聖札戦争

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聖札戦争

 坂本レミは、桐野テーマパーク予定地と名付けられた、魔法で囲まれたこの7日間限定のコロシアムで、タロットカードの精である「魔術師」レイを従え、そこにいた。

 自分のガーディアンが「魔術師」で良かったことは一つ。

 この「防壁」で最終日まで自分の身を守ればそれでいいってこと。良くて引き分け、悪くても引き分け、要するに引き分けしか狙えない。

 タロットの力が集まっている、この戦場から出ることは許されない。

 逆に言えば、戦場の中なら何をしても許される。

 悪いニュースは?

 あのグスマンのせいで、たっひとりの味方がもういないってこと。要するに、殺された。しかも自分の兄が。

 勝利条件はより多くの「聖札(カード)」を持っているプレイヤーだから、ってことはとどのつまり、この透明の「防壁」から出られないこのあたしが勝利する可能性は何もないって事。


 いまは「魔術師」レイが横にいて、「防壁」の外にいる、漆黒の鎧を着た「死神」とにらみ合っている。レイは水色の髪を肩まで撓らせ、何があってもレミを守ろうとしていた。

「防壁」の中で出来る事は何もないが、レイに出来る事は主人を守ることだけだった。

 こんな、深夜にたった二人で。

「大丈夫、破られませんから」

 レイは主人であるレミに頷く。


 レイに守られ余裕が出来たのか、レミはため息をつく。

 嘘みたいな本当の話、現代に生きる魔法使いは、およそ10の家、派閥に分けられている。4年に一度、「審議会」ってのが世界であって、そこで次の長が決められるんだけど、そこの長がなにを狂ったのか、それぞれの部族の代表で殺し合いましょう、なんてアイデアを出して、しかもそれが承認されたもんだから、一族で一番戦闘力の高いあたしが選ばれた。理由はただひとつ、自分たちが持っているこの「魔術師」のカードがあれば、防壁を出して命は守られるから、ってこと。うちの一族は平和主義だから、べつに発言権そんなに強くなくていいし、金には困っていたけど、あたしが生きていれば上等、ってことでそうなった。


 誤算は、フランスの一族に、兄をレンタルしたこと。兄は相当な魔力の持ち主だし、まあ、兄が出れば優勝候補なんだけど、あの好戦的な性格は命取りになりやすい。ていうかそうなった。

 でも、ものすごい額のお金で、兄は一族の窮乏を救うために出た。あたしと共闘すれば大丈夫だと思ったらしい。でも、初日に兄は全力で狙われ、合流する直前で倒された。

 お互い姿を見せ合っていたら勝負にならない、相手の姿を見たらもうおしまい。


 そう、これは「聖なる切札戦争」。

 直訳すればカードバトルなんだけど、それじゃカードゲームみたいだよね。聖札戦争?

 用意された「ひとつの街」で、10人の魔法使いが殺し合う。

 10家のうち、坂本レミは「水星」の家系に産まれた。

 だから、開始と同時に配られる10枚のうち、タロットで水星を司る、「魔術師」がガーディアンとして与えられた。


 ぽり。

 栄養補給は大事だ。スナック菓子の形をした魔力供給のおやつを食べ、レイに言う。

「少し休んだら?」

「ここにいます」レイは大まじめに「死神」とにらみ合っていた。

 兄を殺した敵は恐らく「冥王星」を司る家のはず、だって持っていたカードが「死神」だったから。

 レミはテーマパークのメインストリートにいて、いくら掛けたんだろうっていう高い塔があって、その中で自分はテントよろしくバリアーを張っている。

 で、目の前には、そのまんまの「死神」が佇んでいる。

 時々思い出したように、バリアーの中に向かって、あたしを消耗させようと凄まじい一撃を食らわしてくる。恐いよね。

 バリアーは途切れることはないし、中で寝ることも出来る。

 がん、がん、と攻撃してくるのには理由があるはず。

「おっかないよねえ」

「まあ・・・」レイは平然と答える。

 がんがん、と、やがて「死神」はしばらく休んで、また防壁を叩く。まあ、精神的にはちょっと消耗するかも。

「これ、無駄だよね」

「破る方法はありません」

 坂本レミは遠くを見て、眼を細める。

「・・・ちょっと、うそでしょ」

 それは雷だった。

 雷鳴がかなり遠くから近づいてくる。

「たぶん塔ですね」

「・・・」レミはレイを見た。

「それでも、破られません」普段ならこの美形の男性と一緒でまあ悪くない気分なのだが、展開は最悪である。

「塔が手に入ったって事は」

「大丈夫です。私のこの、4元素魔法で作った防壁は」4元素は地水火風、タロットでは棒、杯、剣、金貨である。

「じゃなくて」

「なんですか」魔術師は訝しがる。

「基本のカードが10枚。散らばっているカードが12枚でしょ」10家の魔法使い達が総力を挙げて作り上げた、タロットの魔力がこのコロシアムには充満していた。

「そうですね」

 ふーっ、とため息をつき、「「塔」は基本の10枚に含まれるってこと」

 あっ、と声を上げてレイは叫んだ。

「塔は「火星」の持ち札よ」

「倒されたと言うことですね」

 拳を握りしめ、レミは言った。

「レイ、あたし、兄の敵を討ちたい」

「バリアーを破って見つけに行くのはリスクを伴います。敵の居場所が分かれば、一瞬だけ解除してもいいかもしれませんが。行くべきではないと思います」

「なんで」

「私はあなたを守りたい」

「あたしは仇を討ちたい」

「なんとしてもあなたをまもります。守るんです」

「兄の敵を取ったらここからは出ない。約束する」

「・・・」

「たぶん」

「危険すぎます」

 それからレミとレイは顔を見合わせ続けた。

 ペットボトルを出して、飲む。

「・・・・・・レイ、ここって大アルカナ22枚の力が結集してるんだよね」

「そう、ですね。だから私がいるわけで」少しとぼけてレイは言った。

「大アルカナだけだと思う?」

「どういう意味ですか?」

 それからしばらくレミとレイは話し合い、やがてレミは言った。

「行くよ、レイ」



 電気だけが付けられた、一人も客がいないバーに、その男はいた。

 グスマンは雇われた「冥王星」の戦士である。

 この世界では名の知れた魔法使い兼暗殺者で、現在気配を消し、「水星」の魔法使いである坂本レミに「死神」を向かわせているところだった。

 先ほど「塔」が手に入った。ここは見つけられない。魔法を掛けている。この魔法を越えるのはタロットの力が必要だ。タロットカードの中で私を捜し出せるのは隠者のカードだけだが、バリアーの中にいては見つけることも出来まい。

 あのレミのバリアーは計算外だったが、居場所が分かっているのに攻撃しないのもシャクだ。

 あいつの兄は簡単だった。正々堂々と戦おう、と騎士道精神を持ち出して、後ろから死神で一撃である。勝ってしまえばソレでよいのだ。これは殺し合いなのだから。

 それにしてもこのイベントは気が利いている。

 クリスマスから一夜明けた12月25日がスタートなのだが、その理由が洒落ていた。

 サビアンシンボル。

 占星術には360度全てに意味がある、という考えがあり、12月25日のシンボルは「カヌーに乗り込む一団」だ。

 殺し合いに「乗り込む」には丁度いい、という、ちょっとした洒落らしい。かなり強引なこじつけだが、嫌いではない。

 グスマンは気配を感じて、思わず振り返る。

 そこには、いるはずのない生き物がいて、グスマンを冷たく見下ろしていた。

 ――フクロウ?

 何のカードだ?

 タロットカードにフクロウはない。

 同時に何本もの棒がグスマンを貫き、グスマンはその場に倒れ込んだ。

 振り返る。

 ――「水星」! 

 ちかくに「魔術師」を従えた水星の戦士、確か名前は坂本レミだ。

 バリアーから出て私に反撃するとは!

 これはもういかん。最後の力でグスマンはレミに話しかける。

「ふ、見事に兄の敵を取ったな」

「なんか言い残すことある?」

「・・・ない」本当はなくもないが、敵に頼むグスマンではない。自分の兄を殺した男に優しさを見せるとはな。まだ10代のはず、将来いい魔法使いになるだろう。

 自分に突き刺さっている棒は小アルカナの「ワンド」だろう。成る程、22枚のタロットの力がここに集まっているなら、小アルカナのパワーもあるはずだからな。

「小アルカナの力によく気付いたな」

「魔術師だから見つけるのはカンタンだった。何事もやってみるもんね」

「フクロウをどうやって出した?」

「射手座五度」それだけレミは言う。

「そうか、「棒の8」を召還して、そのエネルギーでフクロウを作ったのか」

 グスマンは薄れ征く意識の中で、「棒の8」と関連する、射手座五度のサビアンが「An old owl up in a tree(高い木に止まったフクロウ)」であることに気付いた。

 いくら魔術師の練金能力が高くても、グスマンを探し出すほどのものを作り出すには、タロットとの関連が必要だ。魔力を「こじつけ」られない。

 レミは大アルカナではなく、小アルカナの力を召還した。確かに、22枚の力が在る以上、56枚の小アルカナの力もこの場に漂っているはずだ。

 グスマンはもう一度同じ事を考える。レミは「棒の8」の力を見つけ出し、そこからフクロウを魔術師に錬金させ、私を見つけ出したのか。おまけにその棒で私を攻撃するとはな。グスマンは最後の力で笑った。

 レミと魔術師の後ろ姿が消えていく。


 ――死に神が、うやうやしく自分に跪いている。

「・・・いま、ちょっと待って。」

「話が名はダークネス。以後お見知りおきを」

 これで兄の敵は取れた。もうすぐ塔も取れるだろう。

「OK、ダークネス。あたし、少し寝るから周囲を守ってね。何かあったらレイ、起こしてね」

「素晴らしい戦術でした」

「これくらいやらないと、魔法使いはつとまらないわよ」

「それにしても」ダークネスは言った。「レミ様も魔法使い、レイは魔術師。まぎらわしいですな」

「・・・少しだけ笑える」

「はははははははは!」どこがどうツボにハマったのか、レイが笑ったが、レミがまるで笑わないのですぐに収まった。

 レミは眠りに就いた。もう、絶対に、一歩もこっから出ないんだから。


 おしまい

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