第27話 げ、どく? 解毒しないと!

 俺は緑の帽子を被る。

「もう少しそいつを抑えておいてもらえれば俺達が始末する」

 振り返ると半死半生といった体の兵士が5人ほど近寄って来るところだった。大した根性だ。諦めて帰ればいいのに。


「えーと、何か勘違いしてません?」

「お前は魔獣使いなんだろう。そのワンドでサーベルキャットを大人しくさせてるんじゃないのか?」

「それよりも先に言うことがあるでしょう?」


 俺は5人の中に先ほど短剣を投げたのが混じっているのを確認する。

「俺の大切な連れを怪我させましたよね」

「任務遂行中の事故だ。やむを得ないだろう」

「そのセリフはひどいんじゃないですかね。彼女が割って入らなければ今頃あなた方は全滅していたはずだ」

 俺は怒りを押し殺して指摘する。


「そのとーりだな」

「失礼なことを言うな。我々だけでサーベルキャットぐらい倒せる」

「はずはない」

 ん? どういうことだ?


 果音の声じゃない。誰が兵士との会話にちゃちゃを入れてるんだろう? 俺の疑問をよそに兵士たちは武器を構える。もう、俺達から5メートルほどのところまで近づいて来ていた。

「なあ、まじゅつし。このわざをといてくれないか?」


 俺は振り返る。まさか。

「かんしゃするよ」

 驚いたせいか魔法が解けたようだ。猫はふわわっと大あくびをするとその巨体からは信じられない身軽さで俺と果音を飛び越える。猫は俺と兵士たちの間にふわりと着地した。


 俺が猫の向こう側の兵士たちの方を見ると恐慌をきたしていた。

「おい。お前が謝らないから、あいつ術解いちゃったぞ」

「でも、あれは事故だし、民間人にそう簡単に謝れるか」

「じゃあ、お前責任取ってなんとかしろ。だいたいリーゼ草の毒塗った短剣が人に当たったらヤバいんだからさ。死ぬかもしれないぞ」

 

 兵士たちは一目散に逃げだしていた。その様子を尻尾を揺らして眺めていたサーベルキャットはくるりと振り返る。

「わがはいのことばがわかるんだな」

 

 それにしても動物の言葉も分かるなんてこの帽子優秀だな。ガラリットさん、こんなにいい物をくれるなんてすげー親切な人だ。おっと、まずは目の前の猫ちゃんの相手をしないと。

「ああ。分かるぜ」


「かわったやつだな。わがはいをしんじるなんて」

 はは。驚いたのが原因でタイミング良く術が解けただけなんだが、今は黙っておこう。あれだけ果音に言われれば俺だって少しは学習する。

「まあ、なんとなくな。悪い奴じゃない気がしてさ」

「なぜそうおもう?」

「戦い方が綺麗だったからかな。山崎と同じように邪念を感じないというか……」

 なんかすげー恥ずかしいことを言ってる気がして俺はほっぺをぽりぽり掻いた。


「やまざきというのは、そのおんなのことか?」

「ああ。俺は山田って言うんだ」

 猫はぐふふ、と笑う。

「ほんとうにかわったやつだ。ひとついいことをおしえてやろう」


 果音の体がグラリとなり、俺は慌てて体を支える。また目を閉じて息が浅くなっていた。

「そのおんなはどくでくるしんでいる。それをやわらげるくさがある」

「本当か?」

「かんぜんにはなおせないが、しばらくはもつだろう」


 俺は果音をそっと横たえると、猫に向かって頭を下げ地面に手をつく。

「頼む。どこにあるんだ。教えてくれ」

「このやまをすこしのぼったところだ」

 果音の様子を見る。俺が走っていって間に合うか? その間、無防備な果音を置いていくわけにも……。


「わがはいのなは、しゅとれーせだ。のれ」

 逡巡した俺を見て、サーベルキャットは背中を見せる。

「わがはいのあしならすぐにもどってこれる。とくべつさーびすだ」

 俺は意を決して、モフモフの背中に乗る。

「あしでつよくはさみ、つかまれ」


 すぐに、シュトレーセを名乗るサーベルキャットは疾走を開始する。俺は目を閉じて片手で帽子を押さえ、もう片方の手でしがみついた。力強い筋肉の動きがダイレクトに伝わってくる。そして、このうっとりするほど素晴らしい毛並み。

「ついたぞ」

 目を開けると池の側にいた。


「そこのくさだ」

 俺は紫色をしたネギのような草をつかみ引き抜く。

「そうだ。それぐらいあればいい」

 俺は袋に草をつっこむと再びシュトレーセに跨る。


 たたたっとシュトレーセは矢のように走り、目を閉じた俺の耳に嵐のような音が響く。動きが止まったので目を開けると果音のすぐ側に戻っていた。先ほどより息が浅くなっている気がする。

「はやく、たべさせるのだ」


 果音に声をかけるが返事が無い。意識を失っているようだ。顔色も良くない。

「だめだ。意識が無い」

 泣きそうになるのをこらえて言う。

「つぶして、しるをのませるのだ」


「どうやって? ここには潰すものもそれを受ける容器もないだろっ?」

 シュトレーセは前脚で俺の顔をポンとはたいた。

「おちつけ。ここにある」


 俺は草を取り出すと夢中で口の中に放り込み咀嚼する。ものすごい苦みとえぐみが口いっぱいに広がって吐き出しそうになるのをこらえた。果音を抱き起すと首の後ろに腕をあて仰向かせた。草を口から取り出すと俺は唇を果音の半開きの口にあて、口中の草の汁を流し込んだ。


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