第81話 俺の嗜好の思考

 秋の気配が深まる森の中の道を歩いていた俺は頭の後ろで手を組んで歩きながら愚痴とも感想とも言えない台詞を言う。

「なんか、こき使われてる気がするんですけど」

「そうじゃな。それは否定できぬかもな」

「いいじゃないか。食っちゃ寝してると太るだけだぞ」

「私も外歩きできる方が楽しいわね」

 

「働きたくないでござる」

「地位にはそれに伴う責任があるものじゃ」

「それは置いておくとしても、今回も見事に陽動に引っかかってんじゃないか。この国大丈夫か?」

「いや、警戒はしていたがそれを上回る戦力だったというだけのこと」


「なんかさあ。またお使いじゃん。しかも一見楽そうな。でも、この間も死にかけたし、また今度もひでー目に会いそうな気がするんだよなあ」

「山田。冗談にしてもやめとけ。お前が言うとシャレにならん。そうじゃなくてもひどいダジャレばかりなんだから」

「ヤマダ……。可哀そうに心配なのね」


 シュトレーセが俺をむぎゅーと抱きしめる。俺の足は地面から離れて空を掻いた。

「大丈夫だよ。シュトレーセ」

 だから、果音が振り向く前に降ろして欲しい。という願いは天に届かず、果音が振り返って俺達を見る。


 シュトレーセに後ろから抱きしめられてジタバタする俺を見て、果音はケタケタ笑い出す。

「今をときめく新進気鋭の宮廷魔術師様もママにあやされる赤ちゃんみたいだな」

「こんなにでかい赤ちゃんがいてたまるかよ。なあ、シュトレーセ、そろそろ降ろしてくれ」


 地面に降ろしてもらったがまだ動悸がしている。どきどきどき。あの夜、果音は俺に、他の女と浮気をしたら覚悟しておけよと言った。彼氏でも無いのに浮気とか意味分かんねえ。シュトレーセはにゃんこだから問題ないのか? でも、この姿になっているときは人と区別がつかないし、後頭部に残る柔らかな感触は完全に大人の女性のものだよな。


 シュトレーセの俺への感情に愛はあるけど、恋愛的なものじゃないと感じているんだが、それは周囲にも伝わってるのかな? スキンシップが大胆なので誤解を受けそうなのが怖い。果音とシュトレーセは良く一緒にトレーニングしてるし、その辺りの会話もしているのかもしれない。


「さて、旅の準備をしていたシュトレーセは聞いていないし、もう一度今回の旅の目的を整理しておこうかの。此度の相手は森の民じゃ。王国の北側に広がる古代から続く森林に住んでおる。魔法に長け、手先も器用で俊敏じゃ。基本的に森の外の存在とは距離を置いている」


「やっぱり美形だったりするのか?」

「なんじゃ、ヤマダはそういう事にしか関心がないのか? まあその通りじゃ。繊細過ぎるが美男美女が多いの。誰に聞いた?」

 エルフみたいなものかと思っただけなんですけど、あ、果音の背中が……。


「いやあ、俺の住む世界での同じような存在から類推しただけです。それで、王国との関係はどうなんです?」

「意識的に避けられておるな。水棲人は単に接触がないだけだったが、森の民は我らを、そうじゃな、見下しつつ恐れておると言う所かのう」


「なんでそんな複雑な感情なんです?」

「森の民の方が個体としては優れておるからな。しかし、数が少ないのじゃよ。我らと比べると圧倒的にな。それに森から出てきた者に良からぬことをしでかす輩もおるからのう。我らを野蛮人と思っておるな」


「それじゃあ、今回の任務は難しいじゃないですか」

「我がおるから安心せい。族長のアンワールとは旧知の間柄じゃ。トルソー神殿に居た折にも何度か接触がある。いきなり撃ち殺されることはないじゃろう」

 そう言って笑うティルミット。


 うーん。まあ、そういうなら取り越し苦労はやめておきますか。エルフの美少女とか眺められるチャンスは滅多になさそうだし楽しみだなあ。とか考えて頬が緩みそうになったが、慌てて表情を取り繕う。ふう。すっかり忘れていたぜ。果音に首を引き千切られるところだった。


 あくまで観賞ってことで許しちゃもらえないかな。それほど嫉妬深いタイプではなさそうだけど、意外と情熱的だし、気を付けた方が良さそうだ。本人の外見を褒めると気に入らなそうだし、なかなか難しいねえ。俺はお人形さんみたいな美貌より果音みたいなイキがいいキリっとした美形の方が好みなんですが。まあ、そんなことは知ったこっちゃないか。


 お、先頭を行く果音が足を止めた。俺にきっと鋭い視線を送ってくる。ひょっとして俺の思考を読まれた? シュトレーセが俺を追い越して前に出てくる。

「誰かが追われて逃げてきているみたい」

 その声と共に岩陰を回って小さな人影が現れる。その後ろから醜悪な姿をした人型の怪物も現れた。


 10歳くらいの子供が3人必死になって走ってくる。俺達の姿を認めて一瞬ぎょっとしたが、すぐに人だと分かったのか泣きながらこちらに向かってきた。同時に果音が疾走を開始。子供たちの脇をすり抜け、怪物たちに立ち向かう。

「ホブゴブリンじゃ。ゴブリンと思うと手痛い目に……」


 果音がホブゴブリンの集団と接敵し、その手にする杖が縦横無尽に振り回され始める。その様子を見ながらティルミットは肩をすくめた。

「会うなんてことはあるわけなかったな」

 シュトレーセと二人で子供達を抱き寄せてあやし始める。すぐに果音も戻ってきた。果音の活躍を見ていた子供たちが言う。

「村の子が他に何人か攫われちゃったの。お姉ちゃん助けて!」

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