第9話 杖はTUEE

 ジョゼさん達が行ってしまい、俺と女子高生が取り残された。山賊の襲撃という非日常から急に日常に戻され二人きりという状況を強く意識してしまう。

「あ、そういえば、さっきはありがとう」

 とりあえず俺は先ほど命を救われた礼を言った。


 女子高生は去り行く一行から振り返り、何だ? といった表情をする。

「何か礼を言われるようなことあった?」

「いや、山賊が俺に向かってきたときに蹴り飛ばしてくれただろ」

「そうだっけ?」


 ずるっ。俺は力が抜けた。

「すげーハイキックで山賊の鼻が曲がるほど顔面蹴りつけてただろ。その後、俺から杖を取り上げたじゃないか」

「そういえば、そうだったかも。何人もやったからさ。一人ひとりのことはあまり覚えてなくて。あっ」


 そう言うと女子高生は急に走って行く。そして、投げ捨てたあった杖を拾いビュッと一振りした。取り残される形となった俺は女子高生の方に向かう。

「ねえ。これ貰えない?」

「え?」


「ちょっと借りるだけのつもりだったけどさ、マジでいい杖でしょ。バランスもいいし、重量もぴったり。それに金属と打ち合ってるのに傷がつかないしさ。ヤバイよこれ」

「そんなに気に入ったのならどうぞ」

「え、いいの? 悪いなあ。ありがとう」


 女子高生はとても素敵な笑顔を見せる。髪の毛を金色に染め上げ、ちょっと近づきがたい雰囲気だったが、よく見ると目鼻立ちは整っていて可愛い。というか、こんな可愛い子に笑いかけられたことは、俺の今までの人生で経験がない。


「えーと。山田だっけな。アタシは山崎果音だ」

 小鼻をかきながら、女子高生は名乗った。おっさんから山田に昇格したようだ。

「でさ。ここはどこなの?」


 俺は今まで見知った知識を披露する。

「ふーん。そうなんだ」

 山崎と名乗る女子高生にはあまり驚いた様子が無い。普通はもっと驚くだろ。いきなり日本じゃないかもとか言われたら。

「山崎さんは驚かないんだ?」


「あー。なしなし。さん付けとかダルいし。山崎でいいよ。だけど、果音呼びとかキモいことすんなよ」

 釘を刺される。果音ちゃんと呼ぶのは心の中だけにしとこ。

「で、山崎はなんで驚かないんだ?」


「驚かないというかさ。力いっぱいぶん殴ってもポリが来ないし結構楽しいだろ? わくわくしない?」

「……」

 えーとなんて言ったらいいんだろ。この世界が楽しいと?


「なんだよ、山田。そんな変な目で見るなよ。アタシがなんか変なこと言ったか?」

「いや、俺はこの世界に来て2回ほど死にかけたからさ。楽しいという思いはしたことが無い。というか、ポリってどういうこと?」


「ポリスだよ。警察。常識だろ?」

「いや。普通はそんな省略しないだろ。というか、山崎って警察の厄介になったりしてるのか?」

「そんなに馬鹿じゃないってば。一応、ちょっとは事情を聞かれたけど」


「事情を聞かれたって何やったんだ?」

「うるさいな。あーやだやだ。詮索好きなのは嫌われるよマジで。それよりもさ、さっき叫んだの何だったの?」

 そこで果音はニヤって笑った。


「ひょっとしてあれは寒いダジャレ言ったの? あの状況で? 頭のネジが外れてんじゃない。おっさんて呼吸するようにダジャレを言うって聞くけど、マジありえない」

「だから、おっさんと呼ぶな」


「でもさあ」

 果音はプフと笑う。その姿は可愛かった。いや、そうじゃない。俺は憮然として言う。

「あれは魔法の呪文なんだ」

「魔法の呪文? 大丈夫? 頭のどこかぶつけた?」

「山賊の親分ともう一人が倒れたろ。あれは俺がやったんだ。山崎を助けようと必死だったんだぞ」


「助けるって何が?」

「だから、もう少しで親分の側に……」

「行ってぶちのめそうと思ってんだけど」

「え?」


「飛び道具は確かに面倒だからさあ。親分ぶちのめして人質にしようとしてたんじゃないか」

「だって杖を捨てて……」

「あんなの素手でもなんとかなるって」


「……じゃあ、俺がしたことは無駄だったのか?」

「まあ、無駄じゃないんじゃない。飛び道具持ってるの倒すのはどうしようかと思ってたし。てかさ、本当にあれ、山田がやったと言い張るわけ?」


 俺は近くの岩を相手に再現して見せた。

「石がストンと落ちる」

 バシっと岩に石が当たって砕けた。それを見ていた果音は流石に驚いた顔をする。俺はちょっと誇らしい気分になった。どうだ?


「まあ、確かにすごい手品だね」

「手品じゃない。魔法だ」

「だってさ。それ、上から石を落とすだけだろ。高いとこからじゃなきゃ威力が出ないし、そうすると時間がかかるよね?」


 果音は杖をビュンと振って俺の鼻先1センチのところで止めた。

「こうやって、先に山田を倒しちゃえばいいよね。まあ、言葉が分からないなら不意打ちには使えるかも」

 俺の脇腹を冷たい汗が流れ落ちる。

「とは言ってもさあ。悪いけど……ダジャレの魔法ってダサすぎない? アタシにはとても無理」


 ぐさあ。俺のプライドは粉々に砕けた。

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