「いいわよ。何をすればいいのかしら?」

「その円盤を3つ並んだ柱のもう一方の端に移し替えるのだ」


 シュトレーセが首をかしげて円盤を見る。

「ただし、一度に掴んでいいのは1つの円盤だけだ。また、取り外した円盤は必ず、どこかの柱に通さなくてはならない。さらに小さな円盤の上に大きな円盤を乗せることは禁止だ。分かったかね?」


 やべえ、これはハノイの塔じゃねえか。円盤が6つということは、最小手順で63手かかる。あの重そうな円盤を63回も上げたり降ろしたりするのはとても力が必要そうだ。俺じゃあ、真ん中あたりの奴でも肩の高さまで持ち上げられるか自信がない。


「今言ったことに違反した場合や制限時間内に完成しない場合は、天井から火炎が吹き付けこの柱の周囲を焼き尽くすことになる」

 その言葉と共に天井の穴の一つからボッと炎が出た。天井には無数の穴が開いている。あれのすべてから炎が出たら大やけどでは済まないだろう。


 力を示す試練だと言っていたが、頭脳も必要じゃねえか。これ初手間違えたら右端に積めなくなって全部戻す羽目になるけど、シュトレーセのやつ意味分かっているのか? 俺達が見つめる先で、シュトレーセは空中で手を動かしてシミュレーションをしている。


「では始めよ。砂がすべて落ちきったら時間切れだ」

 無慈悲な声が響き渡り、砂時計が逆になる。シュトレーセは一番上の円盤をつかんで右端の柱に通す。えーと、これで合ってるのか? 俺は頭の中で円盤を行ったり来たりさせ始める。


「ねえ、山田。あれでいいのかな?」

「ちょっと待ってくれ。俺も今頭の中でやってみてる」

「我にも分からぬぞ」


 俺達がやきもきする前で、シュトレーセはいきなりつまづいていた。2つ目の円盤を手にしたものの、右端の柱には通せないことに気づいて動きが止まる。振り返って困惑した顔を俺達の方に向けた。いつまでも持っているわけにはいかないと思ったのか元の場所に戻してしまう。


 俺は何度か試行錯誤した結果、初手は真ん中に通すということで間違いないはずだとの結論に達する。

「まずいな。最初の円盤は真ん中に通さないと右端に移せないぞ」

「じゃあ、間違ってるとシュトレーセに教えないと」

「しかし、挑戦者以外が口を挟んでは電撃を受けるのじゃろう?」


 困り果てたシュトレーセは1つ目の円盤を右端から外した。こちらをチラリと見るので首を縦に振ったところ、ビリビリときた。おほー。今のは警告ということなのだろう。俺の体に電撃が走ったのを見たシュトレーセは俺達の方を見るのを止めてしまった。


 そうこうしているうちに砂はどんどん落ちて行き、下にはもう3分の1ほどが溜まっている。シュトレーセは1つ目の円盤を元の位置に戻してしまった。く、もうダメだ。正しい手順が分かっていないのではもう制限時間内に全てを移し替えることは厳しそうだった。


 シュトレーセは積みあがった円盤を前にじっと考え込んで微動だにしない。

「アタシにも良く分からないや。山田は答えが分かってるみたいだけど、動かすのが無理そうだし、これは誰がやっても無理だったんじゃ?」

 俺がちゃんと筋トレに励んでいれば……。いや、それでも無理だろう。


 電撃覚悟でやり方を叫ぶか? でも何十手もあるものを伝えようとしたら真っ黒こげになってしまう。ティルミットに治療してもらえるのを期待して、俺が口を開こうとした時だった。今まで動かずにいたシュトレーセが一番下の円盤をつかむ。そして、残りの5枚を乗せたまま、ぐっと持ち上げて円盤から引き抜く。そしてそろそろと横歩きすると右端の円盤にそっと通して降ろした。


「見事だ、挑戦者よ。そなたの力しかと見届けたぞ」

 え? 確かに掴んだのは1つの円盤だけで他のものには触れてないけどそれでいいのか? ぴょんぴょんと跳ねて全身で喜びを表すシュトレーセに駆け寄りながら俺はなんとなく腑に落ちないものを感じていた。まあ、力の試練だしいいか。

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