特殊諜報活動員トリ
@yassy
第1話 特殊諜報活動員トリ
俺の名はトリ。もちろんコードネームだ。
特殊諜報活動員として10年のキャリアがある。
そして木の陰に隠れながら俺の隣に立っている小柄の女性が最近パートナーとして組むことが多いトットリだ。
初めて俺と組んだときには「はぁ?フクロウがパートナー!?意味が分からない!」などと失礼な言葉をぶつけてきたが、高度な知能と言語を操る能力を持つ猛禽類がこの世に存在するということを理解した後は良きパートナーとして働いてくれている。彼女の専門はコンピューターハッキングであり俺の不得意とする分野であるので毎回非常に助かっている。
今回の仕事は「敵基地に侵入して奴らの機密情報を盗む」というものだ。
「敵」といっても俺の敵なわけではない。あくまでも雇い主の「敵」だ。
「機密情報」にしても俺にとっては意味の無い文字の羅列に過ぎない。
だが、雇い主にとっては数百人いや数千人の兵の命の重さと同じ価値があるものだろう。
当初、人間の諜報員がこの仕事を担当する予定だったが建物の構造やセキュリティシステムの特性上、俺に白羽の矢が立った。
建物の排気ダクトを通って部屋の中のアナログ情報を開口部から視認するという単純な仕事ではあるが、排気ダクトに音センサーが組み込まれているため人間が腹ばいで通り抜けたりドローンを使用したりということが出来ない。そこで音の出ない特殊な風切り羽を備えているフクロウである俺に仕事が舞い込んだという次第である。なんといっても鳥の中で一番静かに飛行することが出来る自慢の羽なのである。羽を持たない人間までもが新幹線や飛行機や風力発電機にこの羽の仕組みを利用したりしているのだ。どんなもんだい!フクロウ一族、万歳!
「ちょっと、さっきから何をブツブツ言っているの?そろそろ始めるわよ」
トットリの一言で現実に戻された俺は気を引き締めた。
今からトットリが10秒だけ基地の照明を落とす。その間に基地を見下ろすこの丘から滑空して排気ダクトに音も無く侵入しそのまま建物の反対側まで突き抜ける。排気ダクトの途中に対象物を視認可能な開口部が3カ所だけあることがあらかじめ取得した情報から分かっている。だが具体的な位置までは分からない。とにかく俺に出来ることは開口部を見つけたらそこから部屋の中をのぞき、この暗闇でも効くフクロウの目を使って情報を盗み取るだけだ。何度も照明を落とすことは出来ないのでチャンスは1回だけだ。
「準備は良い?いくわよ。3、2、1…」
彼女の「Go」という言葉を聞く前に俺は静かに暗闇に滑り降りていった。
排気ダクトの周りは敵の気配は無く侵入が気づかれる恐れは無かった。
順調。
ここからの数秒間が勝負だ。
俺は無言のままダクトに突っ込んだ。
まずは1つめの開口部。天井から覗く形で机の上の資料の文字を記憶した。
次、2つめ。
これも天井から覗く形でホワイトボードに書かれている文字を記憶した。
最後、3つめ。
!!!!!!!
開口部が上側にあるっ!
床から上を見上げる位置なのかっ!?
ダクトの中で飛行姿勢を変えることは出来ないっ!
音が出てしまうし、そもそも幅が狭すぎるっ!!
「…で、結局どうだったわけ?」
無事に基地を見下ろす丘の上に戻った俺をトットリが問い質す。
「フッ。忘れてないか?俺はフクロウだぜ。」
「?」
「フクロウの首は180度以上回るんだよ。だから造作も無いことさ」
「いや、そうだろうなと思ったけどアンタがまるで大ピンチみたいに話を盛り上げるから付き合ってやったんじゃない」
「…」
「で、肝心の3つめの情報を教えて頂戴。雇い主に送らなくっちゃ」
「…」
「まさか、それだけ自慢しておいて『首の回転が間に合わなくて見逃した』とか言わないわよね?」
「いや、首の回転は間に合ったし部屋の中の対象物も視認した」
「じゃあ、早く」
「近すぎた」
「は?」
「フクロウの目は暗闇でも見えるし遠目も利くがあまり近くは見えないんだ。対象物までの距離が近すぎて文字を読み取れなかった」
「…」
彼女の侮蔑の視線に耐えながら俺は思った。
今回俺が得た情報で、数万人の兵士の命は救えないかもしれないが数百人は救えるのではないだろうか。
それはそれで意味のある諜報活動をしたと言えるのではないだろうか。
うん、言える言える。
フクロウは縁起の良い鳥なんだ。
大丈夫、大丈夫。
特殊諜報活動員としての俺の活動は続く。
特殊諜報活動員トリ @yassy
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