第2話


 1階の中庭を突っ切る廊下を通ろうとして、ピタリと足を止める。


 聞き慣れた声に、思わず扉の陰に身を隠した。




 ――里見先輩。




「敬、ちょっと屋上まで来てくんないかな?」


 先輩を呼び捨てにする女の声に、「えーッ」とダルそうな声が答える。


「イヤに決まってんだろ。寒ィじゃん」


「んなこと言ったら、ここも寒いわよ」


「だから早くしろよ。何だよ、和美」


「あんたねぇ、今日が何の日か考えたら判んでしょ。恥かかせたら、タダじゃおかないんだからね」


 こんなに他の生徒が居る中で、とグチるように言った女生徒に、里見先輩は笑ったようだった。


「かかせねぇよ」


 その台詞に、ヒュッと息を吸ったまま、俺の心臓は止まってしまったんじゃないかと思った。


「ほら。……言っとくけど、義理じゃないんだからね」


「お。サンキュー」




「……受け、取るん……ッスか……」


 思わず呟いて、口を両手で押さえた。


 乾いた唇から洩れた言葉は、これ以上ないくらいに掠れていて、先輩達には聞かれている筈もなかったけれど。




 俺が言うべき言葉じゃ、なかったから――。




 勝手に自惚れて。


 期待して。




「バカ…っすね、俺……」




 遠ざかる2人の足音を聞きながら、俺は片手で顔を覆っていた。





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