第25話 退治する相手と対峙する兵士

「この道を進むのはおやめなされ。一度戻って本街道を行かれた方が身の為じゃ」

 立ち寄った村で人のよさそうなお婆さんが俺達を止める。

「なんでだい? 山賊でもいるのか?」

「山賊ならまだいい方じゃ」


「おいおい。あんまり脅かさないでくれよ」

「いや。山賊なら人数揃えて山狩りすればええ。領主様に頼んで兵士も出してもらえばええからのう」

 人のよさそうなお祖母さんの口から出る山狩り。やっぱり過激な世界だぜ。

「じゃあ、何が居るんだ?」


 お婆さんはくわっと目を見開いて言った。

「猫がおるんぢゃっ!」

 ドキドキドキ。お婆さん急に叫ぶなよ。心臓に悪いぜ。

「ね、ねこ? にゃーんと鳴く?」


「うむ。猫じゃ。だが、にゃーんとは鳴かぬし、体も大の大人二人を合わせたぐらい大きいぞよ。剣のような牙が生えておって、兵士が10人がかりでも倒せんのじゃ。先日、討伐に向かった一団は大けがをして帰ってきよった。幸い死者はおらんかったがのう」


 お婆さんの話を聞いて俺は震えあがる。

「なあ、山崎。追っ手を用心して、こんな裏街道に来てみたけど、この先にヤベエ奴がいるらしい。引き返した方がいいんじゃないか?」

 俺はそう言ったことをすぐに後悔した。果音は目を輝かしている。


「いいじゃない。兵士10人でも倒せない相手とかワクワクしちゃう。行こう。アタシらなら何とかなるって」

剣歯猫サーベルキャットって言って、こーんな牙があるらしいぜ。サーバルじゃないんだぞ。お友達にはなれないんだ」

 俺は両手を肩幅より広げて見せる。


「何言ってるか良く分からないけど、山田ってネコと友達になりたいの? あいつら気まぐれだし、またたび使っても無理じゃない?」

「すまん。余計な事を言った。忘れてくれ。だが、ヤバい相手というのは確かだろ?」


 お婆さんは俺と果音のやり取りを見ていて言った。

「随分と遠くから来ておるんじゃな。こちらのお嬢さんの言葉は分からぬわい。まあ、こんな別嬪さんじゃ、大切になされ。ガブリとやられたら大変じゃ。どうしてもというなら少し待つとええ。今度は倍の数で兵士が向かっておるから」

 俺は再度説得を試みるが、見事に失敗する。


「それじゃ、レッツゴー」

 足取りも軽やかに果音が先に進みだす。スキップしそうだ。俺はお婆さんに礼を言って追いかけて行った。

「なあ。動きも速いし、ウェイトもあるみたいだぜ。兵士10人でも敵わないって言ってんだからさ」


「兵士10人って言ったって、そんな大きさじゃ、同時に戦ってるのはせいぜい4・5人でしょ。なら、アタシと変わんない、変わんない」

「まあ、確かに山崎は強いよ。でも、俺が狙われたらどうするのさ」

「木でも登って見学してなよ」

 俺はがっくりとうなだれる。犬じゃないんだから、木ぐらい登れるだろ。


 犬ならなあ、最悪1体ぐらいなら消去術でなんとかできるかもしれない。図体が相当大きいみたいだし、また昏倒するかもしれないが。見間違いで実は犬でした、とかいうオチはないだろうか。一縷の望みを抱きながら、俺は多くの人が通った跡の残る山道を上り、果音の後ろについていく。


 まあ、果音も強いからな。本人も自信があるみたいだし、倒せちゃうかもしれない。過去に虎ぐらいならタイマンで倒せた人類もいないわけじゃない。例えば武松とか? ああダメだ、創作の中の人物じゃねえか。それに虎退治って喧伝されるってことは、逆にそれがとても難しいわけだからな。簡単にできるなら話題にならないはずだし。


 そんなことを考える俺に山の中腹でわーわーやっている声が聞こえた。果音がパッと駆け出す。俺も追いかけて視界が開けると20人近い一団が一頭のでかい猫と対峙していた。そのうちの5人ほどは地面に倒れて呻いている。もうやられたらしい。弓や弩が壊されてその辺りに散らばっている。げ、こやつ後衛を先に狙うだけの頭とスピードがあるんじゃねえか。


 こんな時に考えることじゃないが、猫は赤みがかったお日様色の毛並みが美しかった。でかい図体にも関わらず、繰り出される剣や槍を避け、前脚で飛び掛かり、後ろ足で蹴り上げる。まるで舞踏のような流麗な動きは何かを思い出させる。そう果音だ。その果音も動きを止めて小刻みに震えていた。


 だよな。アレはヤバい。人が相手できる相手じゃない。果音だって怖いと思って震えているのだろうと思い、引き上げようと声をかけようとした俺の耳が低いつぶやきを捕える。

「すごい。すごいよ」


 前に出て顔を覗き込んだところ、果音の顔は喜びに輝いていた。ガクッ。完全に感覚がずれている。強敵と書いて友と呼ぶ。修羅が歓喜に全身を震わせていた。そして、これもどうかと思うが俺もそんな果音を見て美しいと思った。生きる喜び。自らの生存理由を満たすチャンスを奪う権利は俺にない。


 猫を見つめていた果音はふと俺が見ていることに気づく。俺は覚悟を決めた。笑みを浮かべて親指を上げる。少しぎこちない笑みだったかもしれない。でも意図は伝わったと思う。果音はウインクをすると猫に向かって駆けだす。

「この果音が相手だっ。いざ勝負!」

 ひゅー、マジかっけえ。惚れそう。

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