我君を……

第1話


 一応ノックしてから、美術教師の教員室のドアを開ける。


 誰も居ない室内に入って、鍵をかけた。




 いつもと同じ、油絵の具の匂いが充満した部屋。


 卒業したらこの部屋に入る事もなくなるかと思うと、なんだか感慨深いものがあった。




 ――なんで在室してない時に鍵かけてねぇんだよ。




 普通逆だろ、とツッ込みながら、いつもあいつが座っているイスに腰掛ける。


 クルリとイスを回転させて、描きかけの大きな油絵を眺めた。




 人間と動物の目が、たくさん描かれた絵。




 あいつの絵には、たいがい目が描かれている。




「先生が描く目、俺好き」




 あの時は、心からそう思っていたから。


 意外にもきれいな目を描くな、と感心していた。




「本当に? それは嬉しいな」




 あんな、子供のように笑う顔は初めて見た。


「目には、こだわりを持っているから。そして一生の、課題かな」


 その言葉で、「あぁ、こいつは、一生絵を描いて生きる奴なんだな」とふと思ったりした。




 何年後、何十年後かに、あいつが何かの絵画展で大賞をとる。


 別格のように飾られたあいつの絵を、他の客達と一緒に、俺はきっと見上げるんだ。


 何のこだわりも『課題』も持たず、流れに任せた人生を送って、テキトーな会社に就職した俺は、一丁前の背広なんか着て。


 俺の事なんて憶えていないあいつは、他の見知らぬ客達を見るのと同じ目で、俺を見るんだろう。




『ありがとうございました』




 なんて、愛想笑いを浮べながら。

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