第57話 布団が吹っ飛んだ

 はっとして目を覚ましたら、俺の胸の上にでかいのが頭を乗せて寝ていた。どんな楽しい夢を見ているのか、口の端が上がっている。ふう、俺はひでえ夢を見たというのに幸せそうだな。一体どんな夢を見ているのだろう。気が付くとかなりの寝汗をかいていた。うーん。困ったな。


 汗を拭きたいが、シュトレーセの眠りを妨げるのも忍びない。なるほど、断袖というのはこういうシチュエーションなのか。あっちは袖だから切り離せるが、こっちは自前の胸だからな。困った。と思っていたら、パチッとシュトレーセが目を開ける。美しい紫と緑の瞳。


 頭を持ち上げて左右を見ていたと思うと、ざらっとした舌でレロンと頭を舐められた。そして、ぷにぷにの肉球で俺の髪の毛を押さえる。どうやら、寝癖が気になって直してくれたようだ。上目遣いから視線を戻すと俺を見つめているのはオッドアイの肉感的な美女。

「ヤマダ。お早う」


 そう言って、ニィっと笑う。俺の心拍数は一気に上がってしまった。夢の中と同様に声が出ない。シュトレーセは俺の上掛けをはぎ取ると体に巻き付ける。そして、立ち上がると衝立の向こうに消えて行った。大きく息をすると、俺も衝立の向こうで体を拭いた。お湯はすっかり冷めているがむしろ気持ちがいい。


 戻って見るとシュトレーセは身支度を終えていた。一応、きちんと隠れるべきところは隠れていることに安堵し、果音の寝台に目をやるとまだ寝ていた。珍しいこともあるものだ。いつもは俺より早く起きて、せっせと筋トレに励んでいるのに。


「ヤマザキも疲れたんだね」

 シュトレーセが側に来て、果音の顔を覗き込む。

「昨日は何があったんだ?」

「その話はヤマザキも一緒の時がいいと思うわ。勝手に話したら怒られそう」


「まあ、そうだな。それじゃ、もうしばらく様子を見ているか?」

「お腹も空いたわね」

「困ったな」

「起こせばいいと思うわ」


「じゃあ、シュトレーセ、頼むよ」

「なんで? ヤマダがやればいいじゃない?」

「まあ、それはやめた方がいいと思うんだ。頼むよ」

 シュトレーセは変なの、と呟きながらも、果音の肩に手をかけて揺さぶる。


 ううん。という声を果音があげる。ちょっと艶っぽい声だ。

「ねえ。ヤマザキ。起きて」

「ああ。なんだ。もう朝か」

 果音はバッと飛び起きる。


 その衝撃で果音にかけてあった薄い掛布がふっとんで寝台の脇に落ちた。それを拾い上げながら、どうしようもない言葉が頭に浮かぶ。布団が吹っ飛んだ。うん、今日も快調だ。にへら、と思わず漏れる笑みを凍り付かせる冷たい視線。だが、不意にその表情は柔らかなものになる。


「平常運転で結構なことだ」

「ああ。二人のお陰だよ」

「ねえ、ヤマザキ。早く下に行こうよ。さっきからいい匂いがしているわ」

 シュトレーセが思い切り息を吸い込む。確かに、これはいい香りだ。果音は衝立の向こうに消えると着替えて戻ってくる。

「お待たせ」


 部屋を出て、ぞろぞろと階下に降りていくとジェームズさんが一礼をする。

「皆さま。おはようございます。朝食の支度が出来ております。こちらへ」

 食堂に案内され席に着くと次々と料理が運ばれてくる。卵とベーコン、キノコのソテーにたっぷりのパンとバター。それに色とりどりのフルーツジャム。


「我が主は出かけております。先にお召し上がりください」

「じゃあ、遠慮なく」

 俺はパンにこってりとバターとジャムを塗って食べた。死にかけたんだし、たまにはいいだろう。甘いはうまい。


 見ると果音はせっせと卵を食べていた。お替りも貰っている。俺の視線に気づくと言った。

「なんだよ。炭水化物と脂肪と糖ばっかり食べてる奴に、そんな目で見られたくはないね。卵は良質なタンパク質なんだぜ」


 十分に朝食を取って、満足しながらお茶を飲んでいると、足音が近づいてきて、食堂のドアがパッと開く。

「あ、あの時のお姉ちゃんだ。お早うございます」

「お早うございます。あの時はありがとうございました」


 小学生ぐらいの男の子と中学生ぐらいの女の子。男の子の方が印象が強い。山賊に襲われていたときにスリングで石を投げていた子だ。果音の側に行くと片足を引いてお辞儀をする。目に強い憧憬が浮かんでいた。そりゃそうだろう。あの時の果音の活躍ぶりを見たら、憧れるのも無理はない。


「お早う。よせよ。照れくさい」

 手をヒラヒラさせながら果音がちょっと下を向く。

「やっぱり、お姉ちゃんは強いんですね。まさか、カハッド様を倒せる人がいるとは思いませんでした」


「おい。どういうことだ?」

 声を上げる俺に二人の子供は初めて気づいたような顔をする。

「あ、あのときのおじさん」

 お、おじさん。そりゃあ、まあ、おじさんですけど。お兄ちゃんには……ならねえか。女の子の方は黙って礼をする。


「なんだよ。おじさん、知らないんだ? 町ではすごい評判だよ。二人がかかりとはいえ、大神官を倒したすごい女の人がいるってね。あ、こっちのお姉さんが、そのもう一人のひと?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る