第58話 講釈を聞いたら、公爵だった

「あらあら。ちゃんと自己紹介はしたの?」

 振り返るとこちらの女主人アリエッタさんが怖い顔をして立っていた。

「あ、僕はヘクターです」

「私はレオノラです」


「そっか。じゃあ、改めて。アタシは山崎だ」

「私はシュトレーセよ」

 ヘクターは目をキラキラさせている。

「俺は山田だ」

 って、聞いちゃいねえ。


「ねえ、お二人はどうやって強くなったの? そうだ。僕も杖を習い始めたんだ。今度、僕にも教えてよ」

 ヘクターは果音にまとわりついて、口早に質問を浴びせかけている。

「これ、ヘクター。お客様に失礼ですよ」

「いいじゃないか。姉ちゃんのケチ」


 レオノラはシュトレーセとなにやら楽しそうにおしゃべりをしている。時々、曲げた腕の力こぶを触って目を丸くしたり、手の大きさを比べたりしていた。とてもじゃないが、カハッド大神官の身に何が起きたのか聞ける雰囲気じゃない。

「さあ、それぐらいにしておきなさい。これから大事なお話があるのだから」


「えー、まだ、いいじゃないか」

「私ももうちょっとお話したい」

「ダメよ。後にして頂戴」

 しぶしぶ、子供達二人は部屋を出て行く。また後でね、と付け加えるのは忘れなかった。


「お騒がせして申し訳ありません」

 アリエッタさんが頭を下げた。

「いえいえ、それよりも朝食までご馳走になりありがとうございました」

「大したおもてなしもできず」


「ところで、男爵殿は?」

「城に昨夜の顛末を聞きに出かけています。すぐに戻りますわ。ご心配なく、代わりの人質は私達3人が務めますから」

 悪戯っぽく笑う若奥様。昨夜のうちに事情は聞いたらしい。


「そこまでして頂くとは恐縮です」

「いえいえ。ヤマダ様とヤマザキ様のお陰で数千人の命が救われたのですもの。私達を救って頂いたことは別にしてもね」

「数千人?」


 狐につままれたような顔をする俺達。意味が分からん。

「あの時は、身分を偽ってましたし、旅の目的を明かしてありませんでしたわね。申し訳ありませんでした。実はあの時、私たちは謎の疫病を治療するために派遣されていたんですの」


「なるほど」

 何がなるほどなのか自分でも分からないが、とりあえず相槌を打つ。

「父や私達はカジャト神を信仰していて、それなりに治癒の技は使えます。私達がたどり着かなかったら、多くの民が亡くなっていたかもしれません。トルソー神殿から派遣されてきた神官は私達より到着が遅かったですし」


「そういう事だったのですね」

「はい。まあ、その疫病自体がトルソー神殿から人をおびき出すための罠だったそうですが。ですので、お二人のご助力は想像以上に多くの人の命に関係があったのです」

「そうだとしても、それは結果論ですし、俺達の行動と直接は……」


「そうはいきません。私達は疫病を終焉させたということで、陛下より恩賞を下賜されています。その功績の一部はお二人にも受け取る権利があります」

 鼻息も荒く説明するアリエッタさん。なんというか、すごく真面目な方のようだ。


 俺達がちょっと引き気味でいると、恥ずかしそうに微笑む。

「私としたことがちょっと興奮しすぎました。でも、ご安心ください。ヤマダ様の嫌疑は我がナルフェン家の名誉にかけて晴らして見せます」

「ナルフェン?」


「私の旧姓です。ああ、ヤマダ様はご存じないのですね。私の父のジョゼットは王家に連なるナルフェン公爵家の当主です。当然、賢人会議に席を連ねておりますし、父が不在にも関わらず、このような重要なことを決定することは許されません。ヤマダ様の嫌疑は絶対に晴らして見せます」


 ええー、な、なんだって。公爵っていったら一番位が上の貴族様じゃん。そりゃ、男爵じゃ頭が上がらんわけだ。身分違いもいいところだろう。奥さんが偉そうなんじゃなくて、実際に偉かったわけだ。


「ところで、ヤマダ様はどうして拘束されていたんですの?」

「トルソー神の大神官が言うには、私はこの世界にとって危険な存在なんだそうです。私が敵の手に落ちたら大変なことになると。それで亡きものにしようと」


「おかしいですわね。賢人会議ではヤマダ様の命までとはなって無かったと聞いています」

「恐らく、大神官の独断でしょう」

「アイツも恩知らずだよな。自分の命を救ってもらってるのにさ」

 果音が横から口を挟む。


「それよりも世界の安寧が大事なんだろ」

「確かにトルソー神の大神官が考えそうなことですわね。知識に基づいて、あくまで合理的に判断する。正しいのかもしれませんが、それでは納得できないこともあるというのに」


 扉が開いて、イーワル男爵が入って来る。

「ああ、皆さん。ここにお揃いでしたか」

 こころなしか、服装が乱れているような?

「あなた、どうかしましたの?」


「ああ。大変なことになった。我が屋敷に人が大勢押しかけてきているんだよ。ほとんどの貴族がね。それと第三城門もすごい人だかりだ。このままだと暴動が起きかねない勢いだ」

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