帰路
地の中の蛙
退化
何があったという訳でもなく、ただ毎日につかれていた木曜日。
私を途中で降ろし風の尾を引く列車は、足早に先を急いだ。
見慣れた構内。運ばれるままに音を立てる靴。踏んづけた無機質な公共のタイルは、心無い人間の汚れを纏っていた。
改札を抜け、空がひらけた。今日を惜しんで泣きはらしたみたいな空だ。
何度でも浮気しそうな顔の男も、他人の陰口でギトギトになった唇の女も、成績で大人を動かす学生も、幸せに目を潰された二人も、そこを歩く全てが釘付けになっている。
嫌だった。その方向に"綺麗"を見つけた瞬間に私は、自分自身が人間であることの証明をしてしまうような気がした。
文明に頼りきった無力な人間たちは、空にカメラを構えて退化のシャッターを切る。感覚も表現も記憶も、なにもかも捨て去るときの音だ。
私は世界に逆らって、夜の始まりを向いた。背を赤く燃やして、怯えながら明日の方向を見た。赤い顔した退化のシルエットを極めて冷静にすり抜けた。
街灯がついた。冷めた空気は頰を撫でる。静かな住宅地。本当は好きだった夕(ゆう)が、建物に切り取られて私だけにハッキリと形を見せた。とがった影に縁取られて、こればかりはどうしようもなく美しい。
ちくしょう
"綺麗"だった。
退化の音は響き、またひとつ人間になってしまった。
ここまで魅せられたらしょうがないな
夕(ゆう)が私だけに見せた表情に、感覚も表現も記憶も、喜んで捨てた。救いようの無い人間だ。でもそれでいい気がしてしまったのだ。
遥か前を歩いていく小さな人影は見えなかったことにした。
帰路 地の中の蛙 @chi_kawazu
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