第62話 ワイン造り、わー、いーんだ。
さて、この騒ぎは何かな? お祭りみたいだけど、何が始まるのかな。わくわく。
「えーと、これから何が始まるんです?」
振り返った村人が驚きの声を上げる。
「お、あんた達ちょうどいいところへ来たな。これから今年の新酒を作るところさ」
「新酒?」
「ああ。これからブドウを潰すんだ」
「それで、ちょうどいいところ、というのは?」
「予想より早くブドウが熟れちまってな。ブドウの乙女の手配がつかなかったんだよ」
「ブドウの乙女?」
「そうさ、桶の中のブドウを踏んで潰すんだが、誰でもいいってわけじゃない。清らかな乙女がすることになってるんだがね。それなりに力仕事だし、できれば別嬪さんの方がうれしいだろ?」
現代日本ならアウトなセクハラ発言が男の口から滑り出てくる。
「真面目な話、男じゃ種まで潰しちまうからな。身軽な女の方がいいんだよ。なあ、人助けだと思って、あんたの連れにちょっと助けてもらうわけにはいかないかねえ?」
「じゃあ、私は対象外だね」
シュトレーセが言うと村人は慌てて引き留める。
「いや、あんたほどの美人さんなら問題ない。ぜひお願いするよ。そして、そちらのお二人さん。まさに、ブドウの乙女にぴったりだ」
先ほどからの発言に眉をひそめていた果音は男が取ろうとした手をさっと引っ込める。
「悪いけど、アタシは遠慮しておくよ」
「我も立場があるからの」
「そ、そんな~。このままだとブドウがダメになっちまう。この村には子供しかいないんだ。旅の方、この通りです」
男は地面に膝をついて果音を伏し拝んだ。あっという間にぞろぞろと村人が寄って来て口々に助けを乞う。
最初は渋い顔をしていた果音だったが、村の少女たちがお願いですと懇願するようになると段々と抵抗が弱くなる。圧倒的に子供に甘い。俺がその様子を見てうっかり笑いそうになると、ぴしゃりと叱責された。
「山田。お前のせいだからな。覚悟しておけよ」
そして、約30分後。
伝統的な衣装なのだろうか。緋色を基調にした緩やかなひだの短めのスカートと袖の大きく膨らんだブラウスに身を包んだ3人の乙女が桶の中でリズムよく跳ねていた。村の少女たちと手を繋いで輪になり、テンポのいい歌に合わせて、ブドウを踏んでいる。
シュトレーセは意外と楽しいようでにっこりとほほ笑んでいた。果音は時折、俺に対して鋭い視線を向けているが、少女たちに向ける眼差しは優しい。そして、ティルミットは死んだ魚のような目をして無表情でスキップをしている。三者三様にふくらはぎが翻る様は目の保養だった。
健康美をたっぷりと観賞している俺の横で、一人の若者が忙しく手を動かして何かを書いている。覗き込んでみると、果音たち3人の似顔絵だった。割とうまく書けている。最初に俺に声をかけてきた男にそっと質問をしてみる。
「なんで似顔絵を描いているんですか?」
「仕込む樽に張り付けるんでさあ」
「どうしてまたそんなことを?」
「だって、これだけの美人ぞろいですぜ、旦那。ブドウの乙女がすごい美人というだけで売れ行きは全然違います」
文明人としての俺の意識が疑問を呈する。
「いや、味とかはどうなんです?」
「そりゃ、その辺はきちんとしまさ。ただね、旦那。あっしが踏んだブドウと、あちらのお嬢さんの踏んだブドウ、どっちで作ったワインを選びやす?」
「ま、まあ、あっちかな」
「そうでがしょう。つまりはそういうこってす」
「だったら、絵だけ美人のものを張って置けばいいじゃないか」
「それができれば苦労しませんや。あの絵を書いている方はお役人でね。そういう不正がないかの監視もされているんです」
うーむ。すっかり論破されてしまった。辺りに甘い香りが漂う中、低レベルな会話をしているうちに、ブドウ踏みの儀式は続いていく。一つの桶が終わったと思ったら、次は小ぶりの桶で一人ずつやるらしい。
「おい、山田。お前は一人で見物か。いいご身分だな。これ、結構重労働だぞ」
「お姉さま、本当にありがとうございます」
少女たちの黄色い感謝の声を浴びて、果音の表情は緩む。
「まあ、これも鍛錬と思えば、大したことじゃないね。次はそっちの桶かい?」
華麗に宙を舞い、次の桶の仕込みにかかる果音。
「わー、すごーい」
同様に次々とこなしていくシュトレーセ。その一方で、ティルミットは完全に音を上げていた。
「もう、足が上がらん。我はもう勘弁してもらうぞ」
「できれば、もう一桶ほど。そういう趣向の方向けに」
「もう無理なものは無理じゃ」
その日の夜。そこはかとなく漂う甘い香りの中、村長の家の客間でティルミットがうめき声をあげていた。筋肉痛を治す魔法はないらしい。まあ、そんなものがあったら誰でもムッキムキだからな。日頃から鍛えている2人はどこ吹く風といった風情で、追加の筋トレに励んでいる。仕方がないので俺がマッサージをしてやってやることにした。
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