第3話つり橋(3)
「新入生の皆様、そしてご家族の皆様、ご入学おめでとうございます」
入学式の会場である大学の講堂へと移動した俺達は、学長のスピーチを聞いていた。
この大学の講堂はとても大きく、一般的な高校の体育館の10倍以上の広さがある。
そんな野球場ほどの大きさを持つ講堂であっても、新入生全員を納めることはできない。なにせ、今年の新入生は10万人以上いるのだ。
まぁ入学式に真面目に参加しようっていう殊勝な人は少ないから問題ないんだけどね。事実、講堂にはかなり空席が目立つ。
「なんか、講堂っていうより武道館みたいだね。日本武道館」
横に座っている明日香が、そんな的確な意見を言ってきた。
たしかに、この講堂は3階席まであるし中央に大きなステージがあるので、日本武道館っぽい。
「まぁ武道館にしては、全然ワクワクしない出し物だけどな」
俺は延々と続いている学長のスピーチを聞き流しながら、正直な感想を言った。
色んな意味で有名なバカマンモス大学だし、面白イベンドが起こるかと思って来たのだが・・今のところ、ごく普通の入学式である。
「〜〜。以上、学長からのスピーチでした。ありがとうございました」
どうやら、学長のスピーチは終わったようだ。
周りからパチパチとまばらな拍手が聞こえてくる。
「それでは、入学式を終了いたします。午後からは、各学科にて入学オリエンテーションが行われますので、必ず参加するようにしてください」
次いで、そんな事務局からの案内が聞こえてきた。入学式はこれで終わりらしい。
あっけないもんだったな。
空席が目立っていた理由が分かった気がする。
「まだ10時か〜。午後まで暇だね、どうする?」
横から、いつもより間の抜けた明日香の声が聞こえた。横を見ると、猫のように手を上にあげて伸びをしている。
堅苦しい話を聞いて疲れたらしい。
「講堂の前でサークル勧誘活動やってるみたいだから、まずはそこに行ってみようぜ。ひょっとしたら純文学研究会があるかもしれないし」
「おっけー、じゃあそうしよっか。私も株関係の研究会とかあったら見てみたいし」
「行こ行こー」
明日香も賛同してくれたようだし、とりあえず講堂の外に出ることにした。(ちなみに、明日香は株の売買が得意で、親の資産を運用して大儲けしている)
俺たちは3階席にいたので、階段を使って1階まで降りて行った。
混雑するかと思ったが、席に残ったまま新入生同士で話をする人も多かったので、思ったよりすんなりと降りることができた。
1階に降りると、正面玄関の周りはスーツ姿の新入生でごった返していた。
まるで通勤時間の渋谷スクランブル交差点で、信号待ちしている時の様な光景が広がっている。
すごい人数だ。
まぁ空席が目立っていたとはいえ、この講堂自体が相当でかかったらな。
新入生たちはみな、正面玄関の扉から外へ出ようとしている。その扉からは、強力な日差しと元気な声が漏れ出ていて、外の賑やかな様子が目に浮かんでくる。
どうやら既に新入生の歓迎が始まっているようだ。
「ラクロス!ラクロスサークル・フェアリーズに入りませんか!?」
「第3ラグビー部、部員大募集中です!特に体がでかいやつ、大歓迎です!」
「白球にかけた青春!野球しませんか?」
「Welcome Soccer Club! WSC! WSC!」
スポーツマンのほうが声量あるせいか、運動系の部活の勧誘の声がよく聞こえてくるな。
やはりメジャーどころのスポーツは軒並み揃っているようだ。ラグビー部に至っては第三まであるらしい。層が厚い。
その後も扉の奥から漏れ出てくる声に耳を傾けたが、メジャーなスポーツ系のサークルの名前しか聞こえない。
文化系サークルやマイナースポーツを探すには、扉をくぐって奥に行くしか無いようだ。
しかし、扉の前で渋滞を起こしているらしく、前にいる新入生たちは遅々として進まない。
「どうするよ?」
数分ほど待っても1mくらいしか進まないので、たまらず明日香に声をかけた。
「抜け道とか無いのかな?私達の探してるサークル、マイナーな方だろうから扉から出て行く必要無さそうなんだよね」
「そうだな・・適当に探してみるか」
ということで、他の出口を探すことにした。
周りを見渡すと、俺たちと同じく停滞している人混みに辟易とした人たちが、チラホラと講堂の廊下へ歩いていくのが見える。
俺らと同じ新入生だろうから道を知っているとは思えないが、とりあえず尾行してみるか。
「あっち行ってみよう」
廊下の方を指さして意図を伝えた。
「おっけー。レッツゴ〜」
俺と明日香は、周りの人混みをえいやと切り分けながら廊下の方を目指す。比較的後ろの方に居たおかげで、数十秒ほどで人混みを抜けることができた。
だが既に、俺たちが尾行しようと思っていた新入生は姿を消していた。
突き当たりに扉があるから、あそこから出たのかな?
「とりあえず、あの扉から出てみるか?」
「そうだね」
そんな話をしながら、廊下を進む。
左右にある部屋は会議室らしく、扉には「第一会議室」とか「第二会議室」とか書いてある。
話し声が聞こえてくる部屋もある。こんな日に会議とはご苦労なことだ。
そんな風に周りを物色しながら進んでいると、すぐに突き当たりにたどり着いた。
扉を開くと、そこは裏庭のような場所になっており、青々とした木が生い茂っている。
さっきまで聞こえていたサークル勧誘の声もきこえなくなり、静かな雰囲気だ。木々の隙間からは木漏れ日が顔をのぞかせているし、森林浴したときに感じる青々としたいい匂いが漂っている。
なかなか風情があるところだな。
だが一つだけ問題がある。
「位置高くねえか?」
そう、どうやらここは通用扉ではなかったらしく、地面まで結構距離があるのだ。
高さで言うと3m弱くらいだろうか?
「飛べなくも無さそうだけど、少し躊躇する高さだね」
「あぁ。絶妙な高さだ」
普通に飛べば問題ないが、着地をしくじると足を挫きそうだ。
「まぁやってみるか」
俺は扉の縁にかけて、飛ぶ体勢を作った。
「ガンバ〜!」
「行ってくるぜ!」
明日香にそう言い残し、思い切って下へとジャンプした。
と、その時!
「ウェルカム!!」
突然、近くにあった木の後ろから大柄な男が飛び出してきた!
しかも俺の着地点に入っている!
危ねえ!
「そこどけ!」
と、言ってる間に大柄な男に衝突!
痛え!
、と思わず言いそうになったが、何故か痛くない。
目を開けると、大柄な男が目の前に居て俺を抱きしめていた。
「ナイスタックルだ!君は才能がある、第7ラグビー部に入らないかい!?」
「入らねえよ!」
勧誘だったのかよ!紛らわしい。
一瞬パニックになったわ!
俺はビビってしまった苛立ちを込めて、大男の頭を叩いた。
「うーむ、残念」
そう言うと男は両腕の力を抜き、俺を解放してくれた。
余裕ができたので改めて男を観察してみる。
身長はおそらく2m以上あるだろう。体重は間違いなく三桁に到達しているだろう。体の幅は俺の倍以上ある。顔は強面の坊主って感じで、夜道であったら間違いなく避ける自信がある。
ラガーシャツを着ているおかげで、怖さが少し薄らいでくれてはいるが。
そして大男は、自分でやっておいて気まずくなったのか、頭をポリポリとかいている。
いや、気まずくなるくらいならやるなよ。
「すまんな。俺達のように小さなサークルは、講堂玄関で勧誘する権利がなくて。こういう、草の根活動で勧誘するしかないんだ」
片手を前にして謝るポーズを作り、軽く頭を下げながら謝ってきた大男。
「草の根活動は良いんだけど、もう少し普通に勧誘してくれよ。いきなり着地点に走って来るから、何事かと思ったぞ」
思ったよりは常識が通じそうな相手だったので、俺は普通に苦言を呈してみた。
「はっはっは、人は何かの才能を褒められると嬉しくなるだろう?そこをついた作戦だったわけだ」
「いや、落ちただけでタックル褒められても嬉しくないから。そもそもこっちには、タックルした認識がねえし」
「何を言う!相手にぶつかれば、それ即ちタックルだ!ナイスタックル!」
「違う!どっちかと言うと事故だよ」
「ナイスタックル!!」
「いやだから「ナイスタックル!!!」
駄目だこいつ会話できねぇ。
どうすっかね。
「純一はラグビー部に入るの?」
と、横の方からからそんなソプラノボイスが聞こえた。
明日香だ。
いつの間にか降りてきていたらしい。
「今の会話のどこを聞いたらそうなるんだよ。入らねえよ」
「入らんのか!!??」
俺の言葉に、何故か驚く大男。
こいつ、俺の話一個も聞いてねえな。
「俺は純文学研究会に入るんだ。他のサークルには入らない」
このままだと強引に勧誘され続けそうなので、きっぱりと拒絶の意思を伝えることにした。
「純文学研究会?そんなサークルあったかな・・」
俺の言葉に反応して、頭を傾げる大男。
え?
「純文学研究会って無いの?」
「無いとは言い切れん。俺が聞いたことないだけかもしれんからな。なにせこの大学には千以上ものサークルがあるから、全てを把握出来ているわけではないし」
「そりゃそうか」
千以上のサークルを全て網羅している奴なんて居ないだろう。
あれ?となると、俺は純文学研究会をどうやって探せば良いんだ?
勧誘活動をやってくれていればいいが、純文学を愛す読書家がそんなにアクティブだとは思えないし。
下手すると、今日も変わらず部室で本を読んでいる可能性もある。
「気になるなら、図書館へ行って調べてみると良い。受付近くのパソコンで検索できるからな」
と、困っていた俺に大男がアドバイスをくれた。
そんな手があったのか。
やるじゃあないか。
俺の中で大男の評価が二ポイント上がった。
「お、次の獲物が来た!では、さらばだ新入生たちよ。ラグビーに興味が湧いたら、月・水・金の夕方5時に第三グラウンドまで来てくれ!」
大男はそう言うと、俺たちが飛び降りた扉近くの木の陰に隠れた。
どうやら、またあの強引すぎる勧誘活動をやるようだ。
「とりあえず、図書館行く?」
呆れた目つきで大男を見つめてから、明日香がそんな提案をしてきた。
「そうすっか」
俺は首を縦に振って快諾した。
というわけで、俺達は純文学研究会を探すため、図書館へ行くことになった。
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